止まる所を知らないパンケーキブーム。短命なトレンドと囁かれながらも、人気は拡大し続け、今では定番スイーツとして定着
人々の関心が細分化し、流行が局所化する現代。食のブームはいつどこで生まれているのか？ ゼロ年代以降の「食」を巡るトレンドについて、「食」に造詣が深い編集者、畑中三応子さんにお話を聞きました。
“語りシロ”や“面白さ” ブームを生み出す新たな潮流
―― あらためてゼロ年代以降の食のトレンドを振り返りたいと思います。ゼロ年代初頭には雪印の不祥事（※）や狂牛病騒動（※）といった食のリスクも顕在化しました。そのせいか、「健康」「安全」といったネガティブ要素から逃れるためのキーワードが食のトレンドに影響していたように思います。
畑中さん リスクの顕在化によって食への関心が高まったのはいいんですよ。ただ、そこから「体に良い」「体に悪い」といった二元論で食べ物を判断し、健康食品やダイエット食品へ過度に依存する風潮が生まれた。そして数年後、「発掘!あるある大事典�供廚稜柴Ε瀬ぅ┘奪蕃埖せ�件（※）で誰もがコロッと騙されてしまうわけですが。
―― そういう失敗への反省も含め、あらゆる情報がネット上で精査されるようになりましたよね。それで以前に比べて世間が情報に振り回されなくなってきたのかなと。
畑中さん 健康食に関してはそうかもしれません。一時、「朝バナナ」（※）といった珍奇な流行もありましたが、一般人のリテラシーが高くなるにつれ、「一つの食べ物を食べていれば健康になれる」という言説は幻想であるとの理解が浸透しました。
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畑中さん いや、一概にそうとも言えません。「糖質制限ダイエット」なんて極端ですが、今まさに流行中。特に男性の支持者が目立ちます。おそらく臨床例で得られた「肥満を緩和し、血糖値を低下させる」という結果が大きいのでしょう。男性はエビデンス重視な人が多いですから。
―― 確かに男性はモノ選びの際、スペックや実績、産地、効果・効能などを重視しがちです。その拘りを語ることに特有の快感を覚えたりもしますし。
畑中さん 「ラーメン」なんて典型例ですよね。一般人のリテラシーの高さが尋常じゃない（笑）。でも、うんちくを語りたいという欲求は女性にも同様にありますよ。
―― そうなんですか？
畑中さん 「パンケーキ」が流行った理由が、まさにそれです。ディテールを語るのが快感なんですよ。まず「ホットケーキ」とよく似ているでしょ？ よく知っている食べ物と比較できるから、その新しさを言葉にしやすい。さらに、店によって味や質感が少しずつ異なる点も語りシロになる。
――それは知識の専門性を競っているのでしょうか？
畑中さん そこは全く競っていません。むしろ普通の女の子が自分なりの感想を気軽に発信できることがポイント。だからこそ、「パンケーキ」のように誰もが語れる食べ物ほど流行に発展しやすい。
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畑中さん そうですね。実はグルメの最先端も似たような状況です。「フーディーズ」（※）と呼ばれる世界中の一流レストランを食べ歩く美食家がいるのですが、彼らも日々、口にしたものをSNSで発信しているといいます。その影響力が世界レベルのため、彼らに一目置かれようと、レストラン側もあの手この手で工夫を凝らしている。例えば、世界一のレストランとの呼び声が高いデンマークの「ノーマ」には苔や昆虫といった食材も。そのくらい意外性や面白さがないと「フーディーズ」は発信してくれません。
―― 身近なところでは、変わり種の「肉まん」や「ご当地グルメ」もそうですし、「食」の提供側も“語りシロ”や“ツッコミどころ”を意識的に盛り込んでいますよね。
畑中さん 「食」が人に見せるためのコンテンツになってしまいましたからね。ただ、食を介したネットコミュニケーションが活発化する一方、SNSに投稿する以外の食べ物、ようは普段口にしている食べ物が見えない時代になったなと。
―― というのは？
