バカリズム主演『架空OL日記』の狂気 「日常系ドラマ」が誘う倒錯の世界

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2017年05月28日 14:03  リアルサウンド

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 バカリズムこと升野英知が原作・脚本・主演を務める『架空OL日記』(日本テレビ)は、わかりやすい事件や新たな展開もなく、単純に粛々とOLの日常を描いたドラマで、一見すると地味な内容である。ただ一点、“升野秀知がOL役”という点を除けば。


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 本作は、升野がコンビを解散しピン芸人として活動を開始した2006年から3年間『架空升野日記』と題して、アメブロ上でOLになりすまし更新していたブログを書籍化したものが原作である。升野はTwitterで「暇だったからやっていた」と語っていたが、3年もの間、親しい友人にさえ秘密にして更新を続けていたというのだから驚きだ。銀行に勤める「私」が、仕事の愚痴や同僚との日常を何の変哲もなく綴ったもので、架空とは思えないほどリアルに書き込まれているのが印象的である。前置きなしに読めば、どこにでもいるOLの一般的なブログである。


 ドラマ開始直前、本人はTwitterで自ら主演を務めることについて「女装がやりたかったんじゃなくて、あの狂気を表現するには自分がやるしか方法がなかったんです」と呟いている。映画やドラマなどの脚本としてではなく、“升野がOLになりすまして書いていた”ことが前提としてあるため、自ら演じるのは必然だったのだろう。ドラマの主題は“OLの日常”ではなく“なりすましの狂気”なのだ。


 夏帆や臼田あさ美に混ざり、升野が仕事終わりにデパートで買い物している姿は、普通に見れば滑稽である。しかし、あまりにも自然に振る舞う升野らを見ているうちに、疑問を感じるこちらの方がおかしいのではないかと考えてしまう。バカリズムの代表ネタである、細長い新潟県を縦笛に見立てるなど、各県の形から着想を得た「都道府県持つとしたらココ」や、トイレの男女マークを漢字(本と巾)で代用するなど、定番的なものを数字や文字で置き換える「もしもの時の代用品」には、本作と通ずる部分がある。誰しもが思いつきはするが、絶対に実行しないようなふざけた事を、大真面目にとても高いクオリティでやりきるシュールさが彼の魅力だ。言うなれば“真面目に不真面目”というべき升野の作家性が、このドラマでもいかんなく発揮されている。


 第1話、ジェラート・ピケの寝間着を着た升野の姿から物語が始まる。出オチでしかないこの冒頭、筆を進めている今、改めて思い出しても混乱してしまうほど奇妙である。しかし、そんな視聴者を置き去りに、当たり前のようにヘアバンドで髪をあげ洗顔、朝食、メイクを済ませ出勤。会社の最寄り駅で夏帆演じる同期のマキちゃんと合流する。そこでの会話も気温が下がってきただとか上司の愚痴だとか、なんの変哲のないものばかりで「えっ、えっ?」と呆気にとられていたら、そのまま1話が終わってしまった。


 現在6話まで放送されたが、銀行強盗や上司との不倫といった派手な展開はまったくなく、ありふれたOLの日常がずっと続いている。こうした作風自体は、いわゆる「日常系」といわれる美少女アニメなどにも通じるものだろう。筆者自身、ここまできてようやくこの世界観に慣れてきたところだ。しかし、日本のお笑いには“フリとオチ”が存在する。主演が芸人である以上、心のどこかでオチとして「お前、男だろ!」と、誰かがツッコミを入れることを期待してしまう。ましてや目の前に女装というわかりやすいボケがぶら下がっていたらなおさらである。だが、そんなことをしてはこのドラマの根本が崩れてしまう。なぜなら、3年間OLになりすましていたという“升野秀知の狂気”を描くことこそが、本作の主題であり、「日常系ドラマ」というフィルターを通してはじめて、それは浮き彫りになるからだ。描かれる日常が平坦なものであるほど、升野の狂気は際立つのである。そして、その世界に完全に慣れてしまったとき、我々視聴者もまた倒錯した世界にいるのだろう。(馬場翔大)


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