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川勝平太・静岡県知事に聞く(全文2)東京は蟻地獄「ポスト東京時代」を発信

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2017年03月21日 13:12  THE PAGE

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THE PAGE

写真横山大観「群青富士」(複製・原画は静岡県立美術館所蔵)前で人口減少問題に関する有識者会議設置の経緯を説明する川勝平太知事=静岡県東京事務所(撮影:倉谷清文)
横山大観「群青富士」(複製・原画は静岡県立美術館所蔵)前で人口減少問題に関する有識者会議設置の経緯を説明する川勝平太知事=静岡県東京事務所(撮影:倉谷清文)
静岡県内の人口の現状を分析するため、有識者会議を設置

── 実際、そういう希望を持っているのに、なかなかそれが実現できない。では、そこを施策で補っていくのですか。

そうですね、日本は1億2000万強、いるわけですけれども、静岡は370万。そのためには、現状を分析しないといけないですよね。やっぱり沖縄県と静岡県、あるいは沖縄県と北海道では、全然、生活の仕方も違います。

ですから、現状を正確に分析することが必要、そのためには、日本のことをよく知り、他の地域のことも踏まえた上で分析できるような最高の学者を招かなくてはならない、ということで、私がかねてより尊敬している鬼頭宏先生、おつき合いは、20代からですからね、今68歳ですから、もう数十年に及んでいる。本当に尊敬しています。その方に、まずは、委員会立ち上げていただき、委員を仕切っていただく。そして、こちらに招いて、生活の基盤を移していただいた。上智大の先生でしたが、今は静岡県にお住まい、静岡県の住民ですよ。

そういうことで、これまでの友情が実を結び、先生に分析していただく。そうすると人口というのは、自然減の面と社会減の面がある、と、分析してくださる。出生率がどうなっているか、死亡率がどうなっているか、それから社会から転出する人、転入する人、こうしたところを、人口論をよくご存じですから、カテゴリーを挙げて、それに応じた形で分析されるわけですよ。

現実がわかっていると何しなくちゃいけないかがわかる。ここにきれいなお花があって、それを知らないで踏みつけるということはしません。知らなければ踏みつけるかもしれないけれども、知っていれば、そこを避けたりするでしょう。ですから、現状をしっかり分析すると、おのずと何をするべきかがわかるということなんです。鬼頭先生を座長に、いろんな方に入っていただいてまとめる、ということをしたわけです。


海辺に多い人口流出 地域で社会増減の理由が異なる

── それが静岡県の「人口減少問題に関する有識者会議」で、その後、分析をもとにつくったのが「長期人口ビジョン」ですか。

そうです。つまり、少年少女・青年たちが理想は持っている。現状はどうなっているか、分析をしなくちゃいけないということですよね。そして、転出が多い理由も、地域によって違いますよ。あと4日後に3.11の6周年がきます(※取材は3月7日)。静岡県は、東海地震、東南海地震、南海地震3連動、あるいは南海トラフの巨大地震、1978年くらいからそういう説が出ましたので、実質1979年、昭和54年から、東海地震は起こり得るという想定のもとに、2兆数千億円もの予算を順次投じて、耐震あるいは津波対策してきたわけですね。

にもかかわらず、東日本大震災で、2万人もの多くの方が命を失われたり、行方不明になったのは大ショックで。東海地震で想定されるよりもっと高い津波として、津波はどこにくるでしょう。海岸ですよね。本県には35の市町があるのですけれども、そのうち海岸に21の市町が面しているんです。その中で、人口が多いところは、静岡市の清水、昔の清水市ですね。

沼津市あるいは焼津市は、気がついたら、アパートをこちらから内陸の方に移します、と。沼津の人は、中泉という少し上の方に移します、と。焼津の人は、内陸側に藤枝という町があるんですけれども、そちらの方に引っ越したり。そういうふうに、押しとどめられないですね。

【メモ】
・静岡県の地震・津波対策……昭和50年代の東海地震対策から始まり、1979(昭和54)年度〜2015(平成27)年度までに2兆2789億円費やし、耐震や津波対策施設の整備などを進めている。


それから、東京の方に帰る、行ってしまうとか、海辺のまちの流出というのは際立っているのです。焼津、清水それから沼津、これはもう明らかに“心”ですよ。しかも、さっき話があった静岡特有の問題というのがあります。一方、静岡は名古屋にも近い、あるいは東京にも近いということ。これは日本全体が一極集中というか、東京に対して持っている一種の憧れがありますよね、若い青年。あなたはどこの生まれですか。

