巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。
第55回 すぐブームに踊らされる悪癖への皮肉
「もしそのような料理(パクチーのみを強調して使用する料理)をご希望される場合は他の店舗様をご利用ください。」by京都のタイ・ラオス料理店
【センテンスの生い立ち】
4月初旬、京都市にあるタイ・ラオス料理店「キンカーオ」の店頭に、「パクチー料理ありません」という貼り紙が掲げられた。「当店ではパクチー(香草)だけのサラダ料理や、パクチーを大量に使用するような流行りもの系の料理は提供しておりません」といった内容。当店の常連であるジロウさんが、ツイッターに「昨今の苦労が偲ばれた」といった感想とともに貼り紙の写真をアップしたところ、たちまち拡散して広く知られることとなった。
【3つの大人ポイント】
- 無節操なパクチーブームをやんわり批判している
- 「パクチー料理」自体を否定しているわけではない
- 客と店の望ましいあり方などを考えさせてくれる
いつごろからでしょうか。もちろんごく一部ですけど、飲食店や商店の「客」が「客」であることを振りかざして、やたら威張ったり無理難題をふっかけたりするようになったのは。そして「店」の側が、「客」にどんなわがままを言われても、頭を下げて逆らわないのが当たり前になったのは。日本における店と客の関係は、昨今とてもいびつになっているように見えます。
先日、京都市のタイ・ラオス料理店「キンカーオ」の店頭に掲げられた貼り紙が、ツイッターで話題になりました。投稿者はジロウ(@jiro6663)さん。「行きつけのタイ料理屋さんにこのような貼り紙が掲示されており、昨今の苦労が偲ばれた。パクチーブームで無茶をいうお客増えたんだろなあ。昔の激辛カレーブームもそうだったけど、日本人ってたまに極端に走るよね」と、貼り紙を張るに至ったお店の事情や気持ちに思いを馳せています。
いちばん上に大きく「パクチー料理ありません」とある貼り紙には、こんなメッセージが書かれています。
当店ではパクチー(香草)だけのサラダ料理や、パクチーを大量に使用するような流行りもの系の料理は提供しておりません。(中略)本来のタイ・ラオス料理ではパクチー(香草)そのものをサラダのようにして食べるという習慣はありませんので当店でも過度なパクチーのみを強調して使用するような料理は提供いたしません。もしそのような料理をご希望される場合は他の店舗様をご利用ください。お客様のご理解ご協力お願いいたします。
ジロウさんの言うように、たしかにお店の苦労が偲ばれます。このところのパクチーブームで、パクチーを大量に食べて「パクチー最高!」みたいな顔をすることが、何となく「オシャレ」で「カッコイイ」とイメージになっている節が無きにしも非ず。グルメを気取った人たちが、そんなことを言いながらパクチーを囲んではしゃいでいる光景を思い浮かべると、人ごとでしかも妄想ながら、恥ずかしくて居たたまれない気持ちになります。
「J‐CASTニュース」のこの記事では、お店に取材して店主にインタビュー。貼り紙に込めた真意を尋ねています。
京都のタイ料理店「パクチー料理ありません」 店主、異様なブームに「嫌気差した」(J−CASTニュース)
記事によると、ここ半年ほどでパクチー料理やパクチー増量を求めるお客さんが増えて、そのたびに提供していないと説明してきたものの「もう答えるのに嫌気が差しました」とのこと。ただ、店主は「パクチー料理」自体を否定しているわけではありません。料理はさまざまな組み合わせや創作の繰り返しで発展してきた歴史があるとした上で、「パクチー料理はあって良いと思います。ですが、タイ料理ではありません。この認識を間違えないでいただきたいです」と話しているとか。
とても納得できる主張です。たとえば、個人的に大好きで和食の伝統を凝縮していると言ってもいい伊勢うどんに、薬味としての青ネギは欠かせません(ほかのうどんやそばもそうですね)。かといって、もし海外からの観光客が青ネギを山盛りにした伊勢うどんを嬉しそうに食べていたら、目を覆いたくなるでしょう。ましてネギサラダ……いや、それはそれでべつにいいか。たとえ話を失敗した気がしますが、昨今のパクチーブームの不自然さや、安易にブームに乗っかるみっともなさを少しでも感じていただけたら幸いです。
この貼り紙で感銘を受けずにいられないのが、「もしそのような料理をご希望される場合は他の店舗様をご利用ください」と明言しているところ。客は店を選ぶ権利がありますが、店だって客を選ぶ権利があります。いや、そんな大げさな意味ではなく、ご要望にお応えできませんというニュアンスだと思いますけど、「来てもらわなくてけっこう」とも取れるセリフを書いているところに、潔さと勇気と覚悟を感じずにはいられません。
もしかしたら、貼り紙を見て、あるいはネットでこういう貼り紙を掲げている店があることを知って、「生意気だ!」「ケシカラン!」と感じる人もいるのでしょうか。いたとしたらとても情けないし、そう思うほうがよっぽど生意気でケシカランと言いたくなります。上のJ-CASTの記事によると、今のところ苦情は来ておらず、「むしろ称賛をいただいてます。タイ料理をご存知の方にとっては、同じ思いだったのではないでしょうか」とのこと。ああ、よかった。世の中、まだまだ捨てたもんじゃありませんね。
そもそも、店の立場を明確に示した貼り紙が、こんなふうにネット上で大きな反響を呼んでニュースにもなってしまうところに、客が威張りすぎている昨今の風潮や、そんな風潮に違和感を覚えている人が多いことが如実に示されていると言えるでしょう。すぐにブームに踊らされる悪い癖があることや、それを苦々しく思っている人が多いことも同様です。この貼り紙は、客と店との望ましいあり方を考えさせてくれたり、ブームに伴うマイナスの部分を浮き彫りにしたりしてくれました。
今回の出来事に学びつつ、いろんなお店やパクチーとの「大人として望ましい付き合い方」をあらためて模索しましょう。初めて入ったお店にせよ行きつけのお店にせよ、立ち食い蕎麦屋さんにせよ高級レストランにせよ、客としての美しい振る舞い方を全力で心がけることが、それぞれのお店の魅力やそこで食べる喜びを満喫する必須条件です。
こういうことを言うと、「なんで客の側が気をつかう必要があるんだ!」といきり立つ人がいるんですよね……。「気をつかう」ことと「下手に出る」ことはまったく違います。なるべく「いい客」であろうとすることで、大人としてのプライドや満足感といった大きな気持ちよさを感じることができるはず。失礼な対応や不手際があったときは、あくまで冷静に不満や抗議を伝えればいいだけです。威張り散らす気持ちよさが「客としての快感」だと思っている方も、よかったら、さらに大きな快感を求めてみてください。
【今週の大人の教訓】
流行りに乗ってよくわからないまま飛びつくのはカッコ悪い
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