【書評】“絶対タメにならない育児本”? 元あやまんJAPAN・ファンタジスタさくらだの育児本を読んでみた

0

2014年09月30日 12:01  MAMApicks

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

MAMApicks

写真
長男を妊娠中だった2010年、引っ越してきたばかりだった街の児童館から、いつも「♪ぽいぽいぽいぽ ぽいぽいぽぴー!」というあのコールが聞こえていた。大人から子どもまでを巻き込んでのブームだったように思う。

あれから4年も経過していることに驚いたのだが、その後、「あやまんJAPAN」の初期メンバーだった“おっぱい担当”のファンタジスタさくらだ氏は、ラップグループ「スチャダラパー」のMC・Boseの妻になるという、スチャダラパー・ファン側の心理としては、“驚き、そして爆笑+ちょっと嬉しい”出来事があり、その後、キューバの革命家チェ・ゲバラと同じ誕生日に生まれた女の子(愛称:ゲバたん)を絶賛育児中の彼女が、このたび育児本を上梓したという。

その名も、『さくらださんとおこさん 絶対タメにならない育児本』。


■“すこし不思議”な育児本……?
育児本というよりムックのような体裁の本である。

妊婦時代や出産後のエピソード、食事の記録、愛娘・ゲバたんのワードローブとベビーグッズコレクション、イラストレーターの五月女ケイ子氏と夫であるBoseを迎え、3人での『おっぱい対談』。

後半は自室の公開や、妊婦時代〜産後のファッションスナップ、自身が運営しているブランドの紹介にグラビア(!)……と、なんとも盛りだくさんなラインナップである。

小学生の時に初めて買ったCDが『今夜はブギーバック』だったというファンタジスタさくらだ。
かつてBoseと交際中だったときに、カリフォルニアのディズニーランドで小沢健二、Boseの両名に挟まれて乗ったタワー・オブ・テラーの一番高いところで、「アタシ今、サブカル女子の頂点にいるなぁ、って思った」というエピソード(※2012年『Quick Japan』誌インタビューより)が大変好きな筆者であるが、そんな彼女らしく、各章の見出しに“渋谷系”の名曲を持ってきているのが心くすぐられる。

おなかのふくらみを日々記録していったプライベート写真が、なぜか“裸に手ブラのみ”だったり、“勢いで少しやりすぎる面白さ”が彼女の持ち味でもあると思うのだが、そういう意味でこの本はおそらく、子育てに役立つ情報を今すぐ欲している人には、向かない。

しかし、まったくタメにならないわけでもないと思われたので、以降詳細について触れていきたい。

■正直すぎて震える、妊娠&出産のリアル
妊娠〜出産の項は、すでに経産婦として幼児を抱えている身としては懐かしく、「ああー!そんなこともあったあった!」とほほえましく読めたのだが、かつて私が備忘録として書こうと思い、でも躊躇してやめることにしたいくつかのエピソード。それらを彼女が実に素直に、感じたまま、うまく表現していることに気づいた。

たとえば、巷にあふれるかわいくない妊婦服、妊娠中のセックスについての考え方、妊娠や出産でできなくなったこと、乳児に支配される世界(ブラック会社社長の例えが秀逸)、これまで生きてきた世界との断絶、子どもを連れているととてもやさしい街の人に対して、それが“社会”という集団になると急に冷たくなる都心の人々。

それらを決してネガティヴにならず、状況を面白がって前向きに進もうとする姿がすがすがしい。

それぞれの両親に頼れる環境ではなかった夫婦がウイルスにかかり一家が次々にダウン、初めてシッターさんを呼ぶ、というくだりがあるのだが、これから出産を控えているご家庭は、ぜひ、万が一のときの“外注さん”を確保する重要性を頭の片隅に入れておいてほしいと私も思うのであった。


こと育児に関しては、自分が思っているより早く限界が来ることもあるので、頼れそうな機関は片っ端から調べておき、必要に応じて頼ったほうがいいだろう。

それにしても、冒頭の妊娠発覚の項で、「なんとなく予感がしたので、さっき買った検査薬を、二人でお茶していたカフェのトイレで試したら妊娠がわかって浮かれた」という一節。私も夫のBose氏ではないけれど、「なんで、今!?ここで!?」と笑ってしまった。

