人はなぜ〆切を守ることができないのか? ある雑誌編集長の言い訳

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2017年03月25日 18:57  mixiニュース

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決められた期限までに仕事を終えることは、どんな職種にも共通する社会人としての最低限の常識である……と、されている。ただ、世の中には「〆切を守れない人」が一定数いるのも事実。「〆切を守れないけれど、(ほかの何かに秀でているので)生き残れている人」と言ってもいいかもしれない。

タイムマネジメントを指南するビジネス書は巷に溢れているが、彼らには彼らなりの〆切を守れない理由があり、デキる人が語る方法を自分ごととして捉えることができないのだ。時間管理ができない人の声、あなたにはどう響くだろうか――。


〆切とは、破られるものである


今書いているこの原稿は、現時点で〆切を5日ほど超過している。フリーランスの編集ライターとしてクライアントから請け負った仕事の納品が、5日間も遅れているのだ。業種によっては責任問題に発展するだろう。原稿料を支払ってもらえないどころか、違約金を要求されてもおかしくない。だが、筆者が知る限り、出版業に携わる人間にはわりと時間にルーズな人が多い。仕事を発注する側の編集者も「これくらいまでに原稿をもらえると助かるのですが……」と、スケジュールに幅を持たせて伝えてくるし、受ける側のライターも「いつまでには仕上げられるように頑張ります」と明言を避ける。というのも、〆切は破られるものであり、スケジュールは流動的なものだという暗黙の了解があるからだ。

「基本的に、みんな〆切を守りたいとは思っているんです。ただ、ライターの署名原稿となると、ただ書けばいいというわけではない。その人なりの視点が必要ですし、インタビューで聞いた話をできるだけ面白く読ませたいという欲もある。編集者としてもじっくりと納得のいく原稿を書いてほしいという思いがありますから、〆切には甘くなってしまいます。とくに僕の場合は、自分が〆切を守れない人間なので、催促するのも心苦しくて……」

こう語るのは、某・月刊エンタメ誌の編集長を務める伊川竜彦さん(仮名)。編集者でありながら、自らインタビューや執筆もこなすライターでもあり、業界のご意見番としてラジオのパーソナリティをやったりもしている。多忙な人である。そして、筆者が知るなかで、もっとも〆切感覚がユルい編集者だ。いつも何かに遅れている。

――数々の〆切を破ってきた伊川さんにとっても、忘れられない大失敗ってありますか?

「編集者としては、やっぱり発延(発売延期)が最悪ですよね。僕は編集部に入りたての新人時代に1回、編集長になってからも1回やらかしてしまいました。雑誌のスケジュールって、ここまでに取材や撮影を終えないといけないというおよその期限があり、原稿やデザインの制作期間、印刷所への入稿、印刷物のチェック戻し……と、たくさんの〆切があるんです。その最後の〆切を守れず発売日に本を出せなかったわけですから、あれはキツかった。これはマズい、編集者生命が絶たれたと、頭のなかが真っ白になりました」

――なぜ遅れたんですか?

「言い訳をさせていただくと、僕がやっているようなエンタメ誌って、基本的には映画の封切りやCDのリリースに合わせて作っているんです。タレントやアーティストのプロモーション稼働時期によっては、どうしても制作期間が短くなるし、事前にスケジュールを読みにくいところがあります」

――そもそも制作期間が足りなかったということですか?

「……いや、正直に言うと、絶対に無理というほどのスケジュールではなかったです。単純にいろんな制作工程が少しずつ遅れて、気がつけば各所から『このスケジュールでは無理です』と言われる状況になっていました。執筆やデザインなどの制作だけでなく、取材先の原稿チェック、印刷などもありますから。複合的に考えて、これは発売を延期するしかない、となったわけです」

編集者というのは、ライターやデザイナーなどの制作スタッフから取材先、印刷所まで、記事にかかわる人たちのハブとなる仕事。当然、進行管理も重要な役割だ。筆者はフリーランスの編集者として何度も伊川さんと仕事をしてきたが、そのたびに発注元の編集長である彼に原稿を催促するという逆転現象が起こっている。5日遅れで原稿を書いている筆者がいうのもなんだが、伊川さんは、ライターとしても〆切を守れない人なのである。しかも、〆切を過ぎると、電話に出なくなる。

