「世界一の祝祭」リオのカルナヴァルは熾烈なリーグ戦だった

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2017年03月27日 15:33  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<リオのカルナヴァル(カーニバル)はブラジル人の男女が踊るただの巨大パレードではない。実はサンバチーム対抗のコンテストであり、外国人も多数参加。日本では実態がきちんと伝わっていないが、果たして世界中で人気を博している理由とは?>


1月下旬から3月上旬にかけ、世界最大の祭りがブラジルのリオデジャネイロで開催された。リオのカルナヴァル(カーニバル)だ。


今年、リオのカルナヴァルのピークは2月25日(土曜日)から27日(月曜日)だったが、この3日間だけで約110万人の観光客がリオを訪れ、そのうち40万人が外国人観光客だった。リオ市の公式発表によれば、3日間の経済効果は約30億レアル(約1000億円)に上った。


毎年行われる世界的に有名な祭りだから、日本でも当然よく知られている。しかし、その報道はごく一部の表層を伝えるに限られ、実態はきちんと伝わっているとは言いがたい。


実際、サンバの音楽に合わせて、派手に着飾ったブラジル人の男女が踊る巨大なパレード......あるいは、サンバはカルナヴァル用の音楽ぐらいにしか思っていない人も多いのではないだろうか? しかしどちらも事実ではない。


リオのカルナヴァルでは大小さまざまなイベントが開催されるが、世界中にテレビやネットで中継・生放送されるメインイベントは、実はサンバチーム(「エスコーラ・ヂ・サンバ」と呼ばれる地域に根ざしたサンバ・コミュニティー)対抗の巨大パレードコンテストの熾烈なリーグ戦だ。また、地元リオっ子だけでなく、外国人も毎年数百人規模でこのパレード・リーグに参加しており、日本人のパレード参加経験者もすでに累計で数百人に上る。


単なる1国の伝統的な祭りに過ぎないのであれば、そこまで注目に値するものではないだろう。しかしリオのカルナヴァルは一過性の消費的な"観光客向けの祭り"ではなく、今や世界各地から人を惹きつける"参加・挑戦型"の言わば「サンバ・メジャーリーグ」として盛り上がっているのだ。


健康的な肉体美と開放感は日本の感覚と異なり、そこに安易なエロス感はない


サッカーと同じでリーグ降格もある熾烈な争い


ここで、リオのカルナヴァルの全容を説明しておこう。主に2つに分けられる。


1つは、封鎖された一般道や公共広場で行われるカルナヴァル。今年は、リオ市に公式登録された451のグループ(「ブロコ」と呼ばれる数百人規模の楽団)が各地で578回のパレードを行った。また、リオ市各地の大きな広場に日本のフェスと同様のステージが設営され、有名・無名を問わないミュージシャンが核となったフリーライブが同時多発で開催された。リハーサルや重要な役目が特になく、サンバに限らずカルナヴァルで過去に流行したさまざまなジャンルの曲を演奏するものがほとんどなので、一般の地元リオ市民から外国人までが気軽に多数参加している。


もう1つが、メインスタジアム(サンボードロモ)で行われるカルナヴァルだ。サンボードロモとは、サンバパレード専用のスタジアムのこと。ブラジル出身の世界的建築家オスカー・ニーマイヤーが設計した約9万人を収容するサンボードロモ・ダ・マルケス・ジ・サプカイで、2月24〜27日に開催された。


これが、前述したメインイベントのリーグ戦である。地域密着の伝統的サンバ連であるエスコーラ・ヂ・サンバがすべて毎年新調したテーマ曲サンバ、歌、演奏、踊り、衣装、山車、全体の調和などによる「総合サンバパレード劇」による表現で熾烈に争う。採点対象役に対する9つの採点項目があり、36人の審査員による10点満点(=360点満点)によるジャッジがなされるコンテストなのだ。


サッカーのリーグ制と同じで、上位リーグの下位エスコーラは翌年、下位リーグに降格となり、下位リーグの優勝エスコーラは翌年、上位リーグ昇格となる。なお、1部リーグは12エスコーラ(1エスコーラ出場人数:平均約3500人)、2部リーグは14エスコーラ(1エスコーラ出場人数:平均約2500人)で争われる。サンボードロモ・ダ・マルケス・ジ・サプカイに出場できるのはこの上位2リーグまでで、3部以下は郊外の別会場で実施される(リオ市には全6部まであり、リオ市とその界隈の地域の83のエスコーラがリーグに登録されている)。


巨大で大掛かりな仕掛けのある山車は、パレードテーマ曲サンバのストーリーを表すもの。写真はアマゾンの森林保護を訴えるパレードをしたインペラトリス・レオポルヂネンセの数ある山車の1つ


外国のセレブも参加、日本人参加者はすでに数百人


こうしたカルナヴァルの楽しさは世界各地に飛び火し、本場リオのエスコーラ・ヂ・サンバへの外国人参加者も増加の一途だ。


リオのカルナヴァルは2016年に100周年を迎えたが、外国人の参加は80年代から本格的に始まった。世界的有名人やセレブの観戦はもとより、90年代後半にはナオミ・キャンベルやリッキー・マーティンなど、リオのエスコーラのパレードに参加する有名人も出始めた。歴代のサッカー・ブラジル代表はもとより、マラドーナ、マドンナ、ジェニファー・ロペス等の南北アメリカ大陸のセレブたちは常連だ。


有名人も一般人も一緒になって盛り上がるのがリオのカルナヴァル。写真左:国民的歌手のイヴェッチ・サンガーロ/写真右:名門ポルテーラの重鎮チア・スリッカと抱き合い"老若男女のサンバ精神"を交わすロナウジーニョ


また、ファットボーイ・スリムをはじめ世界中のDJたちもリオに毎年集結している。実際、筆者がミュージシャンとして共演したデュラン・デュランのボーカル、サイモン自身からもその経験から魅力を語られたことがある。今年は米国のアフリカ系音楽を讃えるテーマでパレードを行ったエスコーラへのビヨンセ参加が噂されたが、妊娠したので絶ち消えに。このような話題は欧米のメディアでは頻繁に報道されている。


巨大な山車や衣装は毎年新調されるテーマ曲サンバに合わせてデザインされる


90年代後半から、メインスタジアムで行われるエスコーラのパレードで、採点対象役など重要な役で出場する外国人挑戦者も徐々に増えていった。2010年代には採点対象の打楽器隊や、オーディションのあるダンサー役などでも、世界中から本格的な参加を目指して来た人がほとんどのエスコーラにいるほどとなった。


日本人の本格参加も90年代に幕開けた。現地の各エスコーラに参加したり、カルナヴァルのメインスタジアムでのパレードに所定の衣装を買って参加したりという"誰でも参加できる一般的なパート"での参加経験のある日本人の数は、すでに累計で数百人に上るとみられる。


さらに、日本のアマチュア愛好家で、オーディションを通過して出場する採点対象役の打楽器隊経験者も少しずつだが増加している。一方、ダンサーはといえば、採点対象役ではないがオーディションが必要なダンサーとして出場する日本人は格段に増加している。しかし、実際は本場のパレードで採点対象役のダンサーとなった日本人は、未だに先駆者でプロになった中島洋二氏が唯一の例だ(「本場リオのリーグでの優勝に貢献した」と豪語し日本でのプロフィールとする日本人ダンサーは出てきているが......)。有能な人材の参入と活躍、それに正確な評価と検証が求められている。


重要な採点対象役である打楽器奏者と弦楽器奏者が演奏するのはいずれもブラジル・サンバ独自の楽器の数々


筆者はリオのカルナヴァルに1997年(当時19歳)に初めて参加し、今年で20年が経った。オーディションに通過し、採点対象の打楽器隊員としてさまざまなエスコーラで出場し続けているだけでなく、外国人初の公式認定打楽器指導者となった。また、日本やブラジル、そして第三国のメディアにもレポートするジャーナリストとしてもリオ市に登録されるようになった。エスコーラの運営・執行サイドでも活動してきた。


3大名門エスコーラのひとつとして知られるImpério Serrano(インペーリオ・セハーノ)には今年で参加16周年を迎えた(特定のエスコーラでの外国人最長記録だ)が、ここで採点対象の打楽器奏者(兼公式認定指導者)として活動し、今年は幹部メンバーにもなった。筆者がその幹部ミーティングで外国人を歓迎するプロジェクトを打ち出したところ、今年は筆者以外に日本人が15名参加し話題となった。他にもドイツ、ポーランド、米国、オーストラリア、メキシコ、パラグアイ、アルゼンチン、チリをはじめ、150名もの外国人が参加した。