夫婦のエピソードはこの「思いつきで突っ走る妻と冷静にそれを注意する夫」という展開が続くので、読み手はつい夫の気持ちでツッコミにまわってしまうのではないだろうか。

しかしこんな『愉快な奥さん』が毎日家にいたら、それはきっと楽しいに違いないだろう。

■“超人お父さん”現わる
読んで驚いたのは「奥さんのつわりがつらそうなのを見ていたら自分もつわりになってしまった」という夫・Boseの完璧ともいえる育児ぶりである。

独身年数も長く家事に長けている、という理由は想像に難くなかったのだが、まず、作る料理が一般の家庭料理の域を超越している。

我が家を見てもそうだが、男性が料理にはまると凝りやすい。「え、それ、どうやって作ったの?」というようなすごいものが出てくるときすらある。かたや、料理を作れなくはないが、基本的にめんどくさがりなので、なるべくチートして何とかならないかと、ズルをしては失敗する私である。

それと比較して、「お鍋ひとつでできるものを主に作る」「食材を切るのが嫌いで具が大きい」とはいうものの、かなりしっかり食事を作っている印象のさくらだ氏であった。

そして、「私より仕事の量も多いのに子どもの夜泣きにも完璧に対応してくれて効率もよく、ひと晩お任せできる日もある」というくだりに、4年近く前の我が家がダブった。


今ならわかるのだ。
たぶん私は「子どもが生まれたらああしよう、こうしよう」と、無駄に理想を高く掲げてしまっていた。実際に小さき人がそこに出てきたら、どんなにシミュレートしていたこともうまくいかず、どんどんふさぎこんでしまったのだ。

それこそ最初は「子どもの泣き声に男性は気づかないから」と私も聞いており、自分がしっかりしなきゃと気を張っていたのだが、ある日、疲労が勝ってしまって「もう無理!」と夫を起こし、バトンタッチして寝たことがあった。

それ以来、私がひとりで夜中に起きて子どもの対応をしたことは、ほぼない。二人とも起きて分担するか、夫が代わりに調乳して対応するかのどちらかだ。

その後、離乳食はかろうじて私が作って(もとい、「レトルトパックのふたを開けて」?)いたものの、しっかり食事を取るような年齢になってからは夫が子どもの朝食を作るようになり、それがいつしか家族全体の食事をつねが常に担当するようになり、子どものお風呂、寝かしつけ、着替え、歯磨き、保育園の送り迎えも現在は夫だ。

あれ、私の存在意義とはいったい……?

もう卒乳してだいぶ経ち、「おっぱい担当」でもなくなった私は、子どもにとっての自分は何なのかを、さくらだ氏以上に自問自答する日々なのである。

しかし、最近その答えがわかりかけている。
おそらく、母親とは「象徴」だ。
“空気がそこに存在している”、それだけでいいのだ!(←大いなる開き直り)

■カワイイをあきらめたくないすべてのお母さんたちに捧ぐ
産後、自分のファッションがどことなくいいかげんになっている自覚は充分にあるのだ。
金銭的にも精神的にも、子どもの服だけで精一杯、自分のほうまで気が回らない。しかし、「産後1年ほどのファッション集」のページをめくりながら、ああ、私このままじゃいかんかもなあ、とぼんやり考えている。

たくさん集めていたフィギュアは、子どもが触るといけないから飾れなくなったし、男児をつねに追いかけるためにスカートははけなくなり、かわいがっていたぬいぐるみは全部息子に取られ、かわいい服を買っても抱っこをすればよだれと鼻水でベチャベチャにされる。

ヘアスタイルも適当になってしまったし、昔のように赤やピンクなど派手な色に髪を染めることもなくなって久しい。

ボーっとしている間にアラフォーも“フォー”の方にだいぶ針が触れてしまったけど、一応、ファッションデザイン科に籍を置いたことのある身。今でも隙あらばオシャレを楽しみたいのが本音だ。

でもそれら“なんとなくな自主規制”をかけていたのは自分であったな、ということにも気がついたのだ。

髪の色など立場上NGなものは除くとして、服装程度だったら好きにしちゃえばいいじゃん、どうせいつか、かわいい服など着れない歳になっちゃうんだから、と。

「着たい服がないから」と、ブランドを作って活動を始めた19年前の自分と、WEBショップを立ち上げたさくらだ氏を、どこか重ねて見ているのかもしれない。

「絶対タメにならない育児本」とこの本はうたっているが、少なくとも私には、「私、これでいいんだ!」と自己肯定する後押しになっていると思ったのだ。

ワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。

    ランキングライフスタイル

    前日のランキングへ

    ニュース設定