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『ママの名は。』 ――「私、入れ替わってく!?」

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2017年01月31日 09:33  MAMApicks

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MAMApicks

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先日、映画『千と千尋の神隠し』が地上波で放送されていた。
筆者は公開当時に映画館で見たのだが、そのときには気にもしなかった“名前を奪う”という行為が妙に引っかかった。

≪……ああ、結婚して子どもを持った今、名前については敏感かもしれないなあ。≫

しばらく経ってからそのことに気づく。

筆者は働きながら子どもを育てている、いわゆるワーキングマザーであるが、旧姓のまま勤務を続けている。今は独身時代に勤めていた会社には所属しておらず、職場も違うのだが、狭い業界を転々としているという事情もあり、長年使ってきたビジネスネームを残している。

名字が珍しいので覚えられやすく、まず他人とかぶらないので、職場でのメールアカウント作成時にもなかなか便利だ。

ところが、最近になってそれが揺らぐ事態がおきた。
名前の似た方が職場におり、メールアカウントも1文字違い、頻繁に“誤爆メール”が届くようになった。

……きっとポピュラーな名字の方はこういう思いを日ごろされていたのだなあ、と思い、“自分の名前”というものについて少し考えるきっかけにもなったのだ。


■名前をなくした母たち、取り戻す母たち、はじめからなくしていない母たち
長男のクラスをざっと見た限り、9割5分は夫の姓を名乗っている奥様方の集合体である。
同じ保育園に5年も6年もいると、さすがにお互いのバックボーンも見えてくるので、なんとなくそのあたりは察することができる。

とりわけ年長の後半は、卒園関係で密に連絡をとることが多くなった。
クラスの保護者によるLINEグループがあるのだが、だいたいひとつの議題が出されるとワーッとコメントがつくので、誰宛かがわからなくなりがちである。

すると、必然的に名字で呼びかけることが増えてきたのだが、そういえば最近「○○ちゃんママ」と呼ぶのは子どもだけになってきた気がする。保護者同士では自然と名字呼びに変化してきた。

「○○ちゃんママ」という呼び方は定期的にネット上でも議題に上がるようだが、筆者自身はその呼び名、あまりいい気分はしていない。

「子どものママ」であることにアイデンティティを見出せていないからだ、と自分では分析しているのだが、そもそも「なんで結婚したらどちらかの姓を名乗らねばいけないのか」という部分からスタートしている筆者。

亡くなった祖母から「一人っ子なんだし、直系の最後なんだし、婿養子ね」と繰り返し暗示(?)をかけられていたものの、最終的にはそんなことどうでもよくなってぶっちぎった……という負い目もあり、できることなら今も公的に旧姓を名乗りたいと思っている部分は否めない。

しかし、二人目に男の子が産まれたタイミングで、夫から「この子、戸籍上実家の養子にしてもいいよ」と言われ“そこまでではない”ということに気づき、今ここにいる。二人目が生まれた、というのも「○○ちゃんママ」と呼ばれなくなってきた原因のひとつだろう。

長男のクラスにはきょうだい児が多い。下の子同士が同じクラスというのも数名おり、そうすると私は「Aちゃんママ」でありつつ「Bちゃんママ」でもある、という図式になってしまう。

ややこしい。

そのややこしさに気づいた人々がソフトランディングした先、それが“名字呼び”だったのであろう。しかしここで、さらにややこしくなる事態が。

離婚してシングルになったお母さんがいる。子どもの名字も変わってしまった。
また、中国などでは夫婦別姓が一般的だそうで、そうなると、子どもとお母さんの名字が違うということが発生する。後者に関しては、きょうだいどちらのクラスにも複数名ずつ在籍している。

家庭の数だけ家庭の形があり、方針がある。そんな当たり前のことを改めて考えるきっかけになった出来事だった。

■揺らぎはじめたマイ・アイデンティティ
幼稚園ではきっと、この手のことは日常茶飯事であろうが、保育園(しかも延長が長いようなところ)にいると、卒園を控えてはじめて、保護者たちが連絡網を回す、ということが発生する。

平日は旧姓を名乗り、休日は夫の姓を名乗っている身。
これまでそのスイッチングは的確に働いていたものの、今年度に入ってから急に鈍りはじめた。

会社の書類に、うっかり夫の姓を書いてしまう。
保育園の保護者にあてたメールについ旧姓を書いてしまう。
「いっけね!」とあわてて修正するが、このままだといつ気づかずに出してしまうことか。
加齢だろうか、過労だろうか、それとも“夫の妻”として過ごした時間の長さに比例しているのだろうか。

