【写真特集】ウクライナ東部に残されたトラウマ

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2017年03月27日 17:33  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<親ロシア派武装勢力と政府の間で今も戦闘が続くウクライナ東部では、日常的な恐怖によって兵士や住民の精神がむしばまれている>


戦争が破壊するのは目に見えるものだけではない。爆撃や死の恐怖の中で過ごす日常は、人々の精神を少しずつむしばむ。


ウクライナ東部では親ロシア派武装勢力と政府の戦闘が今も続く。紛争が本格化した14年4月から約1万人が死亡、100万人以上が住む場所を追われた。


危険な状況を生き延びた市民や兵士らはやがて落ち込んだり、憤りを感じたり、戦闘を続ける両勢力への過剰な疑念を抱くようになる。子供たちは眠れず、悪夢を見たりお漏らしをしたりする。


医療・福祉関係者は絵画や手仕事によるセラピー、カウンセリングなどで根気強く精神的なケアを提供しているが、人員も施設の数も足りず、十分な支援体制は整っていない。


【参考記事】亡命ロシア下院議員ボロネンコフ、ウクライナで射殺


メンタルヘルスをめぐるソ連時代の悪弊も状況を悪化させている。当時、反体制派を弾圧するために精神障害と診断し、病院に隔離する手法がまかり通っていた。そのため人々は今でも、精神分析医を訪れて「正気でない」と烙印を押されることを恐れがちだ。


明るい兆しもなくはない。9月下旬にはウクライナと親ロシア派、ロシアの3者が紛争沈静化に向けた枠組みで合意。戦いの終結を切望する人々の心も少しは癒やされただろうか。


休憩中にたばこを吸うウクライナ兵たち。臨時の拠点にしているのは前線の町ザイトセボの廃屋だ


1歳半の義理の弟の面倒を見るルドミラ・パルチク(12)。自宅は14年にミサイルで破壊されたため、今はポパスナの空き家に暮らす


兵士のバディム(24)は昨年2月、運転していた装甲車が簡易爆弾に襲われ左手と両脚を切断。今は教育学と心理学を勉強中だ


<タチアナ・チェルニエンコ(56)>マリインカに暮らす彼女は14年8月に砲撃で負傷し、今も体中に金属片が刺さったままだ。お金がないため摘出手術ができず、胸に入った破片などは自分で取り除いたという


<バレンチナ・エレミチェワ(54)>子供向けのリハビリ施設で、グループセラビーを担当する。幼い子供たちのトラウマを癒やすセラピーで、怖いものを絵に描かせると兵士や戦車がよく登場するという。「その絵をビリビリにちぎったり、爆弾を花で彩らせたりする」


<ディアナ(14)>ジェルジンスクにある子供向けの社会・心理リハビリ施設で。紛争開始後、母親は彼女を置いてロシアへ逃げてしまった。里親を見つけるために、母親の親権が無効になるまでの9カ月間は施設で暮らす必要がある


<アリッサ・ミロシュニチェンコ(左、49)>マリインカの自宅の庭で、いとこのバレンチナ・ラトフスカ(12)と。ここ1年半は、防空壕に避難してばかり。「発砲が始まると、私は娘に精神安定剤を与える」と母親のオクサナは言う


<オレグ・トカチェンコ(47)>前線の町ドネツク近郊のマリインカで兵士らと祈るトカチェンコ。金属加工場を経営する傍ら牧師も務める彼は、時間が許せば地元スラビャンスクからボランティアで礼拝に出掛けていく。「人々は未来を突然断ち切られ、裏切られたように感じている」と彼は言う。「精神科医でさえ精神科の治療が必要になるような状況だ」


(右から)リサ(9)、ナスティア(5)、ダニエル(3)のシュパーティアク家のきょうだい。ルガンスク州ポパスナにある自宅で映画を見る


ザイトセボのウクライナ兵。携帯電話で話す相手は誰なのか


撮影:アレックス・マシ


イタリア人ドキュメンタリー写真家、マルチメディア・ジャーナリスト。2006年にロンドン芸術大学でフォトジャーナリズムの学位を取得した後、ナイジェリアの金鉱山やインドの化学工場事故など、不正行為によって起きる問題、主に子供たちの生活環境や健康、人権などについての作品を発表している。


Photographs by Alex Masi


<本誌2016年10月11日号掲載>


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Photographs by Alex Masi


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