北朝鮮・シリアの化学兵器コネクション

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2017年04月21日 12:23  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

去る4月4日、シリアのアサド政権が自国民に向けて化学兵器による攻撃を行った。毒ガスの種類は猛毒の神経ガス、サリンとみられる。この毒ガス攻撃では子供31人を含む88人が死亡する大惨事となった。


世界中がアサド政権の蛮行に衝撃を受ける中、そのわずか2日後にさらなる衝撃が走った。アサド政権による化学兵器使用を理由に、米軍が巡航ミサイルによりシリアの空軍基地を爆撃したのである。それも米フロリダ州でのトランプ米大統領と中国の習近平国家主席による首脳会談の最中だった。


米中首脳会談の主要議題の一つは北朝鮮の核ミサイル問題だった。それだけに、今回の米軍によるシリア爆撃の「真意」について、北朝鮮問題に絡めて大いに臆測を呼んだ。トランプ政権がシリア空爆を通じて北朝鮮の金正恩政権を強くけん制する「政治的メッセージ」を送ったという見方が、専門家やメディアの間で大勢を占めている。


【参考記事】米空母「実は北朝鮮に向かっていなかった」判明までの経緯


核・化学兵器の双方を開発


私見では、このような見立ては半分正解、半分間違いだ。確かに、北朝鮮へのけん制ではある。だが「間接的」なけん制ではなく、もっと「直接的」な警告が込められている。


端的に言えば、今回のアサド政権軍による化学兵器使用は、北朝鮮軍の「代理実験」である疑惑が色濃い。そうだとすれば、アサド大統領と金正恩党委員長は非人道的犯罪の「共謀共同正犯」ということになる。


北朝鮮は化学兵器禁止条約(CWC)に加盟していない。現在、未加盟国は北朝鮮に加えイスラエル、エジプト、南スーダンの4カ国だけだ。未加盟であること自体が化学兵器の保有を強く疑わせる。それでも北朝鮮は化学兵器の保有を否定するが、北朝鮮の言い分を信じる専門家はほとんどいない。この点については、脱北者の証言にも事欠かない。これには北朝鮮軍で化学兵器を扱った経験のある筆者のいとこの証言も含まれる。


北朝鮮は現在、約5000トンの化学兵器を保有する。北朝鮮は「東方の核強国」を自称しているが、同時に文句なしの「東方の毒ガス大国」だ。


化学兵器は「貧者の核兵器」とも呼ばれる。貧しい国は核ミサイル開発の技術と資金を持たない。その代わりに、悪魔に魂を売り渡しさえすれば、比較的容易に持てる大量殺りくの手段が化学兵器だ。ところが、北朝鮮は20年以上も前から核兵器開発に成功している。それにもかかわらず「つなぎ役」の化学兵器を廃棄せず、後生大事に今も隠し持つ。金正恩政権は核兵器と化学兵器の大量破壊兵器「二刀流」を使う構えのようだ。


以下では、その北朝鮮とシリアの化学兵器をめぐる「根深い関係」を見る。その際、歴史的経緯をごく簡単に確認した上で、最近2年間ほどの動向に焦点を当てる。


40年にわたる密接な軍事協力関係


北朝鮮とシリアの軍事協力関係を要点だけ記せば次の通りである。


北朝鮮は1966年7月2日にシリアと外交関係を樹立した。その後、73年に第4次中東戦争が勃発するや、北朝鮮はシリアに積極的な軍事的支援を行った。この時には、戦闘機のパイロット30人、戦車兵200人、ミサイル要員300人をシリアに派遣している。北朝鮮とシリアはその後も40年間以上の長きにわたって緊密な軍事協力関係を維持してきた。この点は専門家の間では常識となっている。


例えば、米国防情報局(DIA)の元情報分析官、ブルース・ベクトル氏は、著書『金正日最期の日々』(原題 The Last Days of Kim Jong−il,2013)で、次のような事実を明かしている。北朝鮮が90年代初頭からシリアに化学兵器を販売してきたし、90年代中盤には二つの化学兵器製造施設の設計・建設を支援した。


問題なのは「現状」だ。シリアは13年、CWCに加盟した。そのシリア政府は、化学兵器禁止機関(OPCW)に申告した保有量(約1300トン)を既に全廃したことになっている。これを根拠に、アサド政権は今回の毒ガス使用を「100%でっち上げ」と居直る。だが、欧米やトルコはアサド政権軍の犯行とほぼ断定している。


兵器技術移転、資金洗浄目的の北朝鮮企業


それでは、アサド政権が使った化学兵器の出どころはどこなのか。可能性は三つだ。一つは、03年以降も化学兵器を全廃せずに隠し持っていた。もう一つは、全廃に応じたが、その後に新たな施設を造り、ひそかに製造を続けていた。三つ目はその両方である。結論から言えば、最後の説が正しい。


隠匿説について、OPCWの元責任者は未申告分約700トンが残ると指摘する(4月12日付読売新聞「シリア、現在も化学兵器数百トン...元責任者証言」)。この残存分も本をただせば、北朝鮮が支援した毒ガスだ。化学兵器は経年劣化で徐々に使えなくなるため、恒常的に更新する必要がある。だが、シリアは化学兵器を長期保存する技術と設備を持たないとされる。そうだとすれば、毒ガスを新たに製造し続けるしかない。


アサド政権はその製造施設をどのようにして入手したのか。ここに北朝鮮がシリアの大量破壊兵器開発に現在も深く関与している疑惑が浮かび上がる。この点について、筆者は北朝鮮の最近の特異動向を独自入手した。まだ報道されていない次の3点の北朝鮮企業の動きは疑惑を裏付ける。


