「ル・マンに勝つことはできない。ル・マンが勝者を選ぶのだ」とは、よく聞くフレーズだ。万全の体制を整えて臨んだとしても、勝利は約束されない。勝つか負けるかを決めるのは結局のところ、ル・マンの神様である。2017年のル・マン24時間レースは、まさにこのフレーズがぴったりくる展開だった。
最上位カテゴリーのLMP1にはポルシェとトヨタの自動車メーカーが参戦した（2016年限りで、アウディが撤退している）。2014年に復帰したポルシェは4年連続の参戦で、2015年、16年と連勝している。
一方、トヨタは2012年に復帰。いまだに未勝利である。2014年は先頭を走りながら、レースが折り返しを過ぎたところで車両トラブルが発生しリタイヤ。2016年はレースの大半を支配しながら、残り3分の時点でやはり、トラブルによって勝利を逃した。ル・マンに選んでもらえなかったのだ。
なぜ選んでもらえなかったかというと、「やり残したこと」があるからだ。24時間にわたってトラブルを起こさないように、隅々まで目を配ったのか。信頼性は大丈夫なのか。イレギュラーな事態が発生しても、対処できるのか。手順に見落としはないのか──。
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ル・マン24時間のスタートシーン。今年は万全の体制で臨んだはずだった…
■それでもなお、何かが足りなかった…
2016年に悔しい思いをしたトヨタは「本当にやり残したことはないのか？」を合い言葉に、2017年のル・マン24時間に向けて準備を進めた。本番で何事もなく24時間走れるよう、30時間テストを7回以上行った。2016年は準備不足だったが、本番までに帳尻を合わせ、あと一歩のところまで行った。2017年は、トヨタの人たちにすれば、準備万端だった。
それでもなお、何かが足りなかった。「まだ、ル・マンに勝つには早いんだよ」と、ル・マンの神様（が、いるとしか思えない）に託宣されたのだ。
トヨタは必勝を期し、2016年までより1台多い3台体制でル・マンに臨んだ。小林可夢偉（7号車）、中嶋一貴（8号車）、国本雄資（9号車）の日本人ドライバー3名を3台のクルマに振り分けたのは、どのクルマが優勝しても、表彰台の頂点に日本人ドライバーが立てるようにという考えが反映されている。
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トヨタLMP1チームの一員となって2年目を迎える可夢偉は、驚愕のラップタイムを叩き出し、7号車にポールポジションをもたらした。可夢偉が記録した3分14秒791は、昨年ポルシェ2号車がポールポジションを獲得したタイムより約5秒速い。現行コースレイアウトにおける新記録である。
この記録の何がすごいかというと、本来なら今年のクルマは昨年に比べて4秒遅くなるはずだったからだ。ル・マンのラップタイムが3分20秒を切るとルール統括側は「危険だ」と判断し、ルールを変更してクルマが遅くなるように仕向ける。2017年の場合は空力に関する規定を変更してダウンフォースが減るようにし、ル・マンで4秒遅くなるようにした。
その4秒を跳ね返したばかりか、5秒の短縮を果たしたのだから、トヨタは実質的に9秒速いマシンに仕立てたことになる。空力開発だけでこれだけの性能向上を図れるはずはなく、ハイブリッドパワートレーンの大幅な性能向上があったのは間違いない。エンジンに関していえば、急速燃焼による熱効率向上の効果が大きい。
驚異的なラップタイムを記録したトヨタ7号車の陰に隠れがちだが、ポルシェ1号車は3分17秒259を記録し、3分17秒128を記録したトヨタ8号車に次ぐ3番手につけた。昨年より2.5秒速い（実質的には6.5秒短縮）。
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昨年に比べ、トヨタは実質的に9秒速いマシンに仕上げていた。前評判は上々だった
■猛暑のなかでトラブル頻発
トヨタもポルシェもライバルがいなければ、あるいは、ライバルがいても手強くなければ、これほどの性能向上を果たすことはなかっただろう。だが、相手は猛烈に手強い。だから、安全マージンを削ってぎりぎりを狙った。今年のル・マンは例年にない暑さに見舞われたこともあり（昨年のレース中の最高気温は21℃だったが、今年は32℃だった）、トラブルが頻発した。
なんと、トヨタの3台、ポルシェの2台、5台すべてにトラブルあるいはアクシデントが発生したