「〆切を守れない」は“病”なのか

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2017年06月10日 10:09  mixiニュース

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先日「人はなぜ〆切を守ることができないのか」と題してある雑誌編集長の言い訳を記事にしたが、そのインタビューの最後に、mixiニュースの担当編集者がこうつぶやいた。

「我々は“〆切を守れない病気”なんだと思います」

最初はそんな病気などあるはずがないと思ったけれど、ADHDなどの発達障害について調べているうちに自信がなくなってきた。

発達障害とは、「注意力に欠け、落ち着きがなく、時に衝動的な行動をとる『注意欠陥・多動性障害(ADHD)、対人スキルや社会性などに問題のある『自閉症』や『アスペルガー症候群』などを含む『広汎性発達障害(PDD)』、ある特定の能力(読む、書く、計算など)の習得に難のある『学習障害』などの総称』(『発達障害に気づかない大人たち』星野仁彦・著/祥伝社新書)である(※注)。これらは生まれつき、または乳幼児期に何らかの理由で脳の発達が滞ることによって起こるとされている。

興味深いのはその特性として挙げられている例だ。「仕事がどんどんたまっていく」「没頭しすぎて効率が悪い」「必ず遅刻してしまう」(いずれも『「大人の発達障害」をうまく生きる、うまく活かす』田中康雄、笹森理絵/小学館新書)……これらはまさに、〆切を守れない人たちの特徴ではないか。

はたして、〆切破りの常習者たちは、みんな発達障害を抱えているのか。精神障害についての情報発信や普及啓発に努めるNPO法人・ぷるすあるは所属の臨床心理士・緒方広海氏に話を聞いた。

「発達障害」と「苦手」の境はどこにあるのか


――先日、出版業界の〆切を守れない人の話を記事にしたんですが、結論として、これは病気や障害の類じゃないかという話になったんです。

「はい。興味深く読ませていただきました」

――最近、「大人の発達障害」という言葉も聞きますが、いまいちわからないのが、スケジュール管理が苦手な性格の人と、発達障害の人の違いです。

「『〆切を守れないこと』には、いろいろな事情がありますよね。急に病気になってしまったとか、仕事を詰めすぎてしまったとか。そういった状況を引き起こす要因が外的な環境によるものなのか、性格なのか、あるいは発達障害なのかを区別するのはなかなか難しいんです。このチェックシートを見たことはありますか?」

参考:「成人期のADHDの自己記入式症状チェックリスト(ASRS-v1.1)」(日本イーライリリー株式会社の疾患啓発サイトより)

――はい。やってみたら、4項目にチェックがつきました。

「これは成人版のADHDチェックリストで、4項目以上チェックがつくと、ADHDの疑いがあるといわれています。ただ、この5段階の選択肢を見ていただくとわかるとおり、『全くない/めったにない/時々/頻繁/非常に頻繁』と、要は程度の問題で分かれているんです。世の中にはいろんな人がいて、約束を守れなかったり、忘れ物をしてしまったり、〆切を守れなかったりする。こういうことは、多かれ少なかれ誰にでもあります」

――その程度が極端であれば、「忘れっぽい性格」「約束を守れない性格」ではなく、発達障害と認定される?

「というよりも、そのことによるミスがあまりにも頻繁で、特別な支援や治療を受けないと日常生活に支障をきたす場合にのみ、『発達障害』という名前をつけて治療やサポートを行いましょうというのが基本的な考え方です。だから明確に線を引くことが難しく、どの程度生活に困っているかによって治療やカウンセリングの必要性が変わります」

――環境によっても病気かどうかが分かれるんですか?

「そもそも、『障害』とは病気ではなく、その人が持つ特性によってうまく社会にコミットできないときにサポートするための名前です。環境に適応できている場合は無理に診断を受ける必要がありませんし、逆に困っている場合は診断名をもらうことで、まわりに支援してもらうことができます」


職が変われば、診断も変わる?


――たとえば〆切に遅れてしまうとき、発達障害の方とそうでない方は同じような原因で間に合わなくなるんでしょうか。

「一般的には、〆切を守らなかったとしてもそこまで困らないだろうという判断の結果として〆切を破るわけですよね。でも、ADHDの方の多くは、わざとではなく、本当にうっかり忘れているんです。この日が〆切だと覚えていなかったり、思い出せなかったり」

――なるほど。ただ、前回の記事の編集長にせよ私にせよ、わざと〆切を破っているわけではなく、結果的に遅れてしまうんです。こういう場合は、発達障害と診断されてしまうんですか?