――まあ気持ちはわかるんですけど、編集側としては電話に出てほしいですよね。

「いつもいつも、本当に申し訳ございません! ただ、エンタメ誌以外ってどうなんですか? 僕のまわりのライターさんって、〆切を守らない人はだいたい電話にも出ないんです。『今日はこのあと取材があって外に出ちゃうので、原稿を出せるのは何時ごろになります』みたいに伝えてくれる人はもともと〆切を守れる人だし、遅れてもだいたい1日くらいじゃないですか。こっちはもう1日2日じゃないレベルで遅れていて、ヤバいヤバいって冷や汗をかいている状況です。『いつあがりますか?』と聞かれても、それが6時間後なのか3日後なのかを答えられない。自分でも、なぜこんなに遅れているのかがわかっていないわけですから」

――答えられないから出られない? でも編集側からすると、忘れてないかな、倒れてないかなって心配もありますよね。

「そうそう、編集側からすると、『今書いています』の一言がほしいだけなんですよね。もちろん、〆切も守ってほしいんですけど。それはわかっているんですが、実際にその状況になると出られない。なぜって、我々はもういい大人じゃないですか。どのジャンルでもライターの高齢化が進んでいますし、30代、40代がざらでしょう?」

――ええ。でも、大人だから〆切を守るし電話に出るんじゃないんですか?

「いやいや、逆ですよ。僕みたいな人間からすると、電話越しであってもいい大人が詰められるのは、結構こたえるんです。『なんでやってないんですか!』『〆切とっくに過ぎてますよ!』って怒られるのがツラい。この歳になってまで、怒られたくない。そういうメンタリティの人が〆切を守れないし、電話にも出ないんだと思います。そういうときって、もうダメだ、転職するしかないっていうくらいまで思い詰めているんです。でも、次の仕事が来ると、その絶望感をコロッと忘れてしまうんですよ」

――編集者としては、〆切を破って迷惑をかけられたとしても、原稿が面白ければそっちの記憶しか残らないかもしれませんね。

「そう。とくに定期刊行物はそうですよ。月刊誌なんて反省1週間、仕事3週間くらいのペースで動いていますからね。そのサイクルのなかで反省はどんどん鈍化していって、揺るぎない精神と図太さを持った“〆切を守れない人”が生まれるんです」

ここまで読んで、いかがだろう。決められた期限を守れない。おまけに、怒られるのがイヤだから電話に出なくなる……このケースを極端な業界の極端な事例と切り捨ててしまうのはたやすいけれど、その心情には多少なりとも共感できる部分がないだろうか。彼の言うことを微塵も理解できない人は、おそらく〆切を守れる側の人だ。筆者の場合は大いに共感した。なぜ我々が〆切を守れないのかを、もう少し考えてみよう。


〆切を守れないのは、病気なのか?


――伊川さんは、どんなふうに仕事のタスクを管理したり、スケジュールを組んだりしているんですか?

「取材や入稿の予定はカレンダーに入れますけど、それくらいですね。雑誌の進行表を作るときは、だいたい取材/制作/印刷くらいのざっくりしたスケジュールを、1週間刻みで組んでいます。単位が1週間だから、月曜にやっておけばいいことを金曜にまとめてやることもよくあります。ギリギリにならないと時間が取れなかったりして……」

――もうちょっと細かく予定を立てないんですか? せめて1日単位とか。

「たぶん、僕の能力で現実的に運用できるのは、週単位が限界なんだと思います。スケジュールを細かくすると、立てた翌日には崩壊するじゃないですか。そうすると進行表自体に意味がなくなるし、二度と見たくなくなってしまう。それに、なぜかライターさんに発注するときには、必ず〆切どおりにあげてくれるはずだという性善説でギリギリのスケジュールを組んでしまうんですよね。いつも遅れるライターさんでも、今回こそは大丈夫だろうって」

――そうすると、誰かが少しでも遅れたら、スケジュールが破たんしますよね。

「そこが問題なんです。取材や制作が予定より遅れることなんてしょっちゅうですし、そうなるとどこかで進行を巻き上げないといけない。結果的に、誰かに無理をさせたり、泣きついたり、〆切を待ってもらったりするはめになるんです。……話していて、若干胃が痛くなってきました」

――わかりやすいのでライターの場合を考えてみましょうか。基本的には自分が書けばいいので、編集者よりシンプルですよね。先ほど「ただ書けばいいわけじゃない」とおっしゃいましたが、要するに時間とクオリティの兼ね合いだということですね?

