「ねえ おけしょう して いい?」
小2の息子が言う。化粧だろうと料理だろうと、大人が普段やっていることは真似したくなるものだ。
洗面所にこもって数分後、見てーと出てきたその顔は、「お岩さん」。目の外周が広範囲にわたりアイシャドウできらきら青白い。あぁっそれは目の下のエリアにはつけずに、基本的に上部分につけるもので……と、あわてて教える。
「なんだ知らなかったよ、そうなのか!」
別にふざけたつもりではなく、「アイシャドウを目の外周3センチ均等に塗りたくると不自然になる」というカラクリを知らなかっただけ。
子どもが「知っている」ように見えることでも、実際のところ、そのロジックやルールを実はわかっていない……そういうことが、よくある。
■「時間という概念」のない子ども
わかっていそうでわかってないものの代表格が、「時間」。時間をめぐる親子の攻防は果てしない。
大人には想像しにくいけれど、幼い頃は「時間」の概念そのものが無い。
「アサ」とか「ヒル」とか「ヨル」ってなんなのか。どこからどこまでが「イチニチ」なのか……。ようやくなんとなく時計という存在を意識し始めたとしても、まだまだ共通言語として使うにはほど遠い。
「長い針が5まできたらね」……なんてレベルでも、時計を使った約束事がまったく役に立たない日々が続くのだ。
■時間に頼れない、じゃぁどうする?
幼稚園に入って日々の身支度が始まると、毎朝のルーチン作業をどうやらせようか、途方に暮れた。「じゃぁ歯みがきね」の30秒後に絵本の前で止まり、どうにかやらせて「じゃぁ次、着替えだよね」の30秒後におもちゃの前で止まる……全ステップでこれを繰り返し、それが毎日。
親がやってしまえば簡単だけれど、極力自分でやらせようとするから、もう我慢限界!に達することもしばしば。
仕方ないので「時間」を諦めて作戦を変更することにした。
■作戦変更、バトン方式!
そこで考えたのが「バトン方式」。工作用にとっておいたトイレットペーパーの芯をたくさん出してきて、ひとつに1タスクだけ、書く。
・ごはん
・はみがき
・かおをあらう
・きがえる
・にもつ
・といれ
などなど。字が読めないので絵付きで。
まず「ごはん」バトンを渡して、朝食が終わったら次の「はみがき」バトンと交換。最後のバトンまで行ってまだ時間が余っていたら、「テレビ」バトンの特典付き、というルール。
「いいから次早くやりなさい!」では絶対に動けなかったのに、これがびっくりするほどうまくいったのだ。
■タスク分割&可視化で効果アップ!
子どもにとっては、
・「今やること」がバトンひとつ分の1タスクなのでシンプル
・バトンを持っているから忘れにくい
・次のバトンをもらうのがゲーム的
で、ぐんと理解しやすくなり、モチベーションが上がったし、親にとっても、一度に複数指示する癖を封じ込める効果があった。
こうして、子どもにわかりやすい手法に翻訳するだけで、互いのコミュニケーションが驚くほどスムーズになるにこともある。
■概念がわからないだけ、と想像する
「早く!」と毎朝言っている目の前で、実は、子どもの方は「『早く』とはどういう状態なのかがわからない」という可能性もあるのだ。「言ってることわかる?」なんて聞きがちだけれど、「わかるかわからないかすら、わからない」。
そこに想像力を働かせることができないだろうか。
「概念自体がわからないならば……」と、想像すると、別の手法に翻訳するアイデアが出て来る。世の中にあふれる育児Tipsの多くは、そういう翻訳のひとつの形態である場合が多い。私が思いついてやったことだって、きっと、とっくに大勢の人がやったことがあるだろう。
だから、つまづきポイントが見えれば、それを別の手法に翻訳することは、たぶん誰にでもできる。誰かの思いついたTipsを形だけ採用するより、はるかに成功する可能性が高い。
■継続するのがね……
私の理想は、色紙を貼ったりして素敵にバトンを仕立てることだったのだけれど、そんな時間もとれない日常。「もういいや!」と黒マジックで、大変事務的な字と絵を書いただけ。でも、それでも十分機能するから大丈夫。
むしろ、問題なのは、こういう取り組みを、親の側が継続出来ないことなのだ。私もしばらく続けたのに、結局いつの間にかやめてしまって、「早くしなさい!」に戻ったなぁ……。
いくらアイデアがあっても、それを続けるだけの気持ちの余裕が親にないと結局だめ。
朝のドタバタの一因は、送りに行く自分自身の身支度の遅さやら弁当作りのてんてこまい……なんてのも含まれていたりするわけだから。
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そんなことを思い出していたところへ、アイシャドウのルールを理解した息子が洗面所から再登場。
……おぉ、これは、どちらかというと、むしろ、懐かしの「やまんばメイク」に近づいているではないか。参考資料としてGoogleで画像検索して見せたら「えー」と言っていたけれど、いや、結構近いよ。
仮に子どもロジックやルールを理解したとしても、そこからがまた、長い道のりのようだ。
狩野さやかウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。