1点目は、シリアの「朝鮮鉱業開発貿易会社」(KOMID)の動向だ。同社はその主要幹部の大半が国連の制裁対象となっている。この会社は16年、北朝鮮の兵器代表団を数次にわたってシリアに呼び入れた。目的はミサイル・化学兵器の技術移転および防空システムの構築などを支援することだった。


2点目は、北朝鮮の貿易会社「富盛貿易」(Buson Trade)。同社は過去数年間、米国と欧州連合(EU)の制裁対象であるシリア軍需機関「科学研究調査センター」(SSRC)に対して、スカッドミサイルの関連物資を供給してきた。


3点目は、シリア駐在の北朝鮮銀行「端川商業銀行」の動向。同銀行は、国際社会の監視網を避けて、レバノンやロシアなどを足しげく訪問している。その目的はシリアで稼いだ武器輸出代金を北朝鮮に送金すること。つまり「資金洗浄」である。


以上の諸点から、今般のシリアによる化学兵器使用の背景で、北朝鮮が相当な役割を演じていることは否定できない。


【参考記事】米中会談、アメリカの目的は中国の北朝鮮「裏の支援」断ち切り


毒ガス搭載のミサイル、日本も警戒


さらに、北朝鮮国内でも極めて特異な動向が見つかっている。17年2月24日、韓国の国防部が国会で注目すべき証言をした。金正恩政権が昨秋、連隊級の生物・化学兵器部隊を創設したというのだ。韓国メディアの報道は地味な扱いだったが、事は重大である。


北朝鮮軍では、連隊は3個大隊で編成される。1個大隊が兵員約1000人だから、総員3000人規模に達する大規模な新部隊の創設となる。これまで大砲に詰める毒ガス砲弾は野戦部隊にも配備・保管されてきた。だが、生物・化学兵器の専門部隊創設は初耳だ。毒ガス兵器の運用方式をより迅速化・高度化し、大々的に実戦配備する意図がうかがえる。当然ながら、その運用形態には北朝鮮が2000基近く保有する短・中距離の弾道ミサイル(ノドン、スカッド、改良型スカッド)への搭載も含まれる。


この新たな部隊の創設に続いて、異様な事件が相次いで続いて起きる。17年2月の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏がマレーシアで殺害された事件と4月のシリアでの化学兵器攻撃だ。前者ではVXガス、後者ではサリンが使用された。前者はテロ事件、後者は軍事攻撃という運用方法の違いはあれ、実戦使用された点では同じだ。


実は、上記した生物・化学兵器部隊の創設と前後して、北朝鮮国内で奇妙なうわさが住民の間に流れた。北朝鮮の秘密警察・国家保衛省が、収監中の政治犯のうち精神疾患を病む収監者の家族を訪ねては「親権放棄」の同意書を集めて回ったという。「患者死亡について異議を申し立てない」「遺体の返還を求めない」と誓約する内容だった。関係住民は生物化学兵器の「生体実験」を強く疑った。


だが、筆者は当時、生物・化学兵器の生体実験と秘密警察の所管がうまく結び付かなかったので、半信半疑だった。ところが実際、北朝鮮の秘密警察がマレーシアを舞台に、猛毒のVXガスで正男氏殺害を実行に移したのである。


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今回のアサド政権による化学兵器使用に関しては、20年前のパキスタン核実験を想起する必要がある。


98年、パキスタンは立て続けに6回の核実験を実施した。パキスタンの原爆はウラン濃縮型だ。ところが、最後の6回目の実験は、パキスタンが持たないはずのプルトニウム型だった。つまり、北朝鮮がノドンミサイルをパキスタンに無償で供与する代わりに、パキスタンが北朝鮮に代わって北朝鮮製小型核弾頭の性能を確かめる「代理実験」だった。


代理実験の北朝鮮側の動機と目的は、国際社会の目を欺き、制裁を免れるためだった(これについては本誌16年12月6日付の拙稿「【北朝鮮】第2次朝鮮戦争に突き進む? 北朝鮮─核・ミサイル進展で日本の切り札でなくなる拉致」参照)。


代理実験か共同実験かはともかく、今回のシリアでの化学兵器使用でも、パキスタンの場合と似た構図が当てはまりそうだ。もしそうなら、マレーシアとシリアを舞台に、金正恩政権はVXとサリンという2種類の化学兵器の威力を実戦で試したことになる。


シリアの化学兵器使用の直後から、安倍晋三首相と菅義偉官房長官が毒ガスを搭載した「北朝鮮の弾道ミサイル脅威」に盛んに警鐘を打ち鳴らす。恐らくこれは、上述したように、金正恩政権が化学兵器使用の「禁止線」(レッドライン)を踏み越えた現実を反映したものなのだろう。


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[執筆者]


李英和(リ・ヨンファ)


関西大学教授(北朝鮮社会経済論専攻)


1954年12月22日大阪府生まれの在日朝鮮人三世。大阪府立堺工業高校機械科卒、関西大学経済学部(夜間部)卒業、関西大学大学院博士課程修了(経済学専攻)。関西大学経済学部助手、専任講師、助教授を経て現職。91年4月〜12月、北朝鮮の朝鮮社会科学院に留学。93年にNGO団体「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)を結成、現在、同代表を務める。著書に『暴走国家・北朝鮮の狙い』(PHP研究所、2009年)など多数。


※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。




李英和(関西大学教授)※時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」より転載


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  • 李英和先生は、今でも北鮮に命を狙われているのかしら・・・
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