イランはトランプが言うほど敵ではない

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2017年05月26日 19:53  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<イラン大統領選で穏健派のロウハニが圧勝した。イラン国民が欧米との和解に票を託した証拠だ>


イランはオランダとフランスに続き、今年穏健派が勝利した世界で3番目の国になった。19日のイラン大統領選で、ドナルド・トランプ米大統領に代表されるポピュリズムやイスラム原理主義のような過激な政治思想を拒んだのだ。


穏健派のハサン・ロウハニ大統領が地滑り的勝利で再選を果たしたことから明らかなように、ヨーロッパとイランの有権者には相違点より共通点の方が多い。どちらの有権者も選択肢には恵まれず、絵空事の選挙公約や庶民の生活には見向きもしない政治エリートに嫌気がさしていたが、だからといって自暴自棄な投票行動には出なかった。


昨年イギリスのEU離脱を決めた国民投票やドナルド・トランプを選んでしまった米大統領選は、有権者に大きな悔いを残した。既成政治家に対する怒りの意思表示として対立候補に票を投じたり、投票を棄権したりすれば、このような結果も招きかねない。極右を退け中道を選んだオランダやフランスはその教訓を生かした。イランの有権者も、同じ過ちを繰り返さないことを選んだ。


【参考記事】歴史的転換点かもしれないイラン大統領選挙


だがトランプがイランについて話すのをを聞く限り、そんな実態はまるで伝わってこない。トランプは先週、初の外遊先に選んだサウジアラビアで、イランは地球上で最も悪意に満ちた脅威だと名指しで非難した。アルカイダやISIS(自称イスラム国)のイデオロギーがサウジアラビアで生まれたことを、トランプのスピーチライターは知らなかったのだろうか。


【参考記事】トランプがイラン核合意を反故にしたら中東では何が起こるか


予測不能のイラン政治


今のところ、イラン政府はトランプのイラン敵視政策を静観している。ロウハニは再選後初の記者会見で、米政権の内情が「落ち着く」まで、イランは対応を待つと述べた。その発言から、アメリカに今より穏健なイラン政策を形成してほしいというロウハニの期待が読み取れる。


イラン大統領選は、この国の政治が今も昔も「予測不能」の一言に尽きると改めて証明した。アメリカの外交筋も常々欲求不満を感じているところだが、イランの外交専門家の予測は手相占いと同じくらい当てにならない。当初はロウハニが再選し2期目(任期4年)を務めるのは楽勝というのが専門家の見方だった。


【参考記事】オバマ政権が期待したイランの穏健化は幻想だ


そこへ大統領選への立候補を表明し、ロウハニの再選に黄色信号をともらせたのが、最高指導者アリ・ハメネイ師の有力後継候補と目される聖職者のイブラヒム・ライシ前検事総長と、上品な物腰で人気のテヘラン市長、モハンマド・バーゲル・ガリバフ市長だった。両者とも保守強硬派で、3回のテレビ討論会では、一般市民にとって経済が改善していないというロウハニの明らかな弱点を突いた。


選挙戦終盤にはガリバフが撤退を表明し、保守強硬派の票をライシに一本化するよう訴えた。その結果、独走状態だったロウハニに逆風が吹き始めた、と思われた。



ロウハニの苦戦を予測した分析には、そもそも多くの問題点があった。第1に、ガリバフの撤退がライシに有利に働くという見方は誤りだった。むしろガリバフが撤退しない方が、ロウハニには不利だった。第1回投票で誰も過半数の票を獲得できなければ、上位2人による翌週の決選投票にもつれる可能性が高かったからだ。


2005年の大統領選もそうだったが、決選投票になるとイランの有権者は現職より挑戦者に投票する傾向がある。候補者が2人に絞られる結果、残りの選挙期間に現職の弱みが際立ってしまい、挑戦者に有利に働くからだ。イラン人は他人の弱みを大目に見るような国民性ではないから尚更、現職に厳しくなる。


ライシがハメネイの最有力後継候補だとか、大統領選への立候補は出世への地ならしだろうという憶測も、ハメネイの意図を読み違えている。知名度の低い聖職者でも、大統領になればイランの最高指導者になる可能性が広がる。それは確かだ。しかし同時に、大統領選で不名誉な惨敗を喫すれば、最高指導者に上り詰めるチャンスが永遠に閉ざされかねない。ハメネイが彼の出馬を許したのはまさに、ライシを蹴落とすためだったかもしれない。裏の裏をかくイラン政治のことだから、ありえない話ではない。


