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「卒対アルバム委員」ひとり反省会

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2017年04月04日 10:34  MAMApicks

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写真写真

長男が保育園を卒園した。
0歳児クラスに4月から預けはじめて丸6年。赤ちゃんだった子が少年に育っているので、本人の見た目の変化は著しいものだ。

かたや、私の6年は……といえば。
ひとりの成人女性が出産によって何をするにも「お母さん」「ママ」と呼ばれ、子どもの添え物になるギャップからスタート。心のケアが追いつかないままに、“小さき生き物”が“ナマイキな小僧”になるまで、ばたばたしていたらあっという間に子が育っていた……という印象だ。

■年長さんになって聞こえはじめる「卒対」というワード
「卒対」=「卒園対策委員」のことらしい。

ある保護者グループから、「卒園アルバムと謝恩会をどうするか」という話が出た。上に子どもがいる面々は、過去の卒園時に作成したアルバムを持参し、みんなで回覧した。保育園からも写真つきの文集が進呈されるが、アルバムは別途保護者が有志で作っているという。ちなみに、その当時中心メンバーだった保護者は、今ここにいない。

フォトブックを使うので値段も数百円。金銭的な負担も少ない。
表紙に全員の顔、中のページには思い出の写真と個人ページ。写真は成長に応じて3枚使われていた。テキスト要素は、名前と誕生日、一言コメント。

きっと、フォトブックに“卒園テンプレート”のようなものが用意されているんだろうなと思い、過去に何冊か作成経験があったので、この担当は引き受けることにした。

謝恩会のスライドショーという話も出てきたが、同じ写真を流用すればいいのでは?ということで、こちらも請け負うことに。

筆者の居住区では、基本的に区立保育園の先生を謝恩会に呼べないということがわかり、謝恩会というよりはお別れ会ということになった。

そのほか、式でお花を渡すタイミング、アルバムの完成締め切りなどが次々決まり、企画や会計、当日の受付、寄せ書きなど、ほぼ全員がどれかの係になった。

■卒園アルバム作りの90%は写真集め
この時点で10月末である。2月末にはアルバムを手元に欲しい。

前回を踏襲することにしたので、同じサービスを使うことにして内容を調べたが、卒園テンプレートのようなものは特にないことがわかった。デザインから誌面レイアウトまで、前回担当の方が画像を作ったということなのだろう。

しかし、こちらもそれは本職である。そうと決まったならば、さっさとデザインを起こすまでだ。

レイアウトと集める写真の枚数は、サンプルにした前年とまったく同じ構成にした。すでに全員が閲覧しており、「こういうものが出来上がる」と認識しているものに沿わせるのが、一番もめないからだ。

……さて、どうやって写真を集めたものか。

●LINE
→全員がグループに入っていないし、オリジナル画質で写真を送る方法を全員が知っているとは限らない。最終的に写真をPCに集約しないといけないのでちょっと不便

●メール
→「メールとかよくわからない」という層が一定数いる

●紙焼き
→大事な写真をいったん預かるリスクと、スキャニングする手間

●フォーム
→スマホからもPCからもできるし便利だが、写真を添付できるオンラインフォームのサービスが皆無

……そこで【卒園アルバム 写真 集め方】というキーワードで検索をかけてみた。

万人にオススメする方法ではないが、無料サーバを借りて、ワードプレスをインストールし、写真添付できるフォームを作成することにした。

メールフォームなので、サーバにデータベースをためるわけではなく、メールで送られてくる。フォームには名前ではなくニックネームを入力してもらうことにした。誕生日を記載する都合上、フルネームと合致するとそれは“ヤバイ個人情報”になるので、なるべく気をつかった。

LINEグループのメンバーには、フォームのURLと専用に作ったGmailアカウントを送り、そのほかの保護者には下駄箱にお手紙を入れさせていただいた。

この「下駄箱やロッカーを使ってのモノの受け渡し」も園によっては禁止事項なので、お迎えの時間が合わない保育園親にはなかなか難しい。

まずフォーム、次にメール、それも厳しいときはLINE、最終的に紙焼き……の順で、必要項目と写真を回収することにした。

締め切りを年末と設定したが、年末時点での回収率は25%であった……。

■なにかと使える“あのフリー素材”
ひとまずサンプルを作ってイメージを持ってもらい、せめて1月中には全員から写真を回収しようと考えた。

行事の写真から子どもたちの描いた絵など、使えそうな素材が出てきた。それをトレースしてモチーフに使うことに。大枠のイメージが固まって、細かいカット素材はなにかと話題の「いらすとや」を利用した。

1月下旬、やっとクラスの90%から写真を集め、本格的な作業に入った。
80%がフォームからの投稿、15%はメールかLINE、5%は紙焼きというのがざっくりした統計である。