名前はその人自身を表すもの、つまりアイデンティティだと思っていた。
子どもが生まれると「どう呼ばせたいか」で悩み、「パパ・ママってキャラじゃないよねえ」と、夫は「おとうさん」、私は「みかちゃん」と名前で呼ばれるに至った。当時1歳半の長男が、舌ったらずに「みーたーん」と呼ぶかわいらしさは、そこそこ憎たらしくなった今も忘れない。

おそらく、その背景には幼少期の記憶が強く作用している。
昔、まだ若くて気の強かった母は、しょっちゅう祖母と口論になっていた。
祖母もなかなかに強い人だったので、女同士のいさかいを右から左に受け流し、私は心を無にしてテレビを見ているような子どもだった。

聞き流しているようでも、いくつかのせりふは記憶に残っている。
「(筆者の父と結婚したのであって)この家の嫁になるために結婚したんじゃない」。
今、嫁として私が夫の母にこれを言えるか?と聞かれたら、全力で“NO”だ。
「お母さん!ハート強いな!」という感想である。

そんな二人も、加齢とともに関係が柔らかくなり、あるとき母がこんなことをいっているのを聞いた。
「おばあちゃんはみかちゃんのおばあちゃんだけど、お母さんのおばあちゃんじゃないから、おばあちゃんって呼ぶのやめたの」

何がきっかけでその境地に至ったのかは定かではないが、ごもっともである。

≪夫とは結婚したけど“家の嫁”になったわけではない≫
≪夫婦や嫁姑の関係はイーブンである≫
≪子どもの親ではあるけどそれ以前に一人の人間である≫

そこを大事にした結果今があるのだが、それらを全部なぎ倒して行くのが次男だ。
かたくなにパパと呼ばれるのを拒む夫に「パパ!」と叫び、筆者のことは指をさして」お!」や「ん!」と呼び、甘えるときだけ「ままだっこ〜」となついてくる。夫への後追いが激しく、夫はトイレに入るのも邪魔される始末。

≪……もう、なんでもいいな≫

子どもが複数だと“あちらを立てればこちらが立たず”のようなことが毎日起きる。自分たちで決めたルールがすぐ揺らいで毎日バグフィックスしている状態だ。ほかの事に割くバッファがない。

「なにも決めずにゆるゆると、免震構造のように、足元で力を逃がしつつ生きていきたい……。」

短期の目標でいえば、それが適当なたとえだろう。
そのうちちゃんとすれば、許されるかな……。

■いつか“ママ”を卒業する日に向けて
「放っといても子どもって育つから。大変だけど、大変なのって過ぎちゃうとあっという間だったりするよねえ」
晩婚だった筆者の友人には、もう子どもが成人している人もいる。かたや1歳の末子がいる身。40歳とは、そういうお年頃なのである。

「子どもがそこそこでかくなると、また“自分”が“自分”の持ち物になってくるんだよね」
何年か前に言われたその言葉はピンと来なかったが、最近ちょっとだけ≪これがそうかな?≫というかけらを生活の中に見つけることがある。

長男6歳に関しては、親がついていかなくてもいいシチュエーションが増え、少しずつ自分の手を離れて行く。そのぶん、めんどくさいあれやこれやは起きているのだが、それは保護者として現実とどう戦うかの話なので、“ママが子どもの奴隷状態”とはまた別軸になる。

ああ、そんなに肩肘張らなくても、いったん誰かに持っていかれた“私”というものは満期になったら利子がついて返してもらえるのかもしれないな……などと思う。その“利子”は何かといえば、“名前を奪われて”いた間に身につけた、社会を生きる力だったりするのかもしれない。

実際に筆者が“満期”を迎えるのは相当先なので、今はなにもいえないのだが、「そうとでも思わないとやってらんねえよ!」ということは日々あって、せめて気持ちくらいは前に向いていたいと思うのだ。


ちなみに、母が祖母のことを「おばあちゃん」と呼ぶのをやめたころ、私も母のことを「お母さん」と呼ぶのをやめている。理由は“私が成人したから”。

“母娘”だと腹が立つけど“友だちだったらいいよね”。そして、“もうお母さん業を引退していいよ”という意味だったのだが、実際にはそこから10年実家にパラサイトしていたので、今筆者がすべきは土下座の一択である。

そして今、実母と義母、「“お母さん”が二人」でややこしくなるのを防ぐため、我が家ではそれぞれの“お母さん”たちは下の名前で識別されている。

平均して15年は付き合うことになろう、子どもを介した付き合いの“ママ友”といわれる我々も、あと数年したら名前呼びの関係になったりするのかもしれない。

長男が生まれてすぐは警戒していた“ママ友”という存在も、この6年で非常に楽しく酒を酌み交わす間柄に変化してきたのだから。

ワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。

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