欧米で報道されない「シリア空爆」に、アメリカの思惑が見える

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2017年05月24日 19:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

欧米諸国や日本のメディアが取り上げない軍事攻撃のなかにこそ、「シリア内戦」をめぐる米国の思惑が見え隠れする――ヒムス県南東部のタンフ国境通行所に向け進軍するシリア軍と親政権武装勢力に対して有志連合が5月18日に行った空爆は、そのことを如述に示す出来事だった。


地図:シリア国内の勢力図(2017年5月23日現在)


出所:筆者作成


米国がアサド政権に行った4度の攻撃


米国は、2014年9月に有志連合を率いて、イスラーム国を殲滅するとしてシリア領内での空爆に踏み切った。だが周知の通り、同国は「諸悪の原因」であるはずのバッシャール・アサド政権への軍事攻撃には一貫して消極的だった。このことは、2013年夏の化学兵器使用事件に際して、バラク・オバマ前米政権が空爆を中止したことからも明らかだ。


とはいえ、そうした米国も「アラブの春」がシリアに波及して以降、アサド政権に対する軍事攻撃(ないしは威嚇)を4度敢行している。


1度目は、ハサカ市内の西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)支配地域に対するシリア軍の空爆を抑止するため、2016年8月に有志連合が行ったスクランブル(緊急出動)である。ロジャヴァとアサド政権は、イスラーム国に対する戦いにおいて協力関係にある。だがこの時、両者はハサカ市の支配権をめぐって対立し、事態はシリア軍が人民防衛部隊(YPG、ロジャヴァの武装部隊)拠点を空爆するまでに悪化した。有志連合のスクランブルは、シリア軍の空爆が、YPGを支援するためにハサカ市の北約6キロの地点に進駐していた米軍特殊部隊の拠点近くに及んだことを受けて敢行されたのだ。


米国を巻き込んだロジャヴァとアサド政権の不意の対立は、ロシアの仲裁によって事なきを得た。そして、スクランブルによってYPG支援への強い意志を誇示した米国は、ロシア、トルコ、そしてアサド政権を差し置いて、ラッカ市解放の主導権を握っていった。


2度目の攻撃は、ダイル・ザウル市郊外のサルダ山一帯でイスラーム国と対峙していたシリア軍地上部隊に対する有志連合の2016年9月の「誤爆」だ。シリア領空で航空作戦を実施する米露両軍が、偶発的な衝突を回避するためにホット・ラインを設けていたにもかかわらず生じたこの「誤爆」を、アサド政権は「テロ組織への支援」と非難、2016年2月の米露合意に基づく停戦は失効したと宣言し、反体制派への軍事攻勢を一気に強めた。


【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」


「誤爆」の真偽はともあれ、アサド政権の停戦破棄は、米国が停戦・和平プロセスへの関与を停止する口実ともなり、この問題をめぐるロシアへのさらなる従属を猶予することを可能にした。だが、その結果として、アサド政権がアレッポ市東部地区の攻防戦で勝利を収め、「シリア内戦」における優位を揺るぎないものとしたことは、米国にとって大きな失点だった。


なお、これ以降、シリアでの停戦・和平プロセスは、ロシアとトルコによって主導され、2016年12月末には、シャームの民のヌスラ戦線(現在の組織名はシャーム解放委員会)、シャーム自由人イスラーム運動などを除く反体制武装集団とシリア政府との間で新たな停戦が成立した。ドナルド・トランプ米政権は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を強調する一方、停戦・和平プロセスへの関与を再開しようとはしない。「誤爆」は、こうしたトランプ政権の不関与政策の起点になっているとも言える。


3度目の攻撃は、2017年4月にトランプ政権がヒムス県中部のシャイーラート航空基地に対して行ったミサイル攻撃である。イドリブ県ハーン・シャイフーン市での化学兵器(サリン・ガス)使用疑惑事件に対する「報復」として行われたこの攻撃は、アサド政権に対する米国の軍事攻撃のなかでもっとも大きな注目を浴び、「シリア内戦」だけでなく、国際情勢への影響が推し量られた。


だが、ミサイル攻撃は「シリア内戦」の趨勢に何の変化ももたらさなかった。それは、シリア軍の攻勢を抑止することもなければ、トランプ政権になって米国が支援を打ち切った反体制派を再活性化させることもなく、ましてや米国が「シリア内戦」の主導権を回復することもなかった。メディアでの注目度とは裏腹に、この軍事攻撃は「シリア内戦」のなかでもっとも無意味なものだった。


【参考記事】シリア・ミサイル攻撃:トランプ政権のヴィジョンの欠如が明らかに」


4度目の攻撃(今回)の意味


そして4度目が今回の攻撃だ。米中央軍(CENTCOM)の発表によると、有志連合によるこの空爆は「米国と協力部隊(partner forces)」への脅威を排除することが目的だったという。この「協力部隊」とは、最近になって米国から直接武器供与を受けるようになったYPGではなく、オバマ前政権時代に軍事教練を受けたいわゆる「穏健な反体制派」をさす。


オバマ前政権は2015年半ば以降、アサド政権打倒ではなく、イスラーム国殲滅を主目的とする反体制派をトルコやヨルダンで育成してきた。このうちトルコで教練を受けた反体制派は「第30歩兵師団」の名で編成され、シリア北部に派遣されたが、ほどなくヌスラ戦線に吸収されてしまった。


