トランプのエルサレム訪問に恐れおののくイスラエル

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2017年05月18日 21:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<機密漏洩でイスラエルのスパイを危険にさらした上、来週、パレスチナと帰属を争う聖地エルサレムを訪問するというトランプに、かつて大いなる期待を抱いていた右派も左派も恐怖を感じ始めた>


テルアビブは今、重い空気に包まれている。イスラエルのスパイの命が危険にさらされているかもしれないのだ。


なぜか? ドナルド・トランプ米大統領が先週の水曜、テロ組織ISIS(自称イスラム国)のテロ計画に関する機密情報をロシアの外相らに漏らしたからだ。複数の関係者の話から、それらの情報はイスラエルがアメリカに提供したもので、極めて機密性が高く、第三国の情報機関と共有してはならない内容だった。情報を入手したスパイの身元が割れ、危害が及ぶ恐れがあるからだ。それをトランプは、わざわざ自分のツイッターでまで「大統領には知らせる権利がある」と強弁した。


イスラエル情報機関の元職員は怒っている。情報機関のトップを除けば、トランプが漏らした機密情報を提供した人物が地元の住民なのか、イスラエルから派遣されたスパイなのかは誰も知らない。ただ皆が、そのスパイが無事に潜入先から脱出してほしいと願っている。


オバマ前政権も警告


トランプが国家機密でさえ軽率に扱うことは、イスラエルにとって実は驚きではない。イスラエルの日刊紙イディオト・アハロノトは今年1月、バラク・オバマ米前政権がイスラエルの情報機関に対してトランプ政権と情報を共有し過ぎないよう忠告していたことを報じた。情報がロシア政府に筒抜けになる恐れがあるからだった。イスラエル政府は今になって、その警告に従わなかったことを後悔するはめになった。


【参考記事】大統領最後の日、オバマはパレスチナに2億ドルを贈った


イスラエル政府は表向きは、平静を装っている。イスラエル・カッツ情報相は、「我が国はアメリカの情報機関に全幅の信頼を置いている。イランやISISなどの脅威について、今後も2国間の協力を継続し深化させる」と言った。アビグドル・リーベルマン国防相も、似たような声明を出した。しかしいずれも、トランプには言及しなかった。


2日前までは、イスラエルでは左派であれ右派であれ、トランプが自分たちの救世主になると考えていた。右派は、トランプがイスラエルとパレスチナの「2国家共存」案を破棄するものと信じていた。一方の左派は、トランプがついに和平を実現してくれると期待していた。だが今、そんな希望は打ち砕かれた。


【参考記事】自分が大統領にならなければイスラエルは破壊される──トランプ


右派は先週、和平合意に本腰を入れるかのような言動を繰り返すトランプを見て見ないふりをした。在イスラエルの米大使館をテルアビブからエルサレムに移転するなど、昨年の米大統領選で掲げた強硬な公約を、トランプが実行してくれると信じたかったからだ。


だが、右も左もようやく目が覚めた。サウジアラビアなどアラブ諸国との同盟関係を敵に回してまで、エルサレムのイスラエルへの帰属を認めるつもりは米政府にはない。


トランプの能力で中東和平は無理


和平実現には2国家共存しか選択肢がないのは誰の目にも明らかだが、それは右派(特にユダヤ教右派)が最も恐れる解決策でもある。


左派は左派で、たとえトランプが誠心誠意和平のために尽くしたとしても、彼の能力では複雑なイスラエル・パレスチナ問題を解決に導くことはできないと見限り始めた。いくらアメリカの大統領といっても、公然と弾劾要求の声が上がるほど疑惑が相次ぐトランプでは話にならない。


イスラエル国民は、トランプが今週末からの初外遊でエルサレム旧市街にあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を訪問するつもりだと知り愕然としている。素人外交としか言いようがない。


【参考記事】トランプはどこまでイスラエルに味方するのか:入植地問題


第3次中東戦争以来イスラエルが実効支配しているエルサレム旧市街を訪れるなど、正気の沙汰ではない。かつてどのアメリカ大統領も来たことがない。かつてのパレスチナの中心都市でイスラム教の聖地でもあるエルサレムは、まさに火薬庫だ。


もしイスラエルの案内でエルサレムを訪ねれば、この都市はイスラエルのものと認めると、アラブ世界に向かって宣言するようなもの。


トランプの言葉はあてにならず、最終的に何をするかは予測不可能とあって、イスラエルでは失望が広がっている。かつては期待をもってトランプ政権の動きを追っていた人々も気付き始めた。大統領就任から100日余で、トランプは既に「レームダック(死に体)」かもしれないと。


アメリカで弾劾手続きがどう進むのか、大統領が職務を果たせないときは誰が代わりになるのか、イスラエルで理解する人はほとんどいない。それでも、これほど早々に政治生命が危うくなるような大統領には、右派であれ左派であれ、その最小限の希望さえ叶えられないであろうことはわかる。


トランプ訪問への期待は今、トランプが及ぼす災厄への恐怖に変わっている。


(翻訳:河原里香)


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マーク・シュルマン(歴史家、ヒストリーセントラル・ドットコム編集長)


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  • 当たり前だ。誰が口の軽い男と外交したいと思うんだろうか。
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