【今週はこれを読め! エンタメ編】女子高生がつくる"ファミリー"〜松浦理英子『最愛の子ども』

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2017年06月14日 18:54  BOOK STAND

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『最愛の子ども』松浦 理英子 文藝春秋
世間一般の認識として「男はバカだ」とよく言われがちだが、基本的には女もバカである。私がこれまでの人生において観察してきた限り、男は中学生あたりがいちばん愚かしいが、女は高校生の頃に最も思慮が足りなくなると思う(もちろん個人差はある)。高校時代友だちの会話で最も印象的だったもののひとつは、「お妾さんになるのと若いつばめを囲うのではどちらがよいか」(←意味がわからない若い人々のために翻訳すると「愛人になって養ってもらうのと若いヒモに貢ぐのではどちらがよいか」)から始まった。その場にいた5〜6人のうちのほとんど(私を含め)は「お妾さんになる方が楽でよさそう」と答えたのに対し、年下好きの1人だけは「自分が苦労してでも好きなタイプの若いつばめを選びたい」と反対した。そんな中最も優秀だったIちゃんの発したひと言「お妾さんになって、同時に若いつばめを囲えばいい」に、我々は稲妻に打たれたかのような衝撃を受け、議論はそこで終了したのだった。

 思い出といっても心温まるわけでもなんでもない話だが、女子高校生がいかに短慮であるかということを示す一助になればと思い披露させていただいた。圧倒的な経験不足(男女交際の経験もないのに)を機転でカバーできると思う短絡ぶり(妾として得る手当で他の男を養うことなど可能なのか?)と同年代が示す才気煥発さへの尊敬の念(Iちゃんの提示した解決策は震えが来るほど素晴らしいものに思われた)は、いつの時代にも少女たちが持ち合わせているものではないだろうか。

 本書の舞台は私立玉藻学園高校部2年4組(女子クラス)。主要人物は舞原日夏・今里真汐・薬井空穂の3人で、彼らは同級生たちから〈わたしたちのファミリー〉と見なされている。すなわち、日夏が「パパ」、真汐が「ママ」、空穂が「王子様」。玉藻学園の生徒というのは中等部から通う者がほとんどだが、空穂は高等部から入学した若干名のうちの1人。もともとある事件をきっかけに〈夫婦〉と呼ばれるほど仲がよくなった日夏と真汐の前に遅れて現れたのが空穂。〈夫婦〉の「最愛の子ども」だ。彼女たちを取り巻く同級生たちや保護者たちや男子クラスのメンバーが絡み、女子高生というものの内面を浮き彫りにしていく。同性しかいない集団において、異性としての役割をふられる者が出てくることはよくある現象かと思う。日夏は「天から授けられたもの多過ぎ」と称されるくらいの人材であるゆえ、いかにも女子からの人気を集めるタイプだっただろう。そして、クールで繊細な真汐と、あどけなくかわいげのある空穂(なぜか女子なのに「王子様」だが)。役者は揃った。しかし、理想的と思われた彼らの関係にも少しずつほころびが生じ始め...。

 私は高校時代には概ね気楽に過ごし、今となってはその頃の気持ちを自力ではよく思い出せないが、本書を読んで自分が考えたり感じたりしていたことがあまりにも如実に描き出されているので驚きを禁じ得なかった。本書の女子たちは私などよりはるかに優雅で聡明かつ育ちもいいことが予想されるが、女という性で生きることの窮屈さはどんな境遇であっても共通するところが大きいのではないかと感じる。本書の大いなる魅力として、ファミリーの3人以外の登場人物たちも"キャラが立っている"ことを挙げたい。ファミリーの同級生たち(純粋で友だち思いで、それでいて時に皮肉な少女たちよ!)や保護者たちの気持ちにこそ共感しつつ読んだ部分もあった。彼女たちは中学高校での関係性が永続的ではないという意識をすでに持ち合わせているようで感心する(その感覚が欠けている人間にとって、学校生活はつらいものになりやすい)。また、美織の両親を配したことは大きかった。子どもたちに理解があり、それでいて自分たちのスタイルも大切にする大人たち(個人的には、ここまでラブラブな気配を醸し出すカップルには気恥ずかしさを覚えそうだが)。ファミリーの3人の保護者たちも、こんな親だったらよかったのかも。

 「ジェンダー」という言葉を初めて知ったとき、最初に連想したのが松浦理英子氏のことだった。一貫して女性の性というものを描いてこられた作家だというイメージがあるが、文藝春秋サイト内の「本の話WEB」に掲載されているインタビュー記事によると、近年は「性器中心主義から離れ、恋愛中心主義から離れ、今はまだ名づけられていない関係について書いている」とのこと。それが〈わたしたちのファミリー〉が示すような新しい関係性ということであれば、これまで松浦作品とは距離を置いていた男性の読者にも手にとってみていただきたいと思う。ちょっと意外だったのは、同じインタビュー記事にて松浦さんが「じつはこの『最愛の子ども』を実写化するとしたら、真汐は渡辺麻友さんが合うんじゃないかと思ってるんです。麻友さんが終始ムスッとした不貞腐れている感じでやってくれたら面白い画になるんじゃないかと。日夏を選ぶとしたら松井珠理奈さんかな。空穂は浮かびません」と語っておられること。まゆゆに役を当てるとしたら空穂じゃないかなあ? で、日夏はティルダ・スウィントン(人種変わっとるわ! 私は真汐役が浮かびません)。

(松井ゆかり)


『最愛の子ども』
著者:松浦 理英子
出版社:文藝春秋
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