「ヒットが生まれにくい時代」と言われて久しい今日この頃。ゼロ年代以降、フードの世界も社会現象と呼べるほどのブームは数える程。人々の関心が細分化した今、「食」の国民的ヒットはもう望めないのでしょうか。識者と一緒に考えます。
90年代&ゼロ年代 懐かしの食のトレンド
ハラではなくアタマでモノを食べる時代――。
「食」が命を繋ぐための行為から娯楽へとシフトした70年代以降の日本を見事に言い表したフレーズです。
発言主は料理に造詣の深い編集者、畑中三応子さん。ファッションとして消費される食べ物「ファッションフード」の研究家でもあります。
70年代以降、続々と登場したファッションフードは、90年の「ティラミス」ブームでピークを迎えます。
その後、企業が仕掛けたファッションフードは数知れず。90年代に流行った「食」関連のトピックをいくつか挙げてみましょう。
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・「クレーム・ブリュレ」(90年)流行に後れまいと皆さんが手を出した食べ物も、一つや二つではないはず。
・「しゃぶしゃぶ食べ放題」(91年)
・「パンナコッタ」(92年)
・「ナテデココ」(92年)
・「タピオカ」(93年)
・「スイートバジルシード」(94年)
・「マンゴープリン」(95年)
・「カヌレ」(96年)
・「シュガーレス食品」(96年)
・「地ビール」(96年)
・「ベルギーワッフル」(97年)
・「クイニーアマン」(98年)
・「なめらかプリン」(98年)
・「ご当地ラーメン」(98年)
・「エッグタルト」(99年)
・「チョコエッグ」(99年)
一方、ゼロ年代以降の代表的な「食」に関連するブームはこちらです。
・「サプリメント」急成長(02年)いずれも話題になりましたが、「ティラミス」級のメガヒットは見当たりません。今の時代、「食」の国民的なブームは望めないのでしょうか。ゼロ年代の食のトレンドについて畑中三応子さんに聞きました。
・「本格焼酎」ブームがピーク(04年)
・「B-1グランプリ」(06年)
・「メガマック」発売から「メガフード」ブームへ(07年)
・「『冷え知らず』さんの生姜シリーズ」(07年)
・「パンケーキ」ブーム始まる(08年)
・「ゼロ食品」「ゼロ飲料」増える(08年)
・「桃屋の辛そうで辛くない少し辛いラー油」(09年)
・ローソン「プレミアムロールケーキ」ヒット(09年)
・「体脂肪計タニタの社員食堂」(10年)
・「コンビニコーヒー」普及(13年)
・「コンビニドーナツ」普及(15年)
・「サードウェーブコーヒー」ブーム(15年)
・「カキ氷」ブーム(16年)
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“広く浅く”から“狭く深く”に変わる流行の質
写真:jEss / PIXTA(ピクスタ)
92年に起きた「ナタデココ」旋風。大手商社がフィリピンに買い付けに走り、現地企業は設備投資を加速。しかし、ブームは程なく鎮火。現地には無用の工場と、熱帯雨林の伐採と酢酸の廃棄によって引き起こされた環境破壊が残ったという
92年に起きた「ナタデココ」旋風。大手商社がフィリピンに買い付けに走り、現地企業は設備投資を加速。しかし、ブームは程なく鎮火。現地には無用の工場と、熱帯雨林の伐採と酢酸の廃棄によって引き起こされた環境破壊が残ったという
―― ゼロ年代以降、社会現象と呼べる「食」のトレンドが減っているように感じます。
畑中さん 流行は時代の空気に大きく左右されますからね。90年代までは“知らないと後れている”という価値観に誰もが振り回されていました。それだけ新しいものへの弱さ、特に欧米文化への盲目的な憧れがかつての日本人にはあったわけですが、そのメンタリティは今の時代、失われつつありますよね。
―― “新しさ”への関心の低下は、我々の“慣れ”みたいなものが影響しているのでしょうか。
畑中さん あるかもしれません。90年代、“第二の「ティラミス」”を世に送り出すべく、企業が次々とファッションフードを仕掛けましたが、それらは過去の焼き直しが多かった。結果、新鮮さに欠けるモノが大量に氾濫する中で我々の感覚は鈍磨し、心が揺さぶられなくなってきたように思います。
―― いつしか企業やメディアが提示する流行への期待感が薄れるようになり、特にネット普及以降は巷の流行より、個人の関心を優先する風潮が強まっています。
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―― 名前くらいしか……。
畑中さん そんな感じですよね。近年、流行りのヘルシーフードの一種で、関心ある人たちの間ではものすごく盛り上がっています。ただ、広く知られているかというと、そんなことはない。こうした例はいくつもあります。
―― ティラミスブームのきっかけは情報誌「Hanako」といわれていますし、70〜90年代は主にファッション誌や情報誌が起点となり“誰もが知る流行”を生み出していました。今はもう、その役割を担えなくなっているのでしょうか。
畑中さん 求められる役割は大きく変わりましたよね。たとえば70年代の「anan」「nonno」は、スタイリッシュな料理写真が誌面を彩り、料理を「クッキング」と表現。「食」を家事と切り離し、娯楽や趣味の領域へと転換しました。ライフスタイルが画一的な時代だったからこそ、雑誌が提示する新しい生き方を読者も規範にしていた。片や今は関心が細分化し、多様なライフスタイルを選べる時代。生き方の指針は雑誌に限りません。
―― そんな中で雑誌が従来のスタンスを維持しようとすると、「上から目線」とか「無理に話題作りをしている」と構えられてしまうと。
畑中さん だから今は、“流行についていく”という姿勢に変わりましたよね。世間の動向を追って、後ろから盛り上げるような役割。私が雑誌編集者だった80〜90年代は、少なくとも時代の半歩先を進んでいることが雑誌の使命と考えられていたんですけどね。
>>Vol.2に続く
≪スーパーフード≫
栄養バランスに優れ、一般的な食品とサプリメントの中間にくるような存在。チアシードやアサイー、ココナッツオイルなど、美容とダイエットのためハリウッド・セレブが愛用していることが話題になり、日本でもブームがはじまった。
●識者プロフィール
畑中 三応子さん(はたなか・みおこ)
編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮らしの設計』(ともに中央公論新社)の元編集長。幅広く料理本を手がけるかたわら、流行食関連の研究、執筆も行う。著書に『ファッションフード、あります。――はやりの食べ物クロニクル 1970-2010』(紀伊國屋書店)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』(春秋社)など。
●文・構成/編集部
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