『君の名は。』、『怒り』、『シン・ゴジラ』……音楽と映画の新しい関係を柴那典が考察

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2016年09月25日 18:01  リアルサウンド

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『怒り』オリジナル・サウンドトラック

 今月の新譜キュレーションは「音楽と映画の新しい関係」を感じさせる5枚。というのも、ここ最近リリースされるサウンドトラックにとても興味深いものが多いのだ。『君の名は。』や『シン・ゴジラ』のように、映画のヒットとサントラ盤のヒットが連動している。しかも、単なるサウンドトラックという枠組みをハミ出した作品性を持つものが生まれている。


(参考:MV付きの紹介記事はこちら


 そういう存在感のある5枚を集めてみた。


・RADWIMPS『君の名は。』


 動員ランキングは4週連続で首位となり、興行収入はついに100億突破。『君の名は。』の破格のヒットをもたらした要因はいろいろあると思うけれど、以前も筆者が当サイトで書いた通り(参考:http://realsound.jp/2016/08/post-8839.html)、その原動力の一つとなったのはRADWIMPSの手掛けた音楽だった。


 映画のサウンドトラックでもありRADWIMPSの新作でもあるアルバム『君の名は。』も、オリコンチャート1位を記録。バンドにとっても最大のヒットとなっている。


 映画の中で最も存在感を放っているのが予告編にも使われた「前前前世(movie ver.)」であることは間違いないのだけれど、実は「三葉の通学」「糸守高校」のように、温かいピアノやストリングスの音色を活かした日常パートの音楽も、映画の空気感において重要な役割を果たしている。物語がシリアスになりすぎない絶妙なトーンを保っている。


 ロックバンドであるRADWIMPSにとっては、こういう正統派の劇伴音楽に挑戦するのは初めてだったはず。いくつかの対談でも、新海誠監督とバンドが密にコミュニケーションをとりながら、1年以上の時間をかけてどっぷりと作品に携わってきたことを語っている。単に「主題歌を提供する」というところから大きく踏み込んだコラボになったことが、この作品の成功に結びついた。


 そう考えると、両者を結びつけた東宝の川村元気プロデューサーの手腕は本当に流石だと思う。


・坂本龍一『怒り』


 この原稿で主題にしている「音楽と映画の新しい関係」を語る上で、東宝の川村元気プロデューサーの存在はとても大きい。RADWIMPSと『君の名は。』だけでない。数々のアーティストを映画音楽に起用し、成果を上げている。


 昨年に公開された大根仁監督の『バクマン。』では、サカナクションが劇中音楽と主題歌「新宝島」を手掛けた。10月15日に公開される『何者』では、中田ヤスタカが劇中音楽を制作し、米津玄師を作詞・ボーカルに迎えた主題歌「NANIMONO」も手掛けている。10月5日には、その両方が中田ヤスタカ『NANIMONO EP / 何者(オリジナル・サウンドトラック)』としてリリースされる。サカナクションにしても、中田ヤスタカにしても、アーティストとしての新境地を開拓するようなチャレンジを成し遂げている。


 これらのポイントは、主題歌と劇伴を同じアーティストが手掛けていること。それによって作品に統一感が生まれる。アーティストにとっても、深く映画にコミットした上で主題歌も手掛けることで、自らの作家性を発揮する新しい回路が開かれる。そのあたりの座組みを作るのは天才的な手腕と言っていい。


 そして、そんな川村元気がやはり企画とプロデュースを手掛けたのが『怒り』。こちらでは坂本龍一が音楽を担当している。


 サウンドトラックは、美しさの裏側にピンと張った緊張感と強さを感じさせるようなピアノとストリングスから構成される。時おり訪れるノイズや不協和音も含めて、物語に寄り添い、その中に没入させる劇伴としての役割を徹している。さすが名匠・坂本龍一という筆致を感じさせる。


 そして、主題歌「M21 - 許し forgiveness」は、坂本龍一 feat. 2CELLOSという名義でリリース。ここで「feat. 2CELLOS」とするところに、やはり川村元気の天才性を感じてしまう。「M21」という曲名が象徴するように、この曲自体の持っている役割はあくまでサウンドトラックの一場面を担うものでしかない。が、そこに2CELLOSをフィーチャーすることで、一つの曲を「主題歌」として際立たせている。そしてカバー曲で人気を広めた2CELLOSの側にとっても、坂本龍一とのコラボレーションは自らの活動領域を広げる願ってもない機会になっただろう。


・鷺巣詩郎『シン・ゴジラ音楽集』


 そして、今年の東宝の快進撃を語る上では外せないのが、傑作『シン・ゴジラ』。これも、やはり音楽の存在感のとても強い映画だった。それを担っていたのが鷺巣詩郎だった。庵野秀明総監督とはエヴァンゲリオン時代からタッグを組むパートナーでもあり、とても記名性の強い作家でもある。そして、映画のヒットが口コミで広がると同時にサントラもオリコンのアルバムランキングで第5位にランクイン。純粋な劇伴のサントラ盤としては異例のヒットとなった。


 アルバムを聴いて特に強い印象を残すのは、予告編にも使用されている「Who will know(24_bigslow)/ 悲劇」。この荘厳で悲劇的な旋律が、ある種、ゴジラの“神聖さ”のようなものを想起させる。素晴らしい一曲だと思う。


