NAFTA再交渉でコロナが危ない

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2017年06月21日 10:43  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<協定撤廃をにおわせるトランプ政権のせいでアメリカとメキシコの貿易関係に赤信号が。ビール原料を輸出する米農家も不安でいっぱい>


ライムを搾って飲むコロナビールは最高にメキシカン......と思われるだろうが、実はそうでもないらしい。


メキシコ産ビールの主成分(ホップと大麦)は主としてアメリカから輸入されている。そして喉ごしのよいコロナやドスエキスなどのビールに変身してアメリカに戻り、スーパーの棚に並ぶ。ちなみにビールはメキシコの農産品関連の対米輸出量で上位の品目だ。


だがそんな両国のウィンウィンの関係は、NAFTA(北米自由貿易協定)に垂れ込める暗雲と共に危うくなっている。


トランプ政権のメキシコに対する厳しい姿勢が、両国の長年にわたる貿易関係を崩壊させるというだけではない。アメリカがほぼ独占してきた隣国の市場をカナダやヨーロッパの農家に奪われかねないと、アメリカの農家は懸念している。


「最大の貿易相手国を怒らせたら、どんな仕返しをされるか分からない」と、アイダホ州ソーダスプリングスの大麦生産者スコット・ブラウンは言う。


ブラウンの広大な農場は高地にあるから、作物の育つ期間が限られる。だから大麦が売れなくなっても、代わりに作れるのは小麦だけ。しかし転作にはコストがかかる。「ここは大麦地帯だ。ほかのものはうまく育たない」と彼は言う。


【参考記事】次に来るのは米中アルミ戦争


昨年、アメリカ産農産物の対メキシコ輸出額は180億ドル近くに達した。メキシコはアメリカの農業全体にとって重要な市場だが、とりわけビール用の麦芽やホップ生産者にとっては最高のお得意様。メキシコはアメリカ産大麦の最大の輸入国であり、ホップについても(米国内市場に次ぐ)第2位の市場だ。


米農務省によると、昨年メキシコが輸入した大麦と麦芽約2億6500万ドル、ホップ3700万ドルのうち、4分の3近くがアメリカ産だった。


それもこれも、NAFTAのおかげで関税がゼロになっているからだ。NAFTAの下では「アイダホ州の大麦農家は(アメリカを代表するビール生産地の)ミルウォーキーに出荷するときと同じように(メキシコの)モンテレイに輸出できる」と言うのは、米穀物協会メキシコ事務所のマーケティング担当者ハビエル・チャベス。一方で欧州産の大麦の場合は「メキシコの政治家が国内農家の保護に必要と判断すれば、いつでも輸入制限や関税をかけられる」。


しかし今、両国の関係は危うい。カナダ、メキシコ、アメリカは8月にNAFTAの再交渉を開始する。アメリカが自国に有利な協定変更をごり押しすれば、メキシコも大麦やホップなどへの報復関税で対抗するだろう。米農家はそれを恐れている。


94年にNAFTAが発効して以来、アメリカとメキシコの経済は深く絡み合っており、供給チェーンは国境を越えて構築されている。特に農産物と食品ではそれが顕著だ。


NAFTAは両国間の農業貿易の大半で関税を撤廃し、新しい供給ルートを拡大し、国境を超えた投資を促進してきた。


米企業はメキシコで豚肉加工場や果実採取事業に投資しているし、南から北への投資も活発だ。05年にはコロナやモデロなどのビールを醸造するメキシコ最大手グルッポ・モデロが、メキシコのビール向けの大麦を麦芽処理するアイダホ州の工場建設に6000万ドルを投じている。


警戒感で調達源を多様化


アメリカ産大麦の対メキシコ輸出量は、メキシコ産ビールの人気沸騰につれて増加。米商務省によると、90年にはアメリカに輸入されたビールの約2割がメキシコ産だったが、今では7割前後だ。昨年にはメキシコ産ビールとワインの米国内での売り上げが31億ドルを突破した。


アメリカの大手ホップ生産・販売業者SSスタイナーの輸出部長リチャード・シェイは、メキシコへの輸出はアメリカのホップ業界にとって「非常に重要」だと強調する。


アメリカ勢はメキシコの大手ビール会社だけでなく、成長著しい地ビール産業にも目を向けている。しかし物理的なものであれ経済的なものであれ「国境に障壁があれば貿易はやりにくくなる」と、シェイは言う。


【参考記事】トランプのWTO批判は全くの暴論でもない


国境の壁は、今や空想の産物ではない。トランプ政権の貿易政策を警戒するメキシコは、NAFTA崩壊という最悪の事態に備えて、食料調達源の多様化や食糧自給率拡大に動き出した。


米穀物協会のトム・スライト会長によれば、メキシコの農政当局者はバイオテクノロジーの活用による増産や、採算を度外視しても飼料用トウモロコシを輸入品から国内産に置き換えることを検討している。


農業関係者の間には、NAFTAの再交渉でアメリカ政府がメキシコを追い詰め過ぎることはないだろうとの楽観論が広がっている。しかしトランプ政権の出方は予測不能だ。


トランプは4月に、協定撤廃に踏み切ろうとしたばかり。そのときはメキシコのエンリケ・ペニャ・ニエト大統領とカナダのジャスティン・トゥルドー首相の説得で再交渉に転じた。だが、「トランプ政権が何をするかは分からない。実に心配だ」と、大麦農家のブラウンは言う。


メキシコとの自由貿易から恩恵を受けているのは農家だけではないと、穀物協会のチャベスは言う。「コロナやドスエキスで喉を潤すときは、ちょっと考えてくれ。バド・ライトよりうまいビールを飲めるのは自由貿易のおかげなんだと」


From Foreign Policy Magazine



[2017.6.20号掲載]


ジェシカ・ホルツァー


このニュースに関するつぶやき

  • NAFTAの原産地規則を満たせば輸入関税がゼロになるんだったら、メキシコから輸入する自動車部品とアメリカから輸入する大麦を物々交換したらいいじゃない。地場産業を国が保護しないなら、管理込みで保全するしかない。
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