「そうです。〆切を守れるようになる代わりに原稿が面白くなくなったら、ライターとしては本末転倒じゃないですか。まあ〆切を守ってくれるからこの人に頼もうっていうのもよくある話ですが、本質的にはどれだけいい原稿を書くかが勝負どころだと思っています」

――時間をかければかけるほど、いいものが書ける?

「ええっと、よく考えると、それは定かではないですね。〆切を破った分だけ面白くなるわけではないし、きっちり守りながら面白い記事を書いているライターさんもいますから。それに、〆切までずっと机に向かっているかというとそうでもなくて……たとえば仕事に集中するために『この仕事が終わったらあのDVDを観よう』って自分へのごほうびを設定したりするじゃないですか。でも、気がついたら『このDVDを観たら仕事するぞ』というふうに、ごほうびを前借りしてしまっている」

――単純にサボっているわけですね。

「身も蓋もない言い方をすると、注意力が散漫。かっこいい言い方をすると、自分のもっともいい状態で、自分がもっともいいと思える原稿を書けるまでのプロセスが長すぎるんでしょうね。大人になってからのサボりって、めちゃくちゃ気持ちいいんですよ。〆切前に提出するのが気持ちよければいいんですけど、ギリギリまで引っ張って、ウワーって逃げ切って納品した直後に後ろでドカーンと爆発するみたいな展開の方が、スリリングな快感を味わえますし」

――その仕事にどれくらいの時間がかかるか、見当はついているんですか?

「一応そこそこキャリアは長いので、文字起こしにはこれくらいかかるだろう、原稿はこれくらいで書けるだろうという見込みはあります。ただ、もちろん書く内容はそれぞれ別ものだから、詰まることもあれば、ごくまれに思いのほかスッと書けることもある。そのスッと書けたときの成功体験だけを思い描いてしまうので、取りかかるのが〆切ギリギリ、場合によっては〆切を過ぎてからになるんです。基本的には、すごくポジティブなんですよ。〆切を過ぎるまでは」

――下手にキャリアが長いと、編集者に設定された〆切の後ろに“真の〆切”が見えてきますからね。〆切の切迫感が薄れてくる。

「そうなんですよ。短時間でぱっと集中して書けることがあるとしても、その集中力が発揮されるタイミングが必ずしも〆切より前とは限らないのが問題なんです。正直、〆切を過ぎたあとの方が研ぎ澄まされますよね。まだ大丈夫だろう、あと1日は延ばせるだろうと勘繰りながら、ヤバいという感覚はどんどん大きくなっていくわけですから。こうなってくるともう『本当の〆切とは何か』っていう観念的な話になってしまいますけど」

巷にあふれるビジネス書には、ToDoの整理やリマインドについてのノウハウが書かれている。〆切が守れないのは、方法が悪いから。やるべきことを明確にし、整理して実行すれば、〆切に遅れずに済むというわけだ。だが、伊川さんいわく「あれはすでに〆切を守れる人が読むための本」。なぜかというと、「できる人にしか使えないから」。

「突き詰めれば、『健康管理のために早寝早起きして規則正しい生活をしましょう』っていうのと同じ。こっちは、それができないから困っているんです。たぶん、自分のタスクをはっきり切り分けられて、一日のスケジュールを整理できる人というのが世の中にはいるんでしょう。そういう人は、気持ちをそっちに向けられる人です。でも、こちらは〆切を守りたいとは思っているのに、行動がついていかない。仕事に向かおうとすると煙草を吸いたくなったりして、脳が拒否する。病気みたいなものなんですよ」

世の中には〆切を守れる人と、守れない人がいる。なにが違うのだろうか。クオリティに対してスケジュールの優先順位が低いのか。方法が間違っているのか。〆切を守ろうとする意志が弱いのか。それとも、脳に〆切を守れない欠陥を抱えて生まれてきてしまったのだろうか。

筆者はこの原稿を書くまで、〆切を守れないのは方法が間違っているからだと考えていた。多少の得手不得手はあるにせよ、正しい手順でスケジュールを管理すれば、あとは根気の問題なのだと。だが、今では自分も伊川さんも「〆切を守れないという病気」なんじゃないかという気がしている。そうでなければ、伊川さんの話をなぞるようにして、この原稿が1週間も遅れていることに説明がつかないからである……。

●文・構成/宇原こじれ(仮名)

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