壮絶な保活報道がもたらす副作用

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2017年02月03日 12:03  MAMApicks

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認可保育園の選考結果が届く2月〜3月は、都市圏を中心に各所で働く母親からの悲鳴、ため息、怒りの声が挙がる。この時期に必ず報道されるのが、依然として厳しい待機児童問題の実態だ。

私も認可保育園の1歳児クラスに娘を通わせているが、0歳4月では認可保育園の一次選考で全滅し、娘の保活には苦労した。そんな経験もあり、去年と今年は週刊誌で保活の記事を書かせてもらっている。

この週刊誌の主な読者は、厳しい受験戦争と就職活動を勝ち抜き、猛烈に働き、勉強して、せっせとキャリアアップしてきた人たちだ。彼女らはいざ出産をすると、子どもの生まれ月など、努力ではどうしようもないことでなかなか保育園が決まらずにキャリアを断念せざるを得ないという局面に立たされる。

認可保育園は福祉施設なので、世帯年収が低いほど入園に有利な自治体が多い。だから、せっかく築いたキャリアに見合った高い年収もアダとなる。認証(準認可)・無認可施設をあたろうにも、激戦区の施設はもれなく満杯で手も足も出ない。運よく入れても、就学前まで預けられるとは限らない。

子どもの頃からずっと努力してきたのに、「はい、あなたの長年の努力は無意味でした」と強制的にジャッジされてしまう。そんな理不尽ってあるだろうか。


■壮絶なエピソードが記事になりやすい
保活の記事が毎年晩秋〜早春の風物詩になっているのは、「キャリアを積んで働き続けたいと願う女性が、保育園の数が足りないという理由でキャリアを断念せざるを得ないのはおかしい!」という問題提起をし続けていきたいという、媒体側の考えがあるからだ。

だから、私が取材させていただく方というのは、保育園に入れるべくできる限りの努力をしようとする人となる。そして、取材で聞く話は、自然と壮絶なものばかりになる。

妊娠発覚後(下手すりゃ不妊治療中)から開始される保活、出産で入院中に保育園の申込をする、認証保育園のウェイティング順位は3ケタ台、電車を乗り継いで1時間の場所にある施設にも申し込む、認可外加点をもらうために育休をろくに取らずに復帰……などなど。

「ただ保育園に入れるためにこれだけ無理をしなければいけない。なんかおかしくないですか」というのが、記事の基本的な論調だ。

じつは私自身、学生時代からこういう記事を愛読していた。
壮絶な保活、小1の壁などの記事を目にすると、「ふむふむ、今後の人生はこんなに大変なことがあるのか。じゃ、今からそれに向けてどんなことができるだろう」とあらかじめ準備をしておく。いざその段になったら、やれることはなんでもやっておく。そして、うまくいかなかった場合も想定した進路も考えておく。

そこまでやると、現実は思ったほど厳しくなくて、「まあいろいろ大変だったけど、落ち着くところには落ち着いてよかったな」と胸をなでおろす。そういう形で人生のあらゆる局面を乗り切ってきた。

■保活記事が、社会復帰しようとする人の心を折る現実
でも、記事を書いてきて、こういう保活記事が思わぬ影響を及ぼしていることを知った。
それは、「保活ってなんか怖い。そんな大変なら保育園に入れなくてもいいや」と、最初からあきらめてしまう人を生んでしまうということなのだ。

そうか。そういう受け取り方をする人もいるよね。そうい感性の持ち主は、私の周囲にもたくさんいるが、すっかり頭から抜けていた。ふと思ったのは、「愛憎ドロドロ系ドラマ」、“救いようのない悲劇”が好きな人と苦手な人がいるのと同じ、感受性の違いなんだろうなあということだ。

私はそういうものがとても好きなクチだ。壮絶な状況の描写を見ると、つらかった過去を思い出して、「そうそう、そんなことがあった。あのときは頑張ったなあ」と懐かしく思う。現在進行形でつらい場合は、「つらい思いをしているのは私だけじゃないんだな」と勇気づけられる。

逆に、「心温まるヒューマンストーリー」に出くわすと、「こんなぬるっちいの見てられっか!」「きれいごとばっかり。世の中そんなに甘くねえ!」とイライラする。乾いたかさぶたをはがして、塩を塗り込むあのヒリヒリ感、指のささくれをあえてはがして剥ききってしまうあのヒリヒリ感が好きなのだ。

