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■アニメ業界人が語る、ひそひそ秘話 【第2回】
――日夜アニメが放送・放映され、盛り上がりを見せるアニメ文化。そんな中、アニメに関する事件や風聞、ムーブメントが話題になることも数知れず。それでは、実際にアニメの"中の人"はそんな万物事象をどう見ているのか? アニメ業界に身を置く安康頂一(仮名)が、大きな声ではいえないあんなこと、こんなことをひそひそと語ります。
「自分の原稿を落札しました。」(NAVERまとめ/http://matome.naver.jp/odai/2140545979913640401)
先月、イラストレーターの江森美沙樹さんが、自身の描いた生原稿をネットオークションで落札したことが話題になりました。流出元を特定するため出品者へ質問しても真相究明には至らなかったそうですが、ほかの出品物などから考えてファミリーソフト(過去に編集を外部委託されていた会社)が"怪しい"と、江森さんはツイッターに記しています。
本来ならばコンテンツの作り手(制作・製作者)内部でしか受け渡しされないはずの素材が外部に流出し、古物商やネットオークションを通じて売買される......。出版の世界だけにとどまらず、アニメ業界にも存在している根深い問題です。現にネットオークションで検索をすれば、アニメの制作資料が山ほど出品されています。今回はそんな"素材流出・転売"の実態を、ギョーカイの隅っこに身を置く者として少し語らせてもらおうと思います。
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■関係者を装ってスタジオに侵入!? かつてのゆる〜い管理体制
ひとくちに素材の流出といっても「内部犯か外部犯か」「昔か現在か」によって事情は変わってきます。
ネットオークションで簡単に転売ができるようになる以前、昔から素材の持ち出しはありました。外部犯ならアニメスタジオから出るゴミをあさる者がいましたし、さらには関係者を装ってスタジオ内へ盗みに入る剛の者もいたようです。
もちろん関係者による内部からの流出・転売があったことも否定できません。制作が完了した作品のコンテ・設定や動画、いわゆる「セル画」は基本的に廃棄対象とされていたため、管理がどうしても甘くなる傾向にありました。さすがに肉筆の素材は厳重に管理されますが、紙で配布される素材・資料はコピーばかりですから危機意識を持ちづらいのです。
また、どこのアニメスタジオも自社制作作品のスケジュールや作業者(おもに動画、仕上げ)の手が一時的に空いている場合、他社の作業を積極的に受け入れるため、各社の制作進行がひっきりなしに出入りします。複数のアニメスタジオに自分用の机があって、かけもちで作業する原画マンも少なくありませんでした(これは現在も同じですが)。そんな事情から人の出入りのチェックが甘くなり、素材持ち出しを容易にする原因となっていました。
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こうして流出した素材は、古物商で販売されたりして、好事家たちの間だけで流通していたのです。
■業者からの流出も!? 管理強化でも流出を防げない苦悩
現在はネットの普及で個人でも簡単にオークション出品ができるようになると共に、売買目的でなくてもネットを通じて大規模な素材流出が問題視されるようになりました。これを受け、どこのスタジオでも「廃棄物の処理」と「人の出入り」は徹底して管理されるようになりました。さらにコンテ・アフレコ台本などの素材はあらかじめナンバリングを施して配布。漏れた際の"一次流出元"をたどれるようにすることで、流出に対する抑止力としました。廃棄時も産業廃棄物として業者に依頼するのが一般的となり、ゴミあさりによる流出リスクも減少したのです。
ただ、こうした取り組みも業界的な規定があるわけでなく、あくまで各スタジオの自助努力の範囲にとどまっています。ナンバリングを施しても流出そのものを止めることはできませんし、明らかに産廃業者から素材が漏れて転売されたと思われる事例もあります。
素材流出を語るうえでもう一つ欠かせないのが「デジタル化による弊害」です。近年はパソコン、タブレット端末の普及で、設定やコンテをデータの形で希望するスタッフも増えました。色指定などはすでにすべてデータでやりとりされており、紙素材は少しずつ減っていく傾向にあります。転売のリスクも低くなり、デジタル化が作業効率のアップに貢献していることは間違いありませんが、データはとにかく流出の危険性が高まるのが厄介です。ひとたび流出してしまえば急速にネット上で拡散し、作品そのものの印象を貶めます。10年にはアニメ『刀語』の制作会社が外部からのクラッキングに遭い、絵コンテや脚本を窃取されたことが話題となりました。
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デジタルデータは回収不能な形で拡散する可能性があり、かといって不便を承知で素材のデジタル化を撤廃しても、結局は昔と同じく転売対象にされかねません。頭の痛い問題です......。
■小遣い稼ぎに"リベンジ流出"も!? 流出の動機とは?
次に、素材を流出させる動機について。
流出犯がアニメ業界内の人間だった場合、まず動機として想像に難くないのが小遣い稼ぎ目的でしょう。昨今、現場スタッフの賃金の低さが話題になりますが、職種にかかわらず実力のある人はしっかり稼いでいます。不届きな行為に及ぶのは、実力に劣るプライドのない人間です。
もう一つありうるのが、私怨による流出――仕事上の待遇や人間関係に不満があって、業界を去る覚悟で最後っ屁をかます"リベンジポルノ"ならぬ"リベンジ流出"といったところでしょうか。
外部犯の場合は転売目的か、マニアックな収集欲が挙げられます。データを集計したわけではありませんが、いま流出・転売されて出回っている素材の出所は、どちらかといえば前述した産廃業者など外部の人間が多い印象です。というのは、関係者には必要な分の素材しか配布されないため、書き込みなどのない状態で手元に残すことは難しいからです。出回っているコンテや設定は綺麗な状態のものが大半で、これらは関係者に配布されずに破棄された余剰分が出元と考えられるわけです。
■流出、漏洩に対する「責任の取らせ方」
素材を流出させたことが判明したら、ペナルティがあるのか気になった人もいるでしょう。流出犯がスタッフなど関係者だった場合、アニメ業界として統一した「責任の取らせ方」は、実は存在しません。
社員であれば各社の規定に基づいた懲戒処分が行えるでしょうが、フリーのスタッフから流出した場合は(あまりに被害が大きく民事・刑事事件にならないかぎり)出入り禁止にして以後の仕事を振らないといった対処しかないでしょう。ただし噂の広がるスピードが半端ではない業界なので、食い扶持を大きく失う結果にはなります。
産廃業者に紛れ込んだ不届き者や窃盗犯など外部犯の場合は、当然ながら法的対処に訴えることができます。「放映前の作品の素材」「個人情報」「契約関係などの重要機密」が漏れた際の損害の大きさは計り知れません。法に則って処罰を受けることになります。
【まとめ】
アニメの現場から設定やコンテが流れることは以前から散見されましたが、近年は個人間でひっそり売買されるだけではなく、ネットオークションで大々的に取引されるようになり、「アニメの素材は小遣い稼ぎになるらしい」と巷間に知らせることになってしまいました。
現場レベルでの予防策は講じられているものの、素材流出をすべて防ぎきるには至っておらず、今のところ「できるだけ注意する」以上の対策がないのが実情。いつか"いたちごっこ"のような流出問題に頭を抱えなくなるような日が来ることを望むばかりです。
■安康頂一
仮名。都内某アニメスタジオに制作進行として勤務、現場の辛酸をベロベロ舐め尽くしたのち、同業別職種に転じる。現在はギョーカイの深海底でひっそりとコンテンツの明かりをともすその日暮らしのチョウチンアンコウ。
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