若者から敬遠される強硬派


ハメネイも側近も愚かではない。ハメネイは最高指導者就任以来、ほとんどの大統領選で特定の候補者を支持してきたとされるが、マフムード・アフマディネジャド前大統領が勝利した2005年の大統領選を除き、彼が支持した候補はことごとく敗北した。


ハメネイには、自分の保守的な政治的立場が一般市民から古臭いと敬遠されていることを自覚している。特に大都市圏で、しかも30歳以下の若者の60%がそう受け止めている。ハメネイはイランが欧米の投資に依存したりアメリカに接近することには反対の立場だが、だからといって欧米による経済制裁で経済活動を失速させたアフマディネジャド前政権のときのような事態に後戻りするのは、自分の評価のためにも得策でないと分かっている。


ロウハニ2期目の4年間、イランはどうなるのか。ハメネイは、保守強硬派を使って引き続きロウハニの政策を妨害し続けるだろう。ロウハニや改革派が調子に乗らないよう釘も刺すだろう。反面、ハメネイはイラン経済の改善に結ぶつくイニシアチブを了承し、若い世代にも目を向け、経済状況の改善がもたらす社会的な旨みを人々が享受できるようにするはずだ。


イランの人権侵害は一夜にして解決しないし、首都テヘラン北西のエビン刑務所や自宅軟禁下にある政治犯が突然解放されることもない。政治的な自由をもっと認め、社会的制約を取り除き、表現の自由を保障してほしいと切望した若者に対して、ロウハニは改善を約束した。だが民主化改革は大統領の一存ではできず、いつも専門家会議の合意という壁にぶつかってきた。ロウハニは国民の自由拡大に理解を示し、ダンスの動画を投稿した程度の行為で逮捕しないよう訴え、実際に司法当局を批判したこともある。だが、今後も保守強硬派の抵抗は避けられないだろう。


ロウハニは再選により、1期目に当選した2013年より強い求心力を手にした。彼は保守派として政界入りした後に穏健派へと転じ、核開発をめぐる欧米との対立を見事な外交手腕でくぐりぬけ、さらに大統領選終盤の2週間で一気にリベラルな改革者へと変身した。ロウハニはイラン核合意の維持に腐心して民主化改革を棚上げした1期目と違い、今後は不公平な制度の是正に本腰を入れられる。


ただし彼1人でやるのではない。ロウハニに批判的なイラン国内の保守強硬派以外で、彼の政策実行力に最も大きな影響を与える勢力といえば、もちろんアメリカだ。


トランプの大統領就任から4カ月以上経ったが、いまだに具体的な対イラン政策は見えない。レックス・ティラーソン米国務長官は、アメリカの国益になるか否かを見極めるために核合意を「見直す」可能性に言及した。イラン政府は見直すこと自体がアメリカによる合意違反に他ならないと反発している。


トランプが外遊先のサウジアラビアやエルサレムで各国首脳からどれほどイランの悪口を聞かされたにせよ、イランの協力なしに中東地域で和平やテロの撲滅は不可能だ。アメリカが有効な外交政策を打ち出すには、数千万人のイランの有権者の選択は無視できない。


イラン国民が選んだのは、欧米との対立でも戦争でもない。歩み寄りや平和的共存を求め、開かれた国になるために票を託したのだ。アメリカがどんな対イラン政策や中東政策を打ち出すにしても、確実なのは、イラン国民が自国を大事に思い、自分たちの声が政治に反映されることを望み、ロウハニが世界との関係を深めることを歓迎していくだろうということ。


そんなイランに対して、アメリカはいつまで喧嘩腰を続けるのか。


(翻訳:河原里香)


From Foreign Policy Magazine




フーマン・マジド


このニュースに関するつぶやき

  • イランの弾道ミサイル技術と北朝鮮は近いんです。保守強硬化して、アメリカと対立されると、それこそ北朝鮮の核技術に拍車が掛かるし、ホルムズ海峡の悪夢です。これは日本に取って死活問題。ロウハニは経済面で批判されてる。日本は【暗に】経済協力を強めるべきです。
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