「おそらく出版業界の場合は、〆切を守らなかったとしても、そのあとで巻き返せばどうにかなる部分が大きいのだと思います。それが常態化しているから、ギリギリのところで帳尻を合わせることが習慣になり、最初の〆切はあまり気にせずに仕事を回しているんじゃないでしょうか。それに、いろいろなお仕事を請けていらっしゃるので、これは優先順位が高いとか、こっちは多少遅れても大丈夫だとか、自分のなかである程度のスケジュール管理はしているでしょう?」

――はい。優先順位をつけ間違えることはありますが、ある程度はそうですね。

「ADHDの方の多くは、優先順位をつけることができません。すべてを同時並行でやろうとしてパンクしてしまったり、優先順位の高い仕事からやろうとしても、その仕事に集中しすぎてあとに第2第3の仕事があることを忘れてしまったりする。あるいは、いちど集中が途切れてしまうと、注意が別のことに向かってしまう。一般的に不注意といわれるので集中できない人たちだと思われがちですが、『過集中』といって物事にのめり込む傾向も強いです」

――うーん、そういう傾向は、自分にもあるといえばあるような……。

「そうした特性に加えて、診断の際には日常生活に支障が出ているか、つまり、本当に職を失ってしまうほどスケジュール管理ができていないのかといった点が着目されます。今のお仕事が10年以上も続いているのであれば、発達障害とは診断されないと思いますよ」

――そうすると、私よりスケジュール管理が得意な方であっても、時間に厳しい業界で働いていれば仕事に支障をきたし、発達障害と診断される可能性が高まりませんか?

「そういうこともありえますし、逆のケースもあります。私がこれまで相談に乗ってきた発達障害の方のなかには、転職してうまくいった方がたくさんいます。ADHDの場合は、多動性や衝動性、不注意といった点が診断基準になるんですが、いろんな刺激に飛びつきやすいという特性は短所になることもあれば、面白そうなものにどんどん食いついていくという長所にもなります。新聞記者やライター、編集者などの職種にはそういう特性も必要でしょうから、メディア業界には比較的ADHDの特性を持っている方が集まりやすいんでしょうね」


〆切を守れるようになる薬はあるのか

――それぞれの特性に長短があるとすると、それはもう個性みたいなものですよね。そうすると、発達障害を治すというのは、人格を改造するようなものなのでは?

「発達障害は治すというよりも、障害を抱えたままで日常生活をうまく送るための工夫をするというふうにアプローチします。ADHDの場合、どうしても仕事や日常生活で困っている場合には不注意や衝動性をコントロールする薬を処方して多動傾向を軽減するという医療的な方法もありますが、大半は生活改善のようなものなので、治療という言葉は使いません」

――不注意に効く薬があるんですか?

「薬との相性にもよりますが、ADHDの方が服薬することにより、忘れ物が減ったり約束を守れるようになったりしたケースはあります。ある方は、『いつもは頭のなかでいろんなことを思いついていたけれど、薬をのんでからひとつのことしか考えられなくなった』と表現されていました。それは集中できるようになったということでもありますが、逆にいうと、いろんなアイデアは浮かばなくなったということです。それに、薬で一時的に抑えたとしても、発達障害のもとになっている特性自体が変わるわけではないんです」

――特性というのは、たとえばタスクを管理したり時間までに終わらせたりといった個々の能力のことですか?

「そうです。視力でたとえると理解しやすいかもしれませんね。私は視力が0.01くらいしかないので、裸眼ではぼんやりとしか見えません。そういう意味ではとても不便なんですが、眼鏡があるおかげで視力に問題のない方と同じような生活ができています。発達障害の方も苦手な部分やうまくこなせない部分はありますが、仕事や生活の方法を工夫したり、まわりのサポートを受けたりすることによって、あまり困難を感じずに日常生活を送れるんです」

――発達障害の場合の“工夫”というのは、たとえばどんなことでしょう?

「それこそ薬もそうですし、苦手なことを周囲の方に手伝ってもらうことも工夫です。ADHDやPDDの方は自分自身を客観的に見る能力が弱いので、自分にとってどれくらいが適度なペースなのかを判断しにくいんですね。一般の方だとスケジュール管理や段取りなどのノウハウ本を読んで方法を学ぶこともできますが、発達障害の方はそもそも自分のことがわからないので、土台がない状態です。だからまずは、まわりの方と一緒に自分ができないことを明確にして、特性にあわせたスケジュール管理法を見つけないといけないんです」

――自分の特性に合った方法を探るというのは、発達障害に限らず、スケジュール管理が苦手な方全般にいえそうですね。そういう人が〆切を守るためのコツを挙げるとしたら?

自分だけでなんとかしようとせず、他人を頼ることですね。忙しい社長には、必ず秘書がついているじゃないですか。スケジューリングが苦手であれば、その部分は誰かに任せるというのも手です。もうひとつ、いくら〆切が守れないといっても、すべての仕事が遅れるわけではありませんよね。ちゃんと守れたこともあるはずなので、なぜそのときは間に合ったのかを分析して、自分に合った仕事の進め方を考えるといいと思います」

(※注)
現在では米国精神医学会による『DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)』によって、それぞれ「注意欠如・多動症/注意欠如・多動障害」「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害」「限局性学習症/限局性学習障害」と名称変更されている

●識者プロフィール
「子ども情報ステーション by ぷるすあるは」
緒方広海氏が所属するNPO法人・ぷるすあるはのウェブサイト。精神障がいや心の不調、発達障害をかかえた親と子どもへの情報提供を行っている

●文・構成/宇原こじれ

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