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「子育て+ゆるく働く」を許容できる社会、そして自分

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2015年04月24日 10:01  MAMApicks

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MAMApicks

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近々、第一子出産予定だという人とおしゃべりをしていたら、「ああいうことする親にはなりたくないなぁ」という想いが伝わってきた。どうしてそうなっちゃうのか不思議でしょうがない、という様子。

■でも、きっとあなたもやってしまう……
わかる、わかるなぁ、私も「こうなりたくないなぁ」と思っていたことがいくつもあった。

感情にまかせて怒る、頭ごなしの叱責、本人のペースを待たずに手を出す……しかし、これぜんぶ、私は結局やってしまったことばかりなのだ。0〜2歳くらいまでは、けっこうゆったり見守る気持ちで過ごせていた気がするけれど、その後、もう、まったく残念なことに「やっちゃったリスト」入り。

だから、出産を控えた彼女に対しても内心思った。多分、今心にある「嫌な態度リスト」は、いずれ、ほぼぜんぶやっちゃうと思うなぁ……と。これは、意地悪な気持ちとかではなく、諦念めいた確信として。


■「べったり母」に訪れる限界
私も自分の子が乳児の頃は、「切れるお母さん」を見るとなぜそこまで? と思ったから、出産前の彼女が、その種の態度に信じがたい目を向けるのもすごく理解できる。

乳児期の「赤ちゃん育て」は体力勝負ではあるけれど、意外と論理的思考で対応できることが多い。でも問題はその後だ。子どもとべったりの生活が3年も続けば、育児に関するあらゆる論理的思考が崩壊する瞬間を体感する。

べったりの限界と、子どもの自我の芽生えが同時多発的に渦巻き、理屈がふっとび感情100%になる……自分がそんな態度をとるなんて本気で思っていなかったのに、そういう側へ転落するのだ。

■「仕事をする」=「子どもと離れる」はいい予防策かも?
……と、なかば自分をなぐさめるかのように確信していたのだけれど、彼女が育休後、すぐ仕事に復帰する予定なのを聞いて思った。

これ、当てはまらない人もいるかもしれない。そうそう、不思議とここに陥らないで、比較的理性的に母親業を進められる人のパターンがあるような気がしていたんだ。

これは私の幻想かもしれないけれど、「仕事を続けている女性」に、子どもとの適度な距離感を保ち関係を論理的に処理し続けられている人が多い気がする。

それは、その人固有の思考回路や社会経験に寄るところもゼロではないだろうけれど、でも、実のところ一番大きいのは、この人たちが単純に、「子どもと物理的に離れているから」なんじゃないかと思うのだ。

・早い段階で子どもと離れる時間を持つ
・母親以外の役割遂行をする場を持つ

この条件がそろえば、「べったり母」がいつか至る「論理がふっとぶ瞬間」を経験しないですむかもしれない。ゼロではないとしても、比較的軽い転落で済むような気がするのだ。「子どもと離れる」というのは、それだけで、子どもと自分を客観視する重要な切り替えスイッチになりうる。

■「ゆるい働き方」は、理想的かもしれない
子どもが小学生になると、幼稚園組だったお母さんにも仕事をし始める人が増えてくる。ようやくできた余白時間を仕事に使えて、生き生きしているように見える。

この感覚的に自然なシフトチェンジが、本当は、もっと早い時期に来ていいと思うのだ。

「正直、べったりはもうきつい」と感じる2才あたりで、フルチェンジではなくていいから、「ちょい働き」の選択をしてしまう……というのは、すごく母子関係が安定する理想的なパターンなのではないだろうか。

ほどほどに預けながらほどほどに仕事もする、というスタイルを取れると、子どもとも適度な距離感を持って接し続けられる可能性は高い。

それは「元の職場への復帰」でなくていい。フルタイムで働く必要もないし、内容もなんでもいい。

■でもそういう働き方じゃ保育園が……
しかし、難しいのは子どもの預け先。「その程度の働き方」では保育園を獲得できない、という現実は大きいだろう。優先順位を考えたら本当に仕方ないのだけれど、「きちっと働く」人以外には不利だ。

仕事をするなら保育園、保育園ならフルタイムしか無理、まだそこまで働きたいわけじゃなくて子どもとの時間も欲しい、じゃ、やっぱり仕事できないや……、このパターン、けっこう多いと思うのだ。

制度上、そういう「ゆるい働き方」が認められていかないと、「きっちり働く」か「ゼロ」かの二極化はどんどん進む。ほどほどに働く道を選んだ人は「『この程度の仕事』では制度が使えない隙間」+「仕事をしていない前提のカルチャー」に身を置き、人知れず苦労しているはずだ。

会社の制度を利用して保活を経て「職場に復帰する」ルートが整いつつあるのはいいことだけれど、その一方で、一旦会社を辞めてルートを外れた人が、違うスタイルで仕事を始める「ゆるい道」が閉ざされてはいけない。

保育園だけに注目しがちだけれど、幼稚園の延長保育が安価に利用できることや、幼稚園以上保育園未満くらいの存在が、実は結構求めらていたりしないだろうか。

■育児と仕事は等価交換しなくていい
制度だけではない。保活の現実が厳しく聞こえてくるせいか、「こんな仕事で預けるなんて」とか「預けるだけの価値のある仕事」というような親自身の「高すぎる意識」が蔓延するのも問題だと思うのだ。

親以外の顔を持ち、子どと離れる時間を作った方が安定した関係をキープできるのだとしたら、「子どもと離れるため」というそれだけの理由で、何でもいいからちょこっと仕事をしてみる価値は十分にある。

仕事に対するちょっとのプライドを捨て、目標金額を下げ、家庭や子どもに対するちょっとのいい加減さを身につけたら、仕事自体は多分、何でもある。

仕事内容が「価値ある素敵さ」をまとってなくていい。「育児を人任せ」にする「正当な理由」に値しなくていい。「自己実現」とかどうでもいい。単に「子どもとべったりを回避するために仕事をする」……それだけでもいいんじゃないのかなぁ、と思うのだ。

ある程度子どもと離れた方が、新鮮さも、子どもを一人の人間として認める視点も、そして何より、笑顔がきっと増える。


こういうのは「贅沢」で「甘えた」働き方だと思うだろうか? そう遮断せず、制度も、親側の気持ちも、その辺のゆるい働き方を許容して、仕事と親の顔を同時にもつことの「気軽さ」がもっと出てきたらいい。

きっと、それが「多様さ」っていうものだろう。

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狩野さやか
ウェブデザイナー、イラストレーター。企業や個人のサイト制作を幅広く手がける。子育てがきっかけで、子どもの発達や技能の獲得について強い興味を持ち、活動の場を広げつつある。2006年生まれの息子と夫の3人家族で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者。

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