自動車工場から原発、戦場までルポルタージュの王道といえば「潜入取材」だ。危険を伴うこともあり、誰にでもできるわけではないのだが、現在36歳の長田龍亮(おさだ・りゅうすけ)氏は「貧困ビジネス」の現場である低額宿泊施設に潜入、この3月に『潜入 生活保護の闇現場』(ミリオン出版)を上梓した。1日の小遣い500円・1人分2畳のスペースで暮らす人たちの実態に迫る。
■貧困ビジネスはただちに「違法」とは言えない
――潜入されていた低額宿泊施設「ユニティー出発(たびだち)」は、和合秀典元代表が2014年秋に所得税法違反で逮捕、起訴されたことで、現在は閉鎖されていますね。
長田龍亮氏(以下、長田) はい。約6,381万円の所得税を脱税したとして、執行猶予付きの有罪判決を受けています。和合元代表は約300人の入居者から毎月12万円を「住居費」などとして搾取し、ベニヤ板で仕切られた2畳ほどのスペースに住まわせていたのです。僕もそこで生活し、元代表の運転手もしていました。最終的にはピンハネのシステムを僕が批判して、決裂することになりますが。
――若くて健康そうなのに、なぜそんなところへ?
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長田 2年ほど海外を放浪して33歳で帰国したので、仕事もですが、まずは住むところを探すことから始めなければなりませんでした。住み込み可能な就職先を探していて、ユニティーの「個室寮完備」「三食付」「日払い相談可」の土木作業員の求人広告を見つけたのです。
でも、行ってみると「今は代表がいないから」と、待機するように言われました。おかしいなと思いましたが、すべて無料だし、行くところもないので、そのまま数日待っていると、「生活保護の受給をしてみないか?」と和合元代表から直接言われたのです。
「これはテレビでやってる貧困ビジネスか!」と驚きましたが、検索してみると、元代表は過去に高速道路料金不払い運動をしたり、参院選に出たりと、タダモノではないようでした。そこで、この男を取材してみたいと思ったのです。
――そもそも「貧困ビジネス」とは何なのでしょう?
長田 定義はいろいろあると思いますが、僕は「ホームレスなど行き場がない人たちを勧誘して運営する施設に住まわせ、生活保護を受けさせて保護費の大半をピンハネするビジネス」と考えています。これがただちに「違法」とは言えないところにも、問題はあると思います。
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和合元代表に対して所得税法でしか立件できないことからもわかるように、宿泊所に住まわせて保護費をピンハネすること自体は罪に問いにくいのです。だから、「ビジネス」と言われるのだと思います。
■貧困ビジネスに依存する人もいる
――なぜそうしたビジネスやその被害はなくならないのでしょう?
長田 ユニティーのような施設が「100%悪い」というわけではないからでしょうか。和合元代表は、ホームレスをスカウトして施設に住まわせることを「救済」と呼んでいました。実際に、駅前で寒くて震えたりしているところに声をかけるので、僕も「救済」に行かされ、「助かった」と言われたことは何度もありました。
ですから、僕の執筆のきっかけは「貧困ビジネス=悪」だったのですが、それだけではないということもわかっていきました。メシがまずいとか自由な時間に風呂に入れないなどの小さな不満があっても、「ユニティーから出たくない」、つまり働かずに自ら2畳の暮らしを選ぶ人も多いのです。
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――それは、寝るところと食べるものがあるからですか?
長田 はい、あとは「仲間」もできます。たいがいの施設は「酒・タバコ禁止」で、門限も厳しく決められていますが、ユニティーは自由でした。1日500円の小遣いで仲間と酒を飲み、ギャンブルやバカ話をしたり、ケンカしたりしていました。
――なるほど。路上生活よりはいいですね。
長田 でも、人間関係が煩わしいのか、施設がイヤで路上に戻っていく人もいます。その一方で、せっかく自立してアパートで独り暮らしを始めても、何もかも自分でやらなくてはならないので、それができずにまた路上に戻ったり、ユニティーと同様の貧困ビジネスに戻ったりしてしまうこともあるので、一概には言えないのです。
■女性も貧困ビジネスの餌食に?
――どんな人が施設で生活されていたのですか?
長田 元ヤクザや元受刑者、そして元自衛官などいろいろいましたね。知的障害者や統合失調症などの精神を病んでいる人も目立ちました。風俗が病的に好きで、性欲が抑えられずに近所の小さな女の子に抱きついて逮捕された人もいましたが、責任能力がないとみなされて起訴されませんでした。
また、酔っぱらうと路上で「大」の字になって寝るクセのあった人は、自動車にはねられて亡くなっています。このような人は就職も難しいので生活保護に頼るしかなく、和合元代表はそれにつけ込んでいたのです。
――生活保護は、若くて健康体でももらえるのですか?
長田 はい。僕でももらえたので、むしろ驚きました。資産がなくて、扶養してくれる親族がいなければ、働くことができても受けられます。
――女性で入居している人もいたそうですね。
長田 少しですが、いました。もちろん施設は別です。やはり精神を病んでいて仕事はあまりできそうにない印象でしたが、和合元代表が経営していた食堂で働いたりしていました。
もちろん僕のような若者は少数で、働けない高齢者がほとんどですね。90歳を超えているお年寄りもいて、オムツ替えはみんなでやっていました。こうして助け合える部分もユニティーにはあったのです。しかし、元代表の逮捕で急に全員が施設から追い出されることになってしまい、最終的にはアパートで孤独死した人もいました。
――著書では、行政の責任も指摘されています。
長田 はい。生活保護受給者が年々増えているのに対して、対応する福祉事務所のケースワーカーは不足しているので、まあ、もたれ合いですね。受給者が施設にいれば連絡や家庭訪問もしやすく、トラブルも施設側が解決してくれますから、管理がラクなんです。アパートに独り暮らしで働いていて、携帯電話を持っていないような人は、ケースワーカーが生活を把握するのも一苦労ですから。
――結局は、本人が劣悪な環境の低額施設での生活を「いい」と思えば、いいということになるのでしょうか。
長田 そうですね。取材していると、国民の権利である「健康で文化的な最低限度の生活」(※生活保護制度の根拠となる憲法第25条の規定)とは何なのか、「貧困ビジネス」とは何なのか、などを考えてしまいますね。まだわからないことだらけですが、僕は、ライターとして、この「世界」をありのまま伝え続けたいと思っています。
(伏見敬)
※長田龍亮(おさだ・りゅうすけ)
1980年生まれ。偶然知った「ユニティー出発(たびだち)」で生活保護を受け、ルポを『実話ナックルズ』(ミリオン出版)で執筆し続ける。3月に『潜入 生活保護の闇現場』としてミリオン出版から刊行。