かつて、日本の里山では田畑を耕し、荷物を運び、馬はなくてはならない「働き手」だった。今や機会化され、田畑で見かけることはなくなってしまったが、昭和の初期までは馬や牛をパートナーとして一緒に働く農家もめずらしくはなかったのである。
この馬の力を借りて畑を耕す「馬耕」(ばこう)を復活させようと、活動している若き農業グループがいる。山梨県のNPO法人「都留環境フォーラム」である。
代表の加藤大吾さんは、以前から馬を飼いたいと思っていたという。「馬は、田畑を耕すだけでなく、雑草を食べ、糞尿は堆肥として使える。微生物が働く田畑が生態系による小さな循環を完成しているとしたら、馬を飼うことは大きな循環型農業をめざすことになる」と加藤さんは話す。
馬耕は、農家にとって石油に頼らないサブシステムになるのと同時に、存在そのものが循環型農業のひとつとして大きな働きをしてくれるのである。
絶滅の危機に瀕する在来馬
都留環境フォーラムは、その土地に昔からあった在来種の野菜を栽培し、保全する活動も行っているが、「馬耕」で働く馬もいわゆる「在来馬」である。在来馬とは、昔からその地域特有の風土に適応し、人と共栄してきた馬のことで、今では北海道和種馬や木曽馬、宮古馬など、一部の地域でしか残っていない。その数は全国でも2,000頭に満たなく、絶滅の危機に瀕しているという。
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「耕太郎」と名付けられた同NPOの馬も、どっしりとして力が強く、温和で扱いやすいという特徴があり、農耕馬に適した馬だ。
同NPOでは、馬耕を始めるにあたって、馬小屋作りからはじまり、馬の飼育方法の学習、馬耕道具作りなど、馬耕に関する知識や体験などを一通り体験できる「馬と耕す里暮らしワークショップ」を9月に実施した。馬耕には馬だけでなく、馬耕道具の使い方がポイントになる。乾いた土地を耕す犂 (すき) や 、土の塊を砕いていく破土機 (はろー)など、今や博物館などに並んでいるような農機具を使えるようにするには、農機具そのものの再生と使いこなす技術を要するからだ。
イギリスでは馬搬が復活
加藤さんが調べたところ、現在日本にはこのような馬耕の技術をもっている方は3人しかいないという。そのひとりが岩手県遠野市に在住する岩間敬(いわま たかし)さんである。9月に行われたワークショップでは、岩間さんも講師の一人として招き、実際の馬耕技術などを学んだ。
岩間さんは、馬耕だけでなく、遠野で馬と一緒に山から木材を運ぶ作業「馬搬(ばはん)」を行い、その技術を継承していく活動をしている。この馬搬だが、イギリスでは一時は激減した馬搬の会社が200社にまで戻り、ビジネスとして成り立っているだけでなく、競技会やショーも開催され、事業として復活しているという。
ちなみに岩間さんは、イギリスで行われた馬搬競技会の木材を運ぶ競技で見事優勝を果たした人物でもある。日本の技術は世界レベルなのである。前述の加藤さんも、「狭い畑や急な山道の多い日本では、馬を使う意味がある」と強調する。
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馬耕や馬搬の文化を絶やさないようにするには、馬だけでなく、道具、技術すべての文化を伝承していくことが必要である。そのためには、都留環境フォーラムや岩間さんのような若い世代の活動はとても重要だ。加藤さんは、今後は小学校や各地の有機農家さんのところにも行って紹介をする「出張馬耕」も行い、馬耕文化を広げていきたいという。
石油に頼らない究極のエコシステムとしての馬耕は、持続可能な農業へのひとつの道筋になるにちがいない。