 そして、もう一つ『シン・ゴジラ』の音楽の大きな特徴になっているのが、第一作の『ゴジラ』へのオマージュの追求だった。サウンドトラックのライナーノーツによると、今回、鷺巣は伊福部昭の原曲を使用するにあたって「音楽的に一言一句たりとも決して変えない」という大前提で臨んだという。ただ、伊福部曲は半世紀以上前のモノラル音源である。今の時代にそれをそのまま用いると、どうしても浮いてしまう。それを現在にアップデートするため、1小節単位で小数点以下三桁のBPMまで合わせ、アビーロード・スタジオに凄腕のオーケストラを集め、徹底したこだわりの元、楽譜通りに演奏した音源を上にかぶせてステレオ化を試みたのだという。


 ただ、庵野総監督の判断でそれらのステレオ音源は使われず、伊福部曲についてはオリジナル音源をそのまま使用することになった。その判断には賛否両論わかれるところだが、筆者としては、やはりあれだけの情報量が詰められた映画の中でモノラルのレトロな音質の音楽が使われるというのは、(オマージュ的な意味合いでは正しいかもしれないが)音響的な意味での一つの瑕疵となってしまったような気がしてならない。


 サントラでは、9曲目の「ゴジラ登場「メカゴジラの逆襲」 / 脅威」で、両方の音源を聴き比べられるようになっている。「音楽的に一言一句たりとも決して変えない」まま原曲をアップデートした鷺巣の手腕と苦心を考えると、正直、こちらを使用してほしかったという気持ちはある。


・牛尾憲輔『聲の形 a shape of light』


 そしてこちらも、作品性を持ったサウンドトラック。まったく同内容のCDが「映画のキャラクターの絵柄」と「波紋の模様を配したデザイン重視のもの」という2種類のジャケットで発売されたことが、このアルバムが映画『聲の形』のサウンドトラックであり、同時に電子音楽家agraph=牛尾憲輔の新作『a shape of light』であることの象徴でもある。


 小野島大さんのキュレーション原稿(参考:http://realsound.jp/2016/09/post-9284.html)にもある通り、ピアノの鍵盤のタッチや、中でハンマーがきしむ音など、微細な演奏音をあえて収録して空気感に活かした「音響アート作品」としての側面を持つアルバム。様々な媒体に公開されているインタビューなどによると、彼の実家にある古いピアノを演奏し、その中にマイクを配置して録音した音素材を活かして作っていったという。そうしたフィールドレコーディング的な手法と彼得意の清潔なエレクトロニカの音世界がマッチしている。


 そして、やはりインタビューによると、劇中音楽は京都アニメーションの山田尚子監督との共同作業のような形で作られていったようだ。楽曲の必要なシーン一覧のようなものが提示される通常の劇伴制作とは異なり、コンセプトワークのようなものから両者で詰めていったという。


 『聲の形』という聴覚障害をテーマにした映画だけに、「音楽と映画」というよりもむしろ「音響と映画」が深く手を結ぶ作品を目指した、ということなのだろう。


・V.A『シング・ストリート 未来へのうた』


 そしてもう一作。「音楽と映画の幸福な関係」というテーマにおいては、この作品を外すわけにはいかないだろう。『Once ダブリンの街角で』『はじまりのうた』も最高だったジョン・カーニー監督による自伝的な映画『シング・ストリート 未来へのうた』。80年代、冴えない日々を送る少年がバンドを組み、憧れの女性とMTVで流れるロックスターのおかげで少しずつ変わっていく青春の物語を描く一作。サウンドトラックには、劇中で使用されるデュラン・デュランやザ・キュアーやザ・ジャムなどの80年代ロックの名曲と、劇中バンド「シング・ストリート」が奏でるオリジナルソングが混ざって収録されている。『はじまりのうた』時代からの付き合いでもあるアダム・レヴィーンの歌う主題歌「ゴー・ナウ」もいい。


 でも、これ、映画がほんとに素敵だっただけに、サントラの作り方には個人的にはちょっと不満があるのだ。ここまで音楽と密接に関わり合う映画なのだから、単なるサントラとは別に、映画の世界と現実の世界をつなぐようなアイテムとしてのサントラを作ってほしかったな、とも思う。たとえば劇中バンドの「シング・ストリート」が高校のダンスパーティーで披露した曲をまとめたようなアイテムとか、劇中曲「モデルの謎」のミュージックビデオを収録した(あえてVTR画質の)アイテムとか。


 『はじまりのうた』もそうだった。せっかく「ニューヨークの街をスタジオ代わりにゲリラレコーディングでアルバムを作る」というストーリーなんだから、そして音楽もストーリーも本当に素晴らしいもんだから、通常のサントラとは別でいいから「劇中で完成したアルバム」のていのサントラ盤を企画して発売してほしかったな、とも思う。断言していいけど映画観た人は絶対買うと思う。


 そんな風に、サウンドトラックって、いろんな可能性があるなあ、という5枚でした。


(柴 那典)


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  • ������Dz������映画音楽】は、もう1人の素晴らしい主役です!!!�إåɥե���・・・
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