── 福井県です。

福井県。私は、京都なんですよ。私は京都の盆地が嫌いでね、今は好きなんですよ。当時、もう息が詰まる、山の向こうに幸せがあると思って。そのときに、福井県と思わなかった、申しわけない。それで、やっぱり東京に行きたいなと思いましたよ。

自分のときもそうですけれども、今でもテレビのドラマ見ていると、一度は東京見てみたい、青年誰でもそういうところがありますね。そうしたことで東京に越していく。東京ごらんなさい。どこにも緑がありません。いっぱいマンションが見えますよね。東京で住もうと思うと、よほどのことがない限り、庭つき一戸建てなんていうのは住めないですよ。

私の友人で、亡くなった森稔さんは、森ビルをたくさんつくって、「山手線の中に、庭つき一戸建て建てるのは犯罪者だ」と言いました。だからもっと土地を有効に利用して、いわばまちを高層化して、下にはいろんな福利の施設、音楽、例えば、サントリーホールだとかANAホテルだとか。彼はそこに住んでいたので「川勝さん、私は20数階のところで、富士山も見えるよ」と。

そこで「そんなに高いところに好きだったら、100メートルの丘に住めばいいじゃないの。エレベーター代が要りませんよ。僕は標高1000メートルのところに住んでいる。1000メートルの建物は建てられるかもしれないけれども、相当風がきつくて洗濯物干せないよ」といった。洗濯物が干せないということは、窓閉め切りでしょう。そうすると「小糠雨が降っているかどうかもわからないでしょう」と、互いに冗談言ったことがあるんです。


東京は憧れて住んでも、出られない“蟻地獄”

東京は、言ってみれば、規格化された空間にしか住めない。“万ション”とか“億ション”とかいわれたりしますが、数千万、場合によっては億単位のお金がかかるわけです。

例えば、若いときにこちらに憧れて大学出て、これから東京で働きたいと、東京で働き、そして好きな人ができた、両方とも働いている。そうすると2人で住むところ探さなきゃいかん。しかし、買うことができない。それでローン組まなくちゃいけない、20年とか25年間働いてローンを返していきましょう、となる。

「よかったね、7000万円かかるところが5000万円で手に入った」。「よかった、ちょっと日影だけれども大丈夫だよ」とか。そうしたら、子供が生まれた。そうすると、子どもをどっちが見るか、保育園空いているかどうか。

迎えにも行かなくちゃいけない。「おじいちゃん、おばあちゃんに来てもらいたいけれども、どこに寝てもらうの」。そうすると、「2人なんてとても無理でしょう。もう私、こんな生活嫌だ。田舎に帰りたい」。すると「僕の仕事どうするんだよ」となって、要するに出られないわけです。

なぜこんなこと言うか。東京の合計特殊出生率1.0ちょっと、1.1とか、もう長いこと1.0です(※2016年12月厚労省公表「人口動態統計(確定数)」では1.24)。要するに、1人しか生まないということは人口が確実に減るということです。

私もそうだったように、今の若い青年たちも、東京に惹きつけられて出てきた。僕は50歳のとき、気がついて、ここは大変だ、住むべきところじゃない、と脱出できたんです。それは、妻の同意があったから。「私、嫌」と言われたら終わりです。


「もう僕は首都圏から出たいと思う」と妻のご機嫌のいいときに。そうしたら、機嫌がいいときですから、「いいわね、そうね」。「やっぱり自然の豊かなところに住みたい」。「いいわね、じゃあ家売らないといけない」、「それはそうでしょう」。

じゃあ相手の気持ちが変わらないうちに不動産業者にいって、そして出たわけです。ボスは今や旦那ではありません。家庭のことですから。そういうことでもなければ出られない。しかも、50ですよ、出られたのは。普通は出られない。

出られないまま、そこにいる。どんどん人が入ってくるでしょう。そして人口の自然増はない。自然増というか、出生率の2.07までの回復はない、1.0のまま。そして社会流入で補っている。これを何というかと、“蟻地獄”というのです。

「皆さん、こういうことでいいですか」。「この住まい方はおかしいと思う」。だから、東京から脱出するにはどうしたらいいか、これが「ポスト東京時代を開く」ということになってくるわけです。あなたは、失礼ながら福井を出たことあったんですか。