【参考記事】知られざるリオ五輪もうひとつの「日本PR」


エスコーラの顔役でシンボル旗を持つペアダンサー役(全エスコーラ共通役)の演技はパレード注目の花形。しかし同時に採点の40点を担う責任を追う。写真は70周年を迎えた名門インペーリオ・セハーノの2人(リオ五輪時にはジャパンハウスにも登場)。重い衣装とプレッシャーを背負う役で、今年も演技中に転倒し大減点となったダンサーもいた Photo: Luiz Eduardo


欧州から米国、アジアまで世界に広がるサンバ人気


このように、外国からも多数の観客と参加者を引き付ける本場リオのカルナヴァルだが、サンバ人気はすでに世界中に広がっている。欧州、北中南米、アフリカ、オセアニア、アジア......と、各地にエスコーラ・ヂ・サンバとそのパレードによるフェスやカルナヴァルが存在するのだ。


なかでも最大は、ドイツのコーブルクで行われるサンバフェスティバルだ。ポルトガルでは全国各地にエスコーラ・ヂ・サンバが結成されている。フランスやスペインにもあるし、ロンドンのノッティングヒル、フィンランドのヘルシンキなど、欧州各地の地元エスコーラ・ヂ・サンバによるカルナヴァルが人気だ。本場リオのエスコーラのメンバーによる出演・指導は1970年代後半から大小さまざまな実績があり、東はロシアまでまさに欧州全域、さらには中東にも広がっている。


筆者自身もロンドンの2強エスコーラに参加し、指導をしたことがある。そこで驚いたのは、今やニューヨークに並ぶ人種の坩堝となっているロンドンを表す状況がエスコーラ内にもあることだった。メンバーは英国人や英国連邦出身者に限らず、世界中の労働者や留学生などさまざまな国籍・職種・世代の人たちがエスコーラに参加しているのだ。移民大国ブラジルで培われたサンバ特有の"対話・共有型文化"が、現代欧州の多民族混成都市の抱える複雑な状況に対し、同じような機能を果たしていることに感心し、その威力と効能を改めて知った。


一方、米国には現在、約37万人を超すブラジル人が各地に在住している。筆者は同国でのブラジル人の動向についても1996年から追い続けてきた。なかでも7万人が住むニューヨーク都市圏をはじめ、ブラジル人が多く暮らす米国各都市でのブラジルフェスが大規模で有名だ。そこで行われるサンバは長い歴史があり、リオとの深く親密な関係性をもち続けている。すでに非ブラジル人メンバーが主流となっていて、筆者もリオの各エスコーラで活動する米国人打楽器奏者やダンサーと多く知り合っている。


それらに比べて規模とレベルは落ちるものの、アジアではシンガポールやソウル、また日本でも浅草サンバカーニバルが本場に準拠した形態をとっている。世界中の他の音楽文化と比べても、これだけ大規模な参加型で、かつ普及しているものは他にないと言えるのではないだろうか。


高齢者から未成年まで老若男女が、地元の町を代表するエスコーラ・ヂ・サンバの歴史と誇りを胸にテーマ曲サンバを共に歌い踊りパレードする Photo: Luiz Eduardo


サンバは"対話・共有型文化"、ただの音楽文化ではない


なぜサンバは、世界でこれほど人気を博しているのだろうか。リオ発祥のエスコーラ・ヂ・サンバは、ざっくり言えば、地域と日常生活に根差したサンバ・コミュニティーだ。各地の大会場(クアドラ)は自治体・共同体の現場としてさまざまな機能を果たし、そこではカルナヴァルとは異なる普段着のサンバが日常的に行われている。そしてカルナヴァルの時には、パレードチームとなるのだ。このフォーマットとメソッドが世界各地に広まっているわけだが、ポイントはなんといっても"リオらしさ"にある。


ブラジルはロシア以外の欧州がすっぽり入るほどの大国だ。日本の約23倍もの規模がある。さまざまな先住民族が暮らしていた広大な地に、ポルトガル人を皮切りに、アフリカ大陸各地、全欧州、そして中東、アジアに至るまで、世界中の民族が流れ込み、混血し、形成された。まさに国自体が国際社会の縮図のような歴史をもつのだ。


