性同一性障害をカミングアウトする時 当事者と親が語る苦悩

3

2016年05月22日 19:02  サイゾーウーマン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

サイゾーウーマン

「LGBTの家族と友人をつなぐ会」


 LGBTの人たちにとって心理的に大きなハードルのひとつとされるのが、自身の性自認について周囲に公表すること、いわゆる「カミングアウト」である。周囲の理解が得られるかどうか、そして親に受け入れてもらえるかどうか。生まれた時代や環境などによってハードルの高さはさまざまだが、偏見や差別に対する不安が全くないという人は少数派だろう。とくに、出生時の体の性と心の性が異なる「性同一性障害」(GID)の人たちの場合は、性転換手術をはじめとする治療を望む人が多いことから、カミングアウトされる側の親も少なからず戸惑いがあるはずだ。

 性同一性障害に関する研究を推進しているGID学会が、今年開催した第18回研究大会・総会では、NPO法人「LGBTの家族と友人をつなぐ会」が当事者団体として参加。FTM(身体的には女性であるが性自認が男性)の子どもを持つ6人の親が登壇し、子どものカミングアウトを家族がどのように受け止めたのかについて率直な想いが語られた。そのうちの2人と、FTM当事者である子どものエピソードを紹介したい。

■何か勘違いしているんじゃないか

 8年前、久しぶりに帰省した娘から性同一性障害を突然カミングアウトされたAさん(女性)。それまで、性同一性障害という言葉自体を知らなかったことから、動揺を抑えることに必死だったという。

「食卓の団らんの場が、カミングアウトによって一瞬で硬直しました。まずもって、性同一性障害という言葉が私の気持ちに入ってこず、ただただ娘の言葉が目の前を通り過ぎていくという感じでした。娘は男の子っぽい雰囲気ではありましたが、私自身がボーイッシュな女の子だったので何の疑いも持っていませんでした。そのうち、子どもが小さい頃、女の子として生活していた時の記憶が蘇ってくるのですが、フリルのスカートが好きだったとか、ケーキの絵を描いていたことを思い出して、『きっと違うやっぱり女の子だ、何か勘違いしているんじゃないか』という思いが頭の中を駆け巡りました」

 しかし、母親として娘の味方でいるべきと考えたAさんは、自身の戸惑いを隠して、本心とは裏腹の態度を取る。

「子どもがこういう大事な話をしている時には、親は子どもをしっかり受け止めなければいけないという自負だけはありました。娘がいろいろ打ち明けることに対して、『大変だったね』みたいなことを言うんですが、借り物の言葉を使っているような気がしていました。ただ、胸を切除するという話になった時、夫が『生まれ持った体にメスを入れるのは無茶じゃないか』と止めました。その時、子どもが『今の姿で長生きしたって意味はない。自分の納得するかたちで太く短く生きていく』と言ったんです。それを聞いて、この子は命をかける覚悟までできているんだということが伝わってきたので、やっぱりもう何も言えませんでした」

 親として子どもの心をつなぎ止めることを優先したAさんは、「女だろうが男だろうが、あなたがあなたであることに変わりはないんだから、何があってもお母さんはあなたの味方だから」と伝えたという。これだけ聞くと、懐が深く理想的な母親だが、Aさん自身はすぐには気持ちの整理がつかなかったそうだ。

■新しい価値観を授けてもらえたことを感謝

 ただ、娘のカミングアウトをきっかけに性同一性障害について詳しく知るほど、世の中の多様な側面に気付かされたとAさんは話す。

「娘から渡された性同一性障害の関連本を読み漁り、わからないことは娘に聞くなどして理解しようと必死でした。そうしたことを通して、私はこれまで世の中の上っ面しか見てなかったんだなと思いいたりました。この世には男と女しかいないという大前提の中で生きてきて、それを疑ったことがなかったわけです。それはどうも違うらしいぞと知りました。

 それからしばらくして、娘に『性同一性障害の当事者集会があるから一緒に行かないか』と誘われて赴くことにしました。そこには、若い方からお年寄りまで、FTMの方が100人近く集まっていらっしゃったのですが、そういう方々とお会いするのは初めてなので、心臓がドキドキして目のやり場に困ってしまいました。しかし、皆さんの話を聞くなかで、本当に悩んでつらい思いをしていて、生きづらさや苦しさを抱えていて、中には言葉を失ってうずくまってしまう方もいらっしゃいました。その姿を見て、やっぱり胸がすごく痛みました。そして、その中に自分の子どももいるわけですから、心の底から『親が子どもを支えなくてどうする、私が守らなくちゃ』ということ、それだけは強く決意しました。私の中で当事者の方たちとの出会いは、それだけ劇的な出来事でした」

 その日を境に考え方が一転したというAさん。最後に「親にとって子どもが性同一性障害という事実は重いです」と本心を語った。

「親なら誰しも『どうしてうちの子が』と思うはずです。でも、ある時、娘が『きっと何か意味があるんだよ』と言ったことがありました。私もそう思ったんです。子どもが自分のセクシュアリティとまっすぐに向き合って、葛藤はすごくあるでしょうが、地道に人生を歩んでいくなかで、その意味は見つかってくれるんじゃないかなと考えています。今、子どもは社会人としてたくましく働きながら生きています。そんな子どもが誇りですし、自分自身も新しい価値観を授けてもらえたことを感謝しています」

■毎日女の子の着ぐるみを着て生活している感じ

 現在、20歳の専門学生Mさん(FTM)は、6年前、中学2年生の時に初めて母親にカミングアウトした後、18歳で乳房の切除とホルモン治療を実施したという。母親のKさんとともに登壇し、それぞれの立場からカミングアウト当時のエピソードが語られた。

