プーチンを脅かす満身創痍の男

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2017年05月23日 10:03  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ロシアで近年最大規模の抗議行動を主導しプーチン政権を動揺させる活動家ナワリヌイ。だが大統領選出馬へのハードルは高い>


モスクワ北部、どんよりとした雲に覆われた4月10日のこと。この日、刑期を終えようとしていたロシア反政府運動指導者のアレクセイ・ナワリヌイ(40)のいる刑務所外には、大勢の群衆が詰め掛けていた。彼らの大半が反政府運動家やジャーナリストたち。皆、ナワリヌイの熱い演説が聴けるものと期待していた。


だがその日、演説は行われなかった。ナワリヌイがメディアの前で語るのを妨害しようと、当局が彼を秘密裏に数十キロ離れた別の刑務所に移送し、そこで釈放したのだ。彼はたった1人で地下鉄に乗って帰宅しなければならなかった。


支持者たちにとって今回の当局の姑息なやり方は、ナワリヌイの知名度が全国レベルで急上昇していることの裏返しでもある。そして、2018年の大統領選挙でウラジーミル・プーチンを追い落とす可能性を持つ唯一の人物だと、当局が暗に認めている証拠でもあるという。


プーチンと取り巻きたちが動揺するのには理由がある。3月末、ナワリヌイはここ数年で最大規模の反政府デモを主導し、国内100都市近くで数十万人を動員した。警察は厳しい取り締まりを行い、モスクワだけで1000人以上の活動家を拘束。ナワリヌイも逮捕され、15日間の拘留を言い渡された。


デモ参加者たちは、ドミトリー・メドベージェフ首相が資産家たちから不動産や高級品などの賄賂を受けていたとの訴えに怒りを爆発させた。ナワリヌイがこの問題を告発した動画はYouTubeで1700万回以上再生。欧米からの経済制裁や原油安のため経済停滞に苦しんでいた市民を憤らせた。


【参考記事】大規模デモで始まったプーチン帝国の終わりの始まり


ロシアでは人口の約16%に当たる2300万人ほどが貧困ライン以下で生活しており、モスクワ経済高等学院の最近の報告によると十分な食料や衣服を確保できない層は41%に及ぶ。


ロシア政府はナワリヌイの主張に対してコメントしていないが、議会は調査要請を拒否している。騒動から何週間も沈黙を通した後に、メドベージェフ本人は疑惑を否定。ナワリヌイの名を口にするのさえ避けた。


だがナワリヌイはこれで終わりではない。「メドベージェフを標的にしたことで、ナワリヌイは腐敗に立ち向かう闘士としての評判を全国的に高めることになった」と、モスクワの著名な政治アナリスト、ドミトリー・オレシュキンは言う。


効果は既に表れている。世論調査機関レバダセンターによると、国民の38%がデモを支持し、67%が高官の汚職はプーチン個人に責任があると考えている。さらに注目すべきは、10%が来年の大統領選でナワリヌイに投票するつもりだと答えている点だ。国営メディアでその名が紹介されるのは信用ならない外国の手先と非難されるときだけという一活動家にとって、これは思ってもみない成果だった。


何十年も抗議活動を続けているナワリヌイだが、その名が知られだしたのは11年12月のロシア下院選挙後、不正に抗議する反政府デモが巻き起こったときから。ナワリヌイは後にモスクワ市長選に立候補し、敗れたものの30%近い票を得た。


若者世代がデモの主役に


反政府運動のために、彼は何度も短期の身柄拘束を経験している。13年には横領罪で有罪判決を受けながらも翌日に保釈され、後の抗告審判で執行猶予付きに減刑。14年には弟のオレクが汚職で有罪判決を受けた。


時間は要したがナワリヌイの主張は確実に浸透してきた。3月のデモは、政府にとっても想定外だったようだ。11〜12年のデモはモスクワに限定され、年配の中流層が主な担い手だった。だが今回は各地でデモが巻き起こり、プーチン政権しか知らない若者世代が広く共鳴した。


「大人たちとは違い、私たちは誰もが検閲済みと分かっている国営テレビではなくインターネットから情報を得ている」と、サンクトペテルブルクの18歳の学生エレナは言う。「大人の多くは変化を諦めているが、私たちはいつの日か普通の国で生きるという希望を捨てていない」