大混乱を極めた"移民混血大国"が果てしない労苦の末に生み出したのが"対話・共有型文化"としてのサンバであり、欧州にもともとあったものとは異なる独自のカルナヴァルだった。それゆえに外国人と異文化に寛容でオープンな社会性を有しているのがブラジルの特徴であり魅力だ。リオのカルナヴァルとエスコーラ・ヂ・サンバはまさにそのシンボル的存在と言える。


サンバやカルナヴァルがただの音楽文化、ただの祭りでないことがわかっていただけただろうか。例えば東日本大震災においても、日本各地にあるエスコーラ・ヂ・サンバは被災地支援に尽力した。筆者に限らず、多くのエスコーラが炊き出しを行い、サンバの打楽器をたくさん抱えて被災地入りして合奏しては、老若男女を問わず、理屈と我を忘れて合奏を楽しむ時を共にした。


なかでも埼玉のエスコーラ"アレグリア"の活動には目を見張るものがある。2011年より現在までに20回以上、東北の被災各地に出向いては、瓦礫の撤去、炊き出し、物資提供、そしてサンバで元気づけるなど、活動を継続してきた(熊本地震の被災地でも)。また、筆者はサンバのメソッドによるワークショップも、学校や学術機関、野外音楽フェスで行っている。


1部、2部リーグの全パレードが終了すると共に、感極まり会場になだれ込む観衆の姿。観るものと出場するものを超えた歓喜と心意気の共有、理屈を超越した感動的なカルナヴァルの終演を惜しむクライマックス


今年は疑惑のジャッジで名門エスコーラが優勝


さて、最後に今年のリオのカルナヴァル、メインスタジアムのリーグについて少しレポートしておこう。


3大名門エスコーラのひとつ、Portela(ポルテーラ)の33年ぶりとなる優勝が話題となった。ただし、ここで詳細は省くが疑惑のジャッジであり、現地メディアでは今も、採点者や採点表原本まで取り沙汰されて判定に対する係争が報じられており、裁判にまで発展していて話題の渦中だ。事実上のチャンピオンは抗議をしている準優勝のMocidade Independente(モシダーヂ・インデペンデンチ)だろう。


また、筆者も打楽器奏者として参加した3大名門のもう1チーム、インペーリオ・セハーノが2部で優勝し、8年ぶりに1部に復帰したことも話題に。昨年はもうひとつの名門Mangueira(マンゲイラ)が優勝しており、伝統と実績のある古豪の復活がこのところ注目点となっている。


山車の故障と運転ミスによる事故で多数の重軽傷者を出しただけでなく、厳正に運営されているカルナヴァルを中断させ(事実上1時間以上の試合中断状態に)、レギュレーションのひとつである規定パレード時間を大幅に超過した2エスコーラ、Paraíso do Tuiuti(パライーゾ・ド・トゥイウチ)とUnidos da Tijuca(ウニドス・ダ・チジューカ)が降格を免れた。これはポルテーラの優勝とは比べものにならないほどにリーグの裁定に対する大きな不信を呼んでいる。


そんなこともありながら、カルナヴァルはともかく終了した。リーグはすでに2018年シーズンへと移り、チームの再編、契約更改や移籍が活発となるストーブリーグに突入している。アートディレクター、打楽器隊リーダー、歌手などの引き抜き合戦がリオや世界中のサンバ愛好家たちの間で注目と話題の的だ。


その一方、世界のサンバ愛好家たちは自らの準備も進めているはずだ。本場リオの100年の伝統と歴史を敬愛し、理解する外国人の参加はますます増加の一途だ。2018年のリオのカルナヴァルまですでに1年を切っているが、チャンスがあれば参加してみたいという人はいないだろうか。


世界中の民族と歴史が流れ込んだ多人種混成社会だからこそ成し得る、世界最大の祝祭を実体験し、その心意気を会得する日本人が増えることを願っている。


ケイタブラジル(KTa☆brasil)


東京生まれの日本人音楽家。著名なJ-POPシンガーから世界的なアーティストまで制作・共演の実績多数。1997年よりブラジルで活動。リオ市観光局公式プレゼンター。本場リオのサンバの殿堂初(G.R.E.S. Império Serrano)の外国人公式認定打楽器指導者。リオの名門クラブチームC.R.Vasco da Gamaスタジアム殿堂刻名会員。


http://ktabrasil.exblog.jp/




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