【コラム】 さようなら寝台急行「銀河」 夜空を走り抜けた60年

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2008年03月18日 11:08  よりミク

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よりミク

 去る2008年3月14日夜23時、日本で唯一の寝台専用急行であった「銀河」が、多くのファンが見守る中、最後の運行のため東京駅10番ホームを出発しました。長い汽笛がホームに鳴り響いた瞬間、盛大な拍手と「ありがとう銀河!」「お疲れさま銀河!」の声があちらこちらであがり、別れの宴は最高潮に。それは、この列車がどれほど人々に愛され、そして惜しまれながら仕事を終えようとしているのか、たとえ鉄道ファンでなくても十分に理解できる光景でした。
「銀河」の到着をホームで待つ人々
「銀河」の到着をホームで待つ人々
多くのファンが電光掲示板を撮影していた
多くのファンが電光掲示板を撮影していた
 2000年以降、「銀河」を含む寝台列車は、新幹線よりも高い運賃、夜行バスや航空路線の充実などがあいまって、深刻な利用客離れを引き起こしていました。そして、路線や車両の削減など紆余曲折を経て、ついに今年、ダイヤ改正にともない60年近い歴史を誇る「銀河」が姿を消すことに。廃止が決まった2007年には、乗車率は4割程度まで落ち込んでいました。
「最終運転記念サボ」を購入しようと列をなすファン
「最終運転記念サボ」を購入しようと列をなすファン
最後尾で列を整理していた係のおじさん。さすがにもうお疲れ?
最後尾で列を整理していた係のおじさん。さすがにもうお疲れ?
 寝台急行「銀河」の歴史は、1949年に走り始めた東京―神戸間の急行列車にまでさかのぼります。当初は座席車のみの構成でしたが、1956年に3等寝台車(現在のB寝台車)が2両連結され、1961年には寝台列車化(1963年にオール寝台列車化)。1972年に今の東京―大阪間の寝台急行となりました。東京―関西間を走行する寝台列車はいくつも登場しましたが、統廃合を重ね、最終的に残ったのは「銀河」のみ。愛称や特急用客車をいち早く与えられてきた「銀河」は、名実ともに「伝統の列車」と言えるでしょう。  東京―大阪間556.4kmを8時間18分(下り列車)で結ぶ「銀河」は、最終の新幹線が出発してから発車し、翌日の始発電車より早く終点駅に着くのがウリでした。そのため、ビジネスマンの足としてはもちろん、東京ディズニーランドや大阪ユニバーサルスタジオへとんぼ返りで遊びに行く家族連れなどにも利用されてきたのです。また、朝のちょうど良い時間に目的地に到着するように、途中で「運転停車」(乗客の乗り降りをともなわない停車。時間調整や乗務員の交代が行われる)が何回かあり、鉄道ファンの間では「スローな旅」を味わえる貴重な列車でもありました。
「銀河」の到着が近づくと、みんな前のめりに。場は騒然
「銀河」の到着が近づくと、みんな前のめりに。場は騒然
「銀河」がホームへ進入。「銀河」の後ろ側、新幹線のホームでも多くのファンが待ち構えていた
「銀河」がホームへ進入。「銀河」の後ろ側、新幹線のホームでも多くのファンが待ち構えていた
 今回のダイヤ改正では「銀河」だけでなく、寝台特急「あかつき」「なは」(京都−長崎・熊本間)も運行を取り止めます。また、2009年春には東京−大分間の「富士」、そして東京−熊本間の「はやぶさ」が廃止する方向で検討が進んでいるようです。これが正式に決まると、東京と大阪の間では一切、ブルートレインが見られなくなってしまう事態に陥ります。  子どもの頃、ブルートレインブームを経験した人たちにとっては本当に寂しい限りですが、たとえ寝台列車が消えゆく運命にあろうと、恋人や友達と車内で夜を明かした思い出は永遠。その思い出を今一度、しっかりと胸に刻み込んであげてください。(編集・執筆/mixiニューススタッフ)
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  • 凄い・・・2008年の記事がまだ残ってるよ! 北斗星が居なくなり、この時点では急行はまなすだけ。 それももう後4ヶ月だ・・・
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