しかし、「愛憎ドロドロ系ドラマ」が苦手な人は、ああいう描写に「落ち込んだ」「怖くて見ていられなくなった」という。きっと、壮絶な保活記事を見て心が折れる人は、こういう感受性を持っているのではないだろうか。


インターネット時代になり、紙媒体の記事もインターネットで配信されるようになった。紙媒体と違って否応なしに目に入ってくるので、そのような感受性を持つ人に「嫌なら読むな」と言うのは酷というものだろう。

もうひとつ、保活の記事が、さらに保活を激化させている側面もあると思う。
「出産前から見学をしていた」という記事が出回れば、焦って妊娠発覚直後から保活を始めようとする人が出る。「徒歩1時間圏内の施設まで候補に入れた」という記事が出回れば、「もっと遠くまで候補に入れなきゃ」という人が増える。結果として、徒歩15分圏内の世帯が申し込んでいた認証保育園・無認可保育園に、徒歩1時間圏内の世帯が申し込むようになり、ウェイティング順位が何倍にも膨れ上がる。

保活が激化すれば、自治体は加点基準を変え、親たちが無理をしすぎないように、裏技を使わないようにしようとする。すると、保護者はそれに振り回されるのだ。

■動き続ければ、何らかの活路は見いだせる
こうしてみると、本当に保活記事というのは罪深い存在かもしれない。しかし、壮絶な保活の記事を見て心折れる人に伝えたいことがある。たしかに報道されている保活体験談は壮絶だが、動き続けてさえいれば、何らかの活路は見いだせるということだ。

私が取材させていただいた方々からは、その後SNSでつながったり、メールをもらったりして、結果がどうなったかを教えてもらえることが多い。
聞いていると、4月1日とは限らないが、とりあえずどこかの保育園に入れることがほとんどだ。3ケタのウェイティング順位だった認証保育園から空きが出たという連絡が来ることもそう珍しくはないし、たまたま近くで保育園が新規開園したのにいち早く気づき、そこに滑り込めることもある。

もし、どこにも入れなくても、一時保育やシッターなどを使ったり、働き方を変えたりして、しなやかに今までのキャリアを殺さないような工夫をしている。

保活は勉強やキャリアアップのように、コツコツと努力をすれば、結果にそのままつながるわけではない。それでも、やらないよりはやったほうが、自分にとってまだ納得のいくところに落ち着きやすくなると思う。それは、動けば自分が必要とする情報が入ってくるからだ。

それともうひとつ言いたいのは、記事にあるようなすごい保活をしている人を見て、それをマネして心身を壊してしまわないでほしいということと、「私はあそこまで頑張れなかったから、保育園に入れなかったんだ」と落ち込まないでほしいということだ。

妊娠中や出産後の体調なんて人それぞれ。高級無認可を押さえられる財力があるかどうかも、祖父母の協力を得られるかどうかも、周囲に低月齢から預けられる施設があるかどうかも、人によって事情は違う。

また、抜群の行動力で桁違いの数の見学をこなし、入園申し込みをしたって、絶対にどこかに入れるとは断言できないのだ。

つくづく思うが、保活なんてしなくていい努力だと思う。
小学校や中学校のように、入りたいと思う人が必ずは入れて、年度途中でも、3歳からでも、預けたいと思うタイミングから好きな時間だけ預けられればいい。だけど、そんな社会にするためには圧倒的に保育園が、保育士の数が足らない。いや、それだけの数を用意するために投入できる国のお金が足りないのだ。

正直言って、自分の子どもが入園してしまうと、保活の厳しさは忘れてしまう。次に子どものために考えなければいけないことがたくさんあるからだ。だからこそ、誰かが毎年世に問いかけることは意義がある。その役割を背負い、社会を変えたいという媒体側の強い思いがあって、保活記事は毎年世に出る。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。

このニュースに関するつぶやき

  • ママ達を助けてあげてほしい。個人主義、金銭至上主義の副作用だね。一昔は親がいてコミュニティーがあって。助け助けられ、支え支えられ、迷惑かけて迷惑を許していた。面倒だけど上手く回ってたんだよね。豊かさってなんだろうね?金じゃない気がするな。
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