── 学生時代は金沢にいました。

福井から石川県に行った、下宿でしょう。金沢行くには、福井から通うのはちょっと大変ですよね。金沢という魅力、静岡県の青年たちだって、日本海側に対し、魅力あるし、何といっても、よく三大都市と言うじゃないですか、江戸、大阪、京都。私は4都だと思っているんです。

京都は、東洋の文明、中国を中心にした文明がありますよ、お寺があったり。東京は、西洋文明のものです。どこにも伝統的なものありません。でも大阪は商都。金沢は江戸時代の姿を持っているんです。つまり、中国のまねではありません。城下町でしょう、城下町というのは、どこかに模倣がありますか。

── 日本の文化そのものですね。

言いかえると、中国文明から自立した姿なんです。中国文化から自立したのは江戸時代です。だから、中国に留学生も送らなくて済んだ。江戸城があったんですが、周り全部こんなふうに江戸の遺産を食い潰した。じゃあ、江戸幕府に続く大藩はどこでしょう。加賀藩です。百万石、天下の大藩ですよ。島津だと72万ぐらい、伊達藩では62、3万でしょう、圧倒的加賀百万石です。

そこにある、例えば、主計町だとか、兼六園だとか、辰巳用水だとか、あるいは宝生流だとか、狂言だとか。みな江戸のものでしょう。庭づくりも、あるいは九谷焼もそうです。漆器もそうです。お菓子もそう、加賀友禅もそうでしょう。それから加賀の料理もそうです。

こうしたものが、中国、あるいは東洋のまねではなくて、自立した。そもそも城下町がそうですから。その最大のものが金沢なんですよ。ものすごい魅力があるから、いろんな人が行くんですね。そうしたものの一つが東京なんですが、ここは、“蟻地獄”だ、と。ただ、出たときに福井のことについてどれぐらい知っていましたか。

── 確かに、福井を出たころは、わからなかったですね。


「ポスト東京時代」情報発信のため、大学と協定

そうなんですよ。今、うちは、市長さんがこの人は沼津出身だ、この人は湖西出身だと戻ってこられて、それで東大とか一橋大を出ている。沼津あるいは湖西の有名な高校出て、立派な大学で東京に来て、一旗上げて、公共のために役立とう、と。ところが何も知らない。それはそうでしょう。家と高等学校とクラブ、高校3年生ぐらいだったら大学受験、忙しいですよ。

ですから、どんな企業があるとか、どんな産業はあるとか、どんな可能性があるかと、そんな情報が全然ないわけです。知らないまま東京に来て、いよいよ就職しなくちゃいけない、といったときに、情報があるのは東京じゃないですか。結局、一番身近な、自分たちの先輩がしてきたやり方をまねて、間違った人生を歩み出す。要するに、選択肢が狭い人生になりますよ。

じゃ、「ポスト東京時代」にいかにして、青年たちにどんな情報を差し上げればいいか。例えば、福井のあなたの高校からだと、金沢大学に行ってる人が多いというふうであれば、そうすると金沢に。神奈川大学だとか、あるいは東京に幾つも大学がありますし、関西にも、名古屋にもあります。

そういう大学でうちの学生が一番よく行っているところと協定を結びました。その協定というのは、大学は静岡からもっと学生を集めたいわけで、私たちは、その学生に、静岡の情報を満遍なくずっと4年間、出し続ける。

しかし、例えば、就職部に来た福井出身とか、北海道出身の方が見るでしょう。そうすると、「雪がないんだわ、信じられない」。北海道も福井も冬になると雪に閉ざされる。うちは、雪は富士山の上で見るもの。富士山に積もった雪、きれいな富士山を見るもので、大体冬というのは、イチゴを頬張ったり、ミカン食べたり、おいしいお茶飲んだり。

イチゴ大福なんて、大福餅でイチゴが中に入っている。むちゃくちゃうまい。そういうのを頬張って、おいしいお茶、酒もうまいし、そういうところなんだ、と思ったら、行ってみようとなる。そうすると、Iターンになったり、Jターンになったり、そういう情報を出すことによって、若い青年たちが誤って“蟻地獄”に入り込まないようにしなくちゃいけない、ということで、鬼頭先生らの助言もあって、15校と協定を結びました。

【メモ】
・大学等との就職支援協定……大学生等のUIJターン就職促進、静岡県内企業の人材を確保するため、大学等と就職支援協定を締結。立命館大、専修大など15校に企業情報の提供や各種イベントの周知などを行っている。

※川勝平太・静岡県知事に聞く(全文3完)に続く(https://thepage.jp/detail/20170314-00000009-wordleaf)

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