「中学2年生の時、周りの友人が恋人を作りはじめるなか、何の違和感もなく女の子を好きになり、初めて女性のパートナーができました。毎日女の子の着ぐるみを着て生活しているという感じはありましたが、自分が同性愛者でレズビアンだとか、性同一性障害だとは考えたこともありませんでした。女の子を好きになること自体もおかしいと思うことはなくて、自分が普通だと思っていました」(Mさん)

 当時を「幸せな学校生活を送っていた」と振り返るMさんだが、女の子と付き合っていることが、学校や地域でうわさになりはじめたことで、気持ちにも少しずつ変化が生じるようになったという。

「自分が女の子と付き合っているという話が母の耳に入ったようで、ある日、母からメールが来ました。『女の子として女の子が好きなの?』という一文でしたが、自分は『違う』と返信しました。続いて『男の子として女の子が好きなの?』という質問が来ましたが、当時、自分が男性だと言い切れなかったのですが、自分が女性であるということが嫌なのは確かで、女性であることを受け入れられなかったので、『うん』とだけ返事をしました。今考えれば、これが初めてのカミングアウトだったと思います」

 それからも母親のKさんとメールでのやり取りが続くうちに、「親友として好きなんじゃないの?」と否定的なことを言われたMさんは、自分は人と違って悪いことをしているのかなと思うようになったという。

「周りの皆が普通に生活して恋愛しているなかで、自分だけが思い通りにならなくて、正直消えたいなと考えることもありました。ただ、当時はカミングアウトされた親の気持ちは1ミリも考えていませんでした。とにかく自分の『好き』という気持ちを否定されたことが、悲しかったし苦しかったし腹が立っていました」

■子どもにとっては打ち明けられる親じゃなかった

 では、その当時母親のKさんは、子どものカミングアウトをどのように受け止めていたのだろう。

「私は、きっとMは今まで男の子とばかり遊んでいた子なので、初めてできた女の子の親友に対する感情を、恋愛の『好き』と勘違いしているんだと思いました。何とかその勘違いに気付かせなきゃいけないと必死でした。ただ、ちょうど反抗期だったので口もきいてもらえず、本人が家にいる時間も短かったので、唯一メールでやり取りを続けていました。カミングアウトされた時にお互いに全てを話したというよりは、私としては変わるかもしれないという気持ちを持ちながら、納得できるまで毎日毎日メールでやり取りをして、それを1年ほど続け、時を重ねて受け入れ態勢を作っていきました」

 そうしたやり取りを経て、Mさんが中学の終わりを迎える頃、性同一性障害に対するKさんの理解は深まっていった。

「それまでに関連本を読んだり、ネットで情報を得たりしていましたので、性同一性障害についてある程度の理解に達していました。そこで、高校に入学するタイミングで男の子として扱ってもらえるように、『改名してみてはどうか』と言ってあげることができました。しかし、Mはその時『中性のままでいい』と言ったんです。それを聞いて私は、『子どもの気持ちが揺れているということは、本当は性同一性障害ではなかったんじゃないか、やっぱり男ではなかったと思っているのではないか』と受け取ってしまったんです」

 だが、Mさんが改名をせずに中性を希望した背景には、深い苦悩があった。

「じつは、Mは『自分はこの先本当に男として生きていくことが本当にできるのか、できるとしても何をどのようにすればいいのか』ということで全く先が見えなかった、だからあやふやな中性のままでいいと思ったそうです。同年代の子は高校受験について悩んでいる時に、私の子どもはこれから生きていけるかどうか悩んでいたわけです。私はできることならすぐに気づいてあげたかったし、大丈夫だよと声をかけてあげたかったなと思いました。ただ、子どもにとっては、その時は打ち明けられる親じゃなかった。今でも至らなかったと思っています」(Kさん)

 その後、高校に入学したMさんは、治療ができることを知り、当事者に出会って生きる希望や明るい未来を想像できるようになったという。カミングアウトから3年ほど月日は流れていたが、高校2年生の時にホルモン治療と胸の切除の手術を受けたいと母親に打ち明けた。その時のことをKさんはこう振り返る。

「健康体にメスを入れることや、人工的なものを体に入れるということは、親として賛成できるものではありませんでした。ですが、なんとなくそれまで考えないようにしていた治療に直面して、私はあらためてカミングアウトの重さに気付きました」

 最終的にMさんは18歳で乳房を切除、ホルモン治療を始めたが、そのことについてKさんはこう語る。

「未成年で手術や治療をさせたということについて、賛否両論あるはずです。もちろん私の行動や考えが正しいわけでもありません。ただ、誰のせいでもないのに子どもが悩み苦しむ時間を、少しでも短くできてよかったと今は思っています」

 AさんもKさんも、ところどころ声を詰まらせながら、母親の葛藤について告白していた姿が印象的だった。何よりも子どもの幸せを一番に願いながらも、性同一性障害についての理解と知識が乏しかったがゆえに、すぐには受け入れられなかったことについて悔やんでいるようにも感じられた。当事者の苦悩は計り知れないが、親も同じように苦悩する。男女二元論が当たり前の世界で生きてきた人であればなおのことだろう。

 しかし、子どもと真摯に向き合い、正しい理解と知識を備えることで子どもの心に寄り添うことができ、信頼関係も揺るぎないものになる。そして、その親子間の信頼こそが、人よりも生きにくさを感じがちな性同一性障害の子どもの心の支えになるのではないだろうか。
(末吉陽子)

このニュースに関するつぶやき

  • 私は親に理解はしてもらえなかったな〜!別に構わないけどね!
    • イイネ!3
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(4件)

前日のランキングへ

ニュース設定