畑中さん 厚労省が2016年11月に実施した「国民健康・栄養調査」（※）によれば、若い世代ほど栄養バランスに課題があると。若者たちが“見せる食”には気を使う一方、“生きるための食”を疎かにしているのではないかと心配なんです。そこはあえて発信しないから、周りからは見えないじゃないですか。
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畑中さん 副作用はあるかもしれないけれど、基本的に「罪」はないと思っています。国民が「食」に関心をもつことで、日本の食べ物はどんどん美味しくなりました。食文化を豊かした功績はもっと評価していいと思っています。
―― では、社会現象になるくらいのファッションフードが再び登場することも歓迎？
畑中さん もちろんです！ただ近年、日本人の食の優先順位は降下しつつあります。外食よりコンビニで十分という若者も少なくない。一方で、可処分所得の大部分を食べ歩きに注ぎ込む層も一定数いる。「食」との向き合い方が多様化している分、様々なブームが局所的に生まれる流れはしばらく続くと思います。個人的には、誰もが熱狂するファッションフードが再び登場して、食べ物を通して世界が広がるように思えた、あの感動とトキメキをまた味わいたいんですけどね。
≪雪印の一連の不祥事≫
最初に発生したのは2000年の「雪印集団食中毒事件」。「雪印乳業（現：雪印メグミルク）」の乳製品により、大阪、兵庫、和歌山など近畿地方の広範囲に亘って約1万5000人の被害者が発生。戦後最大の食中毒事件となる。その影響とBSE問題で苦しい経営を余儀なくされる中、状況好転をもくろんだ雪印乳業の子会社「雪印食品」は、国外産の牛肉を国内産と偽って国内産牛肉のパッケージに詰め込み、農林水産省に買い取り費用を不正請求。内部告発によって事件が発覚。同社は05年に解散
≪狂牛病騒動≫
01年、牛の疫病の一つ「牛海綿状脳症（BSE）」の疑いがある牛が千葉で発見されたことを農水省が発表。その後、北海道、神奈川、熊本でも確認。牛丼屋のメニューから牛丼が消えたほか、当初、BSEが発生したと報道された農家や、後にBSE判定された牛の目視検査をした獣医師が自殺するなど、畜産業や外食産業のみならず、一般生活者を巻き込んだ社会現象となる
≪発掘!あるある大事典 納豆ダイエット捏造事件≫
07年、「発掘!あるある大事典II」（フジテレビ系）が「納豆」によるダイエット効果を紹介し、全国各地の小売店で売り切れが続出。その現象を独自取材した「週刊朝日」が番組内容の捏造をつきとめ、局側も虚偽データに基づく放映内容と認めた。同番組は当該放送の約2週間後に打ち切りが決定
≪朝バナナダイエット≫
朝「バナナ」を食べる習慣によって生活リズムを整え、自然に備わる身体機能を取り戻しながら脂肪を燃焼させるダイエット法。08年、流行に火がつくと全国で「バナナ」が売り切れる騒動に。ところがその効果には賛否両論。1か月もするとブームは収束した
≪フーディーズ≫
世界各国の星付きレストランや知る人ぞ知るグルメまで、最高の「食」を求めて地球上を駆け巡る美食家たち。最高峰のレストラン・料理人から世界中の食通にまで影響を与え、現代の最先端グルメを牽引する存在として注目を集める。16年には彼らの素顔に迫ったドキュメンタリー映画『99分，世界美味めぐり』も公開
≪国民健康・栄養調査≫
厚労省が毎年実施する健康調査。平成27年度は下記4ポイントが浮き彫りになった。
・若い世代ほど栄養バランスに課題
・受動喫煙の機会は「飲食店」が最も高く4割超
・1日の平均睡眠時間が6時間未満の割合が増加
・地域でお互い助け合っていると思う割合が増加
●識者プロフィール
畑中 三応子さん（はたなか・みおこ）
編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮らしの設計』（ともに中央公論新社）の元編集長。幅広く料理本を手がけるかたわら、流行食関連の研究、執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』（紀伊國屋書店）、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』（春秋社）など。
●文・構成／編集部
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