これはたまたま、PC慣れしている人の多いクラスだったからできたことだろうなあ、と思う。ネットでは、「デジタルに疎い人が多くて写真集めに難航している」という話も聞こえていたからだ。

アルバムと平行してスライドショーのことを考えねばならなかった。スライドショームービーを作ったことはなかったが、ソフトはさわったことがあるし、まあなんとかいけるっしょ、と“門前の小僧”は軽い気持ちで構えていたのだ。

■頼りになるのは“フォトショ使い”と“Google先生”
さて、写真が集まった。
しかし、それらすべての画質がきれいというわけでもない。解像度の足りない写真がいくつもあった。

筆者は普段から「Photoshop」という画像編集ソフトを使用しているのだが、いくら作業を自動化したところで、個別の色調補正はきびしい……と考えていたところ、ヘルプを申し出てくれる方がおり、幸運にも何人かの保護者で作業することができた。

なお、作業分担にあたり、便利だったのがGoogleドライブである。
フォルダに共有設定をし、すべてオンラインで行った。そのほか、クラス全員にアンケートをとったり、スプレッドシートで作業進捗を共有したり、Gmailを1つ作るだけでこんなに共同作業はラクなのか!と、改めて感心するのだった。

なお、初期設定の15GB、アルバムとスライドショーの素材を入れたが、ギリギリのところで容量は収まった。もし、インターネットに抵抗の少ない方が多いクラスであれば、とりあえずGoogleアカウントを取れば何とかなるのでは、と思う。

■音楽著作権使用料の壁!
フォトブックの発注が終わったところで、スライドショーの作成にうつる。
音は本職の方が保護者にいらっしゃったのでおまかせにし、私はムービー部分を作るのに専念した。

それにしても、卒園スライドショー。
調べれば調べるほど、どう作っていいのかわからなくなってしまった。

動画コンテンツを作るとなると、視聴者の興味がそれないよう、なるべく短いもの……と、仕事ではいつも考えるが、パーティー会場で見るものである。そこは気にしなくていいだろう。最終的には8分に収めることにした。

写真切り替え時の効果も、あまり同じパターンが続くと飽きる。かといって派手な効果は逆に安っぽく見えてしまう。iMovieに入っているものを片っ端から試してみた。

念には念を入れ、家のテレビで大写しにして夫と確認し、ムービーデータを渡して音をつけてもらうことに。

最近、JASRAC関連のニュースをよく聞くので、謝恩会での楽曲利用はどうなのかが気になっていた。お店で流す分には包括契約が適用されるかもしれないが、DVDにして配布するとなると別だという認識があったためだ。

調べてもらったところ、JASRACへの支払いのほかに、原盤を管理しているところへの支払いも発生し、そちらがけっこうな金額になるという。

仕方ないね、とあきらめ、手持ちのフリー音源で対応してもらったのだが、上がってきたのは「さすがプロ!」というものになっており、「餅は餅屋」という言葉を思い出す筆者であった。

■“団結”のラストスパート
2月の、我々保護者間の結束は大変強いものだった。
謝恩会でダンスを披露することになり、公民館を数日予約した。

保護者会では卒園式で歌を歌うことを知らされ、担任から楽譜を配られた。
「何年か前に、保護者の方々が練習してなくて歌えなかったんですが、子どもたちが泣いちゃったことがありまして……」

そんな話を聞かされたら、練習しないわけにいかないだろう。
急遽歌の練習会も追加され、お父さんもお母さんも子どもたちも集まる中、平均年齢40という面々は、学生サークルのようにダンスをしたり歌を歌ったりするのだ。

≪……なにこれ、楽しいな≫

卒園式を終え、謝恩会も無事終了した。
スライドショーにエンドロールを仕込んでいたのだが、子どもにはその部分がうけ、保護者には、赤ちゃんから現在へ顔がフェードで変わっていく演出が好評だったようだ。

「卒対」を引き受けた時には前年比や次年度以降のことをうっすら考えたのだが、“その時のメンツでできる最高”をめざせば、それでいいような気もした。

やりきった安堵感が強いが、4月になると同時にまず学童がスタート。まもなく入学式もやってくる。

これからの6年、どんなことが起こるのだろう……と不安と期待のなか、我々は3/31の最終登園日を終えたのであった。

ワシノ ミカ
1976年東京生まれ、都立北園高校出身。19歳の時にインディーズブランドを立ち上げ、以降フリーのデザイナーに。並行してWEBデザイナーとしてテレビ局等に勤務、2010年に長男を出産後は電子書籍サイトのデザイン業務を経て現在はWEBディレクター職。

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