【今週の大人センテンス】藤村俊二さんが見せた人間力あふれる追い出し方

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2017年02月21日 11:01  citrus

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巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第45回 人柄を感じさせる「O'hyoi's」での光景

 

「すみません、お金はいらないんで帰ってくれますか。で、二度と来ないでください」by藤村俊二(「献花の会」で小堺一機さんが語ったエピソード)

 

【センテンスの生い立ち】

2017年1月25日に82歳で死去した俳優の藤村俊二さん。とぼけた軽妙さが持ち味で多くのファンに愛され、芸能界でも「おヒョイさん」の愛称で慕われた。2月14日に東京・渋谷区で行なわれた「献花の会」には、交友のあった芸能人ら約600人が参列。さまざまな人が藤村さんにまつわる思い出を語った。小堺一機さんは、かつて藤村さんが経営していたレストラン「O'hyoi's」でのエピソードを披露。藤村さんの人間力の素晴らしさを称えた。

 

【3つの大人ポイント】

・お店の雰囲気を守るために毅然とした対応をしている

・きついことを言ってもケンカにならない人柄と人間力

・「カッコイイ大人」とは何かを背中で感じさせてくれた

 

古い話で恐縮ですが、藤村俊二さんのことを初めて知ったのは、小学生の頃に見ていた「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」(半年の中断をはさんで1969〜1971年)でした。大橋巨泉さんや前田武彦さんを中心にした豪華メンバーが、ちょっとシュールなコントを次々に繰り広げる中、藤村さんのとぼけた間合いは、子ども心にも強い印象を受けたものです。

 

あとから知りましたが、もともとはダンサーを志望して日劇ダンシングチームに参加し、のちに振付師に転向。「8時だョ!全員集合」のオープニングやレナウン「イエイエ」のCMの振付は、藤村さんが考えたそうです。ご承知のとおり、俳優やタレントとしても長く幅広く活躍。近年では、2011年から2015年の秋まで担当していた「ぶらり途中下車の旅」のナレーションでおなじみでした。結局、これが最後の仕事になってしまいます。

 

「おひょいさん」という愛称もよく知られていますが、これはエキストラで舞台に出る際などに気が向かないとひょいといなくなることから付いたとか。自ら「芸能界の箸休め」を自称。晩年は「日本一ダンディーなおじいさん」と呼ばれることもありました。オシャレないで立ちといい、肩にまったく力が入っていなさそうな雰囲気といい、多くの男性にとって憧れのおじいさん像だったと言えるでしょう。

 

ファンはもちろん、芸能界の仲間にも愛され尊敬されていました。2月14日に東京都渋谷区の長泉寺で営まれた「献花の会」には、交友のあった芸能人ら約600人が参列。小松政夫さん、うつみ宮土理さん、中村メイコさんら、たくさんの方が故人との思い出を語る中、「藤村さんらしいなあ」と感じさせてくれたのが、小堺一機さんが語ったエピソードです。

 

かつて藤村さんは、東京の南青山でおいしい料理とワインが楽しめるレストラン「O'hyoi's」(オヒョイズ)を経営。ご本人もしばしばお店に出て接客をしていました。粋でオシャレな藤村さんがこだわって作っただけに、大人な雰囲気が漂う居心地がいいお店で、とても繁盛していたとか。小堺さんは、こう言います。

 

お店では、僕らはこの世界の人間なんですけど、普通の方もいらっしゃいますが、全部分け隔てなくテーブルを回られるんですよ。「おいしいですか」と聞いたりとか。それでお客さんが感激して。

でも、すごくはっきりしているところもありまして、マナーの悪いお客さんがいると、そこに行って、ニコニコしながら「すみません、お金はいらないんで帰ってくれますか。で、二度と来ないでください」とか言うんですよ。

【藤村俊二さん献花の会】人間力感じた客あしらい タレント、小堺一機さん(61)の話(ソナエ)

 

マナーの悪いお客さんに対して、藤村さんがどんな表情で、どんな口調で言ったのか、セリフを読むだけで光景が頭に浮かびます。オーナーとしてお店の雰囲気を守るためでもあったでしょうが、ダンディーな藤村さんの美意識からすると、きっとその手の客は許せなかったに違いありません。セリフだけ見ると、かなりきつい言い方でヒヤヒヤします。

 

小堺さんによると「それがね、達人の域というか、普通けんかになるでしょう? ならないんですよ」とのこと。さらに「すごい人だな。でも、ぜんぜんそれをひけらかさないし、人間力もおありになるし」と、あらためて藤村さんを称えました。たしかに、相手を怒らせずに「二度と来ないでください」と言うのは至難の業です。芸能人であることは、むしろそういう状況では相手をさらに怒らせる要素にしかなりません。

 

どこの飲食店でも、「帰ってくれ」「二度と来るな」と言いたくなるマナーの悪いお客さんはいるでしょう。しかし、ほかの人が同じセリフを言ったら、相手は「客に向かってなんだ」「こっちは客だぞ」などと言い出して事態は間違いなくこじれます。なぜ藤村さんだと、相手はすんなり引っ込むのか。勝手な推測ですが、それはきっと藤村さんの中に「相手を責めてやり込めてやろう」という気持ちがないからではないでしょうか。

 

注意する目的は、お店の雰囲気をこれ以上悪くしないために、さっさと店を出て行ってもらうこと。凡人が困った相手を注意しようとすると、念入りに非を数え上げ、怒りをふくらませて「だから言ってもいいんだ」と自分を励まし、感情を爆発させて相手を徹底的にやり込めようとしがちです。そうなると相手も、負けじと虚勢を張って感情的にならざるを得ません。藤村さんは相手をことさら責めるのではなく、希望だけを穏やかにキッパリと伝えています。ま、そのへんも含めて、器の大きさや気持ちの余裕のなせる業ですね。

 

当たり前ですが、客には客のマナーがあり破ってはいけないルールがあります。「客に向かってなんだ」「こっちは客だぞ」というセリフでマナー違反やワガママを通そうとするのは、大人として極めて恥ずかしい了見と言えるでしょう。仮にもっぱら店の側に非があったとしても、「客」という権威を振りかざして相手を責めるのは情けない行為。あくまで対等の立場で、お互いの言い分や要求をぶつけ合うのが大人の矜持でありプライドです。

 

ちょっと話がそれましたが、もしかしたら私たちは、心の中に小さな「藤村さん」をしまっておくことで、いろんなことが楽になるかも。何か嫌なことがあったり理不尽な仕打ちを受けたりしたときに「藤村さんならどうするか」と考えたり、人との接し方や仕事への向き合い方で「藤村さんの境地に近づこう」と思ってみたりするのはどうでしょう。そのほうがいいと判断したら、時には「ひょい」と逃げ出す方法もあります。

 

テレビを通した姿しか知らないのに、一方的にいろんな役割を負わせて恐縮ですけど、それも人生の大部分をともに生きてきた有名人との付き合い方のひとつ。きっと藤村さんは、あの口調で「いえいえ、どうぞお好きに」と言ってくれるでしょう。長いあいだありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

【今週の大人の教訓】

ダンディーに生きる秘訣は気持ちをいっぱいいっぱいにしないこと

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