ナワリヌイと支持者たちも、同じ希望を抱いてきた。彼らは大統領選出馬を目指し、各地に事務所を開設している。ナワリヌイによれば、3カ月間で2630万ルーブル(約45万ドル)の寄付金が集まり、7万5000人以上がボランティアに応募してくれたという。


【参考記事】ロシアの地下鉄爆破テロに自作自演説が生じる理由


拘束されたナワリヌイを乗せた警察車両を阻む支持者たち Maxim Shemetov-REUTERS


彼の選挙運動は既に、現代ロシアでは前代未聞の様相を呈している。アメリカなどとは異なり、ロシアの立候補者は一般的に、選挙の数カ月前までキャンペーンを始めない。プーチンに至ってはそんな暇などないと公言し、00年に政権に就いてから選挙活動らしきものをほとんど行わずにきた。対立候補と顔を合わせて討論したこともない。


だがナワリヌイが正式な候補者になるためには、途方もない障害を乗り越えなければならない。ナワリヌイは2月に横領罪で執行猶予付き懲役5年の有罪判決を受け、大統領選に出馬できるかどうかが危ぶまれている。5月初めには中部キーロフ州の裁判所が2月の判決を支持するとの決定を下した。


ロシアの法律では、刑事事件で有罪となった者は公職選挙への立候補が禁じられる。ただし憲法には、「収監されている市民は出馬できない」とあるため、ナワリヌイは自分が候補者になる資格はあると主張する。12月にはロシア中央選挙管理委員会が、その立候補の可否を判断するだろう(不都合な人物は立候補を阻止されるのが普通だが)。


地方での選挙運動は歓迎されていない。シベリア西部トムスクでは、ナワリヌイの選挙ボランティアがアパートから出ることができなかった。何者かに自宅ドアを断熱材で塞がれ、車のタイヤも切り裂かれたからだ。


ナワリヌイ自身、ボディーガードを雇ったものの何度か襲撃を受けている。昨年5月にはロシア南部で愛国者集団のコサックと思われる人々に襲われた。今年3月には選挙活動中に緑の液体をスプレーされ、4月下旬にもモスクワで何者かに顔に緑の液体をかけられた。そのため右目は失明の危機にある。


国営メディアの検閲と不正選挙の疑いに加え、こうした妨害を行うことでプーチンは絶対に大統領選に勝つとナワリヌイは言う。それでも彼は政府に圧力をかけるため、選挙運動を続けている。


【参考記事】デモにシリアに内憂外患、プーチン大統領再選に暗雲か


孤立主義と反移民の主張


ナワリヌイ本人は「ロシアのドナルド・トランプ」と言われることが気に入らないが、はっきりと孤立主義と反移民の立場を取る。「われわれは欧米と素晴らしい関係を築くだろう」と彼は最近、支持者に語った。「しかし私の外交政策はロシアから始まる。まずは道路を造り、その後で軍事力について心配する。国民の年金額と最低賃金を引き上げてから、(シリアの)アサド政権を支援する」


ナワリヌイは12年まで、モスクワで毎年行われるナショナリストと極右の示威行動「ロシア行進」の常連だった。13年にはチェチェン人追放を求めるデモを支持し、北カフカスや中央アジア出身者への侮蔑発言もした。


ここ数年は反移民の発言を抑え、リベラル派の大幅な支持を得ている。それでも、ナワリヌイが反プーチンだとしても支持なんてしない、と話す人々もいる。「彼の汚職告発は重要な仕事だが、その政策はナショナリストのポピュリズムに基づく」と、有力なHIV活動家のアーニャ・サランは言う。「彼を支持する人たちは、やけくそでそうしているのだと思う」


たとえやけくそでも、ナワリヌイが多くのロシア人をデモに連れ出せる稀有な政治家なのは確かだ。彼は、6月12日の祝日「ロシアの日」にも全国で抗議行動を起こそうと呼び掛ける。


「ロシア市民がロシアの日にロシア国旗を掲げてデモに出る権利がないなら、あなた方はロシアを自分の財布にすることしか考えていないということだ」と、ナワリヌイは4月中旬にプーチンとメドベージェフに宛てたネット動画で述べた。


翌朝、警察がロシア中の反プーチン派の家に次々踏み込んだ。ナワリヌイの反応は? 「プレッシャーをかけ続けろ」だった。



[2017.5.23号掲載]


マーク・ベネッツ


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