映画『聲の形』はなぜ青春ラブストーリーとして画期的か? 京都アニメーションの新たな挑戦

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2016年09月17日 16:11  リアルサウンド

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(c)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

 どんなに期待をかけてもかけても、その期待を軽く上回ってしまうのだから京都アニメーションはおそろしい。とくに劇場版になると、その挑戦的な手法が目につくから尚更だ(参照:『映画 ハイ☆スピード!』はなぜ“前日談”を描いたのか 京都アニメーションの大胆な挑戦)。しかも10月から『響け!ユーフォニアム』の2期が始まるということは、ほとんど同時進行で本作の制作が進められていたということだろう。すっかり日本中が『君の名は。』一色に染まっているが、個人的には今年のアニメーション映画のナンバーワンは、この映画『聲の形』で揺るがない。


 小学校時代に転校してきた先天性聴覚障害を持つ硝子。彼女をいじめる悪ガキの将也。しかし、行き過ぎたイジメのせいで硝子は再び転校してしまい、イジメの対象が将也に移る。それをきっかけに人と距離を置くようになった将也が、高校生になり、贖罪の意識で硝子に会いに行くところからこの物語は始まる。高校生の男女の淡い恋心と、彼らの青春模様を描く点で『君の名は。』と共通しているが、互いの名前がわからなくなることよりも、何年も相手の名前を忘れることができず、何処にいるかもわかっているのに、会うことを憚られることのほうがよっぽど切ない。


 タイトルにあえて“映画”と付けられているのは、「このマンガがすごい!」をはじめ様々な賞を受賞した大今良時の原作を忠実に映画化していることの何よりの現れであろう。京都アニメーションの劇場作品9作目にして初めて、基となるアニメ作品が無い本作は、テンポ良く流れるわずか2時間強の作品の中に、原作コミック7巻分のほとんどが凝縮されている。いわば原作コミックの総集劇場版というようなテイストだ。


 この映画化にあたっての最大の冒険は、エピソードの取捨選択や幕切れのタイミングではなく、“ふたりの手を繋がせずに、いかにして青春ラブストーリーとして成立させることができるのか”ではないだろうか。


 原作では、将也と硝子が手を繋ぎそうで繋がない描写の数々に、妙に心がざわめいた。小学校時代に手を握ってきた硝子を拒絶してから、ふたりの掌と掌が重なり合うことはなく、ラストで過去へのわだかまりを捨てて、きちんと向き合おうとする将也の心情の表れとして、硝子と手を繋ぐ。それは同時に、曖昧なままであった、ふたりの恋の大きな進展を予感させる場面でもあった。


 とはいえ、映画版でも直接的な恋模様の描写はない。それどころか、そのラストも大胆に変更されたのだ。そこはさすが山田尚子監督と吉田玲子脚本である。『けいおん!』シリーズと『たまこまーけっと』を経て、TVシリーズとはまったく違うテイストの『たまこラブストーリー』を作り出した時点で、青春ラブストーリーという分野でこの二人の右に出る者はいないのだ。


 『たまこラブストーリー』で恋に悩む主人公たちを支えた友人がいたように、高校生の恋愛事情において、友人たちの存在は欠かせないものである。だからこそ、現在の友人たちとの関係に重点が置かれたことも頷ける。過去の友人たちとの関係については、将也が変化したことでいずれ変化が訪れることを示唆するまでに留められているのだ。


 「伝えること」「答えること」というシンプルなコミュニケーションの難しさと、「関係が変わること」への恐れを描き出すという点も、本作と共通している部分だろう。しかし、それだけではない。『たまこラブストーリー』で、ふたりを結びつける重要なツールとして“糸電話”が使われたように、本作では再会のきっかけとなるノートと、お互いが意思を伝えるための“手”がその役割を果たす。


 劇中では原作同様、手を繋ぐことを躊躇いながら袖を掴んだりする描写がさりげなく描かれ、着実に将也と硝子の距離が縮まっていくのがわかる。それでも、明確にふたりが手を繋ぐ描写が描かれなかったのは、あえてひとつも答えを提示しないためだったのではないだろうか。純粋に、ふたりの恋の始まりとしての手を繋ぐ行為を作るためには、観客にそれを予感させなければならない。きっと、ふたりはこのあと手を繋ぐ。手話で会話をするふたりにとって、手を繋ぐということは想いが通じ合っている何よりの証になるのだ。将也自身に大きな変化が訪れたあのラストを観てしまえば、それを期待せずにはいられないだろう。(久保田和馬)


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  • そろそろ高校、高校生が舞台と主人公の物語じゃなくて大学以上、20代以上の大人の恋愛、男女の物語のアニメを観たいよ。頼みます京アニさん、山田さん吉田さんm(_ _)m
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