「日本の汚染食品」告発は誤報、中国管制メディアは基本を怠った

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2017年03月27日 17:33  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<無印食品やイオン、カルビーが名指しされたCCTVの特番『315晩会』は完全な誤報だった。中国人の間でも反発が広がったが、その背景にあるものとは>


昨年、本欄で「アップルも撃沈させた中国一恐ろしいテレビ特番、今年の被害者は?」との記事を書いた。「世界消費者権利デー」(毎年3月15日)に放映される、中国中央電視台(CCTV)の特別番組『315晩会』の紹介だ。国内外の"悪徳企業"を次から次へとメッタ斬りするという構成で、槍玉に挙げられた企業が超速で土下座して謝罪するところまでが一連の流れである。


今年は迎撃ミサイルシステム「THAAD」配備に伴う中韓関係悪化を受け、韓国企業が叩かれるのではとも噂されていたが、意外にも槍玉に挙げられた外資は日本産食品と米スポーツメーカーのナイキだった。日本産食品に関する報道を簡単に紹介しよう。


2011年の福島第一原発事故を受け、中国政府は福島県や新潟県、栃木県、東京都など12都県で製造・生産された食品、農作物、飼料の輸入を禁止した。ところが近年、中国で人気の越境EC(海外商品を購入する電子商取引)では原産地「日本」とだけ書かれた食品が大量に流通しているではないか。


調べてみると、天津市の保税区倉庫からは栃木工場で製造されたカルビー「フルグラ」が大量に見つかった。無印良品で販売されている飲料、イオンで販売されているレトルトご飯には日本から輸入された商品に中国語のラベルが貼られているが、そのラベルを剥がすと下に隠されていた日本語の説明には原産地が東京都、新潟県と記されている。


深圳市市場稽査(けいさ)局の初期的調査によると、中国で日本の核汚染食品を販売している疑いのあるネットショップは1万3000店以上に上るという。この問題について、深圳市市場稽査局は全面的な対策を実施していく方針だ。


CCTV公式サイト「【315曝光】日本核污染区食品遭热销 奶粉麦片均在列」より


【参考記事】中国TVの「日本の汚染食品が流入!」告発は無視できない重大事


各社は原産地証明を取得していると反論


悪事を暴いたと意気揚々のCCTVだったが、放送後ほどなくして番組が間違いだらけの手抜き取材だったことが判明する。


まず12都県からの輸入を禁止という2011年4月8日の通達だが、同年6月13日には山形県、山梨県を除外した10都県に改訂されている。最も根本的な政府通達を取り違えているわけだ。


また無印良品、イオンはそれぞれ声明を発表。名指しされた商品はいずれも輸入禁止の10都県以外で生産された商品であり、原産地証明を取得するなど正規の輸入手続きを経ていることを明らかにした。


ラベルの下から出てきたという日本語表記の製造地表記はCCTVの勘違い。書かれていたのは本社の住所である。CCTVは基本的な確認を怠ったばかりか、ろくに日本語を読めるスタッフすら動員していなかったのだ。カルビーも正規ルートでは10都県以外の工場で製造された商品を輸出しており、原産地証明も取得しているとの声明を発表している。


中国向け越境ECを手がける株式会社オレンジモールの内田信社長によると、保税区に日本産食品を持ち込む場合には原産地証明が必須だ。越境ECに問題のある日本産食品が流通しているとされた今回のケースでは、(1)輸入業者が原産地証明とは異なる商品を輸入した、(2)税関と癒着していた、という2通りの可能性が考えられるという。


どのような手口で通関させたのかという具体的な不正を調査するのがメディアの仕事のはずだが、「危ない食品が出回っている、悪徳企業許すまじ」という煽りだけの報道で終わってしまった。


秘密主義なのに事前に情報が漏れていた


日本産食品の輸入禁止については、福島第一原発事故直後である2011年の規定がいまだに残っているという問題がある。日本政府は規定変更を求めているが、中国側は応じていない。中国人の間でも「PM2.5を始めとする環境問題が深刻な中国よりも、東京の食品が危ないなんてありえない」といった反応が見られる。


それでも規定は規定、日本の大手企業は中国の法的義務を遵守していた。それを一切取材しないで誤報を垂れ流したCCTVの責任は重い。社会に重大な混乱をもたらした誤報であり、刑事責任が問われてしかるべきとの指摘は、中国でも出ている。


本来ならば、CCTVが日本企業に直接取材していれば、誤報は回避できたはずだ。ところが『315晩会』は徹底的な秘密主義で、当日になって叩かれた企業が慌てふためくのを楽しむという構成だけに、メディアとしての基本である当事者への取材を怠ってしまった。


もっとも、秘密主義といいつつも、今回は事前に情報が漏れていたようで、日本産食品を扱うネットショップでは番組放映前に販売を中止したケースが少なくない。『315晩会』は企業にとってはきわめて大きなリスクだけに、中国のコンサルタントの中には事前に情報が入手できる、番組で扱わないよう働きかけることができると吹聴している者もいる。その真偽は定かではないが、取材をおろそかにしてまで保とうとした秘密が漏れていたのは事実である。


また今回の番組は日本企業だけではなく、中国当局に対する取材も不十分だった。今回の報道でCCTVが取材した政府部局は深圳市市場稽査局のみだ。同局は広東省深圳市の市場・品質監督管理委員会旗下の取り締まり部局で、ニセ食品や衛生許可を取得していないレストランの取り締まりなどを任務としている。越境ECの食品販売ならば税関や検疫当局に取材する必要があったはずなのだが。


大変お粗末な作りの番組だったが、素直に信じた中国国民も相当数いるだろう。お粗末さを見抜けた人はごくひと握り、なんとなく不安に感じて購入をやめる人も出るはずだ。越境ECはたんに外国企業を儲けさせるものではなく、中国企業にとっても魅力のある成長産業。こんな誤報で傷をつければ中国にとってもマイナスだ。


中国語に「公信力」という言葉がある。「信頼感を抱かせる力」という意味だ。中国ではマスメディアの公信力が低く、一般市民が噂やデマを信じやすいと指摘されてきた。


こうした状況を改めようと、中国政府はSNSでデマを書き込んだ際の量刑基準を制定したり(デマをSNSに書き込んだ場合には通常は最長15日の行政拘留の処罰となるが、500回以上リツイートされると最長懲役3年の刑事罰が科される。2013年に最高人民法院、最高人民検察院が連名で公布した通達によって基準が定められた)、「ありとあらゆる社会問題について一言居士的に発言する大V(著名認証ブロガー)を信じてはならない。フォロワー数は少なくても専門性が高い中Vを参照しよう」とキャンペーンを張ってみたりと、さまざまな働きかけを続けてきた。また重大事件についてはCCTV、人民日報、新華社という大手官制メディアの報道に準じるよう、たびたび民間メディアに指導している。


今回の一件で、信頼されるメディアの模範となるべきCCTVが、取材のイロハを忘れた粗雑な取材を行っていたことが明らかとなった。中国メディアの「公信力」回復の道はまだまだ先が長そうだ。


[筆者]


高口康太


ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。




高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)


このニュースに関するつぶやき

  • 嘘がばれて今度はメディアに責任転嫁なんですか? 笑止千万だね
    • イイネ!3
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