一方、ヨルダンで教練を受けた反体制派は、米英軍、さらにはヨルダン軍の地上部隊と密に連携することで勢力を増していった。


最初に登場したのは「新シリア軍」を名乗る武装組織だった。2015年11月に結成されたこの組織は、イスラーム国の勢力拡大を受けてダマスカス郊外県に敗走していたダイル・ザウル県の出身者からなるアサーラ・ワ・タンミヤ運動が中核を担い、ヨルダン領内のルクバーン地区にあるシリア人難民キャンプを拠点に活動した。2016年3月、彼らは、ダマスカスとバグダードを結ぶ国際幹線道路上のタンフ国境通行所をイスラーム国から奪取し、米英両軍は同地を拠点化し、シリア南部でのイスラーム国に対する掃討戦を準備した。


だが「誠実なムジャーヒディーン」との共闘を標榜していた新シリア軍は、アサド政権との戦いで劣勢を強いられるようになったヌスラ戦線やシャーム自由人イスラーム運動との連携の是非をめぐって内部対立をきたし、イスラーム過激派に共鳴するアサーラ・ワ・タンミヤ運動が「方針の違い」を理由に8月に離反したことで衰退した。


2017年に入ると、今度は「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室という名の連合組織が出現した。この組織には、アサーラ・ワ・タンミヤ戦線の系譜を汲む東部獅子軍のほか、アフマド・アブドゥー軍団、カルヤタイン殉教者旅団、革命特殊任務軍、部族自由人軍が参加した。「ハマード」とは、シリア南部、ヨルダン東部、イラク西部にまたがる砂漠地帯の呼称である。


「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室は3月、シリア政府とイスラーム国に挟撃されていたダマスカス郊外県東カラムーン地方の反体制派を解囲するとして、ダマスカス郊外県東部、ヒムス県南東部、スワイダー県北東部に拡がる砂漠地帯に進攻し、イスラーム国を放逐した。そして5月に入ると、革命特殊任務軍が、ダイル・ザウル県南東部のユーフラテス川河畔に位置する国境の町ブーカマール市からイスラーム国を掃討すると主張し、米英ヨルダン軍地上部隊とともにタンフ国境通行所からシリア政府支配地域に向け北進を始めた。


アサド政権はこの動きを容認しなかった。同政権は、シリア領内での米英ヨルダン軍の活動に警戒感を露わにするだけでなく、「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室が掌握するはずだった旧イスラーム国支配地域の多くの地域を手中に収めていった。また、5月中旬になると、シリア軍、共和国護衛隊、ヒズブッラーの武装部隊、イランの支援を受けた民兵を増派し、タンフ国境通行所の北約55キロの地点に位置するザルカ地区(ヒムス県)、南西約130キロの地点に位置する丘陵地ズィラフ・ダム地区(ダマスカス郊外県)を制圧し、これが今回の有志連合の空爆の引き金となったのである。


CENTCOMはこの空爆が「親体制部隊」(pro-regime forces)の車列に対する威嚇行為だったと発表した。だが、シリア軍は砂漠地帯の拠点が標的となり、多数の兵士が死傷したと反論、シリア人権監視団も「非シリア国籍の外国人」8人が死亡したと発表した。


新たな段階に入った「テロとの戦い」


4度目となる有志連合の軍事攻撃は、米国の支援を受けたYPGが主導するシリア民主軍によるラッカ市解放が現実を帯びるなか、シリア国内でのイスラーム国に対する「テロとの戦い」が新たな段階に入ったことを示している。


この段階とは、イラク領内のイスラーム国の牙城であるアンバール県に接するダイル・ザウル県の領有権をめぐるアサド政権と米国の妥協なき争奪戦である。2015年11月以降、イスラーム国の包囲に曝されているダイル・ザウル市の解囲と油田地帯を擁する同市周辺地域の奪還は、アレッポ市解放に次ぐアサド政権の悲願だ。一方、ダイル・ザウル県での「テロとの戦い」の主導権を握ることは、ラッカ市解放後の米国が対シリア干渉政策を正当化し、イスラーム国を壊滅に追い込んだ「最強の勝者」であることをアピールするうえで不可欠である。


折しも、「アスタナ会議」として知られる停戦・和平プロセスにおいては、ロシア、トルコ、イランを保障国とするかたちで5月6日に「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」が発効した。これにより、シリア国内の停戦は、これら3カ国、なかでもロシアが事実上独断的に監視するところとなり、反体制派の活動は、ヌスラ戦線やシャーム自由人イスラーム運動と共闘しようとしまいと、これまで以上に大きな制約を受けることになった。


こうしたなか、アサド政権との衝突を伴うかたちでしか「テロとの戦い」を継続できない米国および有志連合にとって、「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」が定める停戦枠組みと一線を画することが得策だということは言うまでもない。


「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室は5月22日、「自由シリア軍砂漠諸派」の名で声明(第1号声明)を出し、シリア政府の支配下に組み込まれたタンフ国境通行所北西部および南西部の奪還を目的とする「砂漠の火山の戦い」作戦を開始したと発表、イスラーム国ではなくアサド政権との対決姿勢を鮮明化させた。停戦・和平プロセスへのトランプ政権の不関与政策の真の思惑を邪推するなら、それは自らが庇護する反体制派を停戦枠組みの外にとどめ置き、アサド政権と衝突させることで、イスラーム国に対する「テロとの戦い」の主導権を維持することになるのかもしれない。



青山弘之(東京外国語大学教授)


このニュースに関するつぶやき

  • まあ、欧米メディアなんてユダ金に牛耳られてるんだからさもありなん。当然彼らにとっては、イスラムやアサド、最近ではエルドアンとかが悪でユダヤやキリスト(白人文明)が正義でなければならないからね(-.-;)y-~~~欧米で報道されない「シリア空爆」に、アメリカの思惑が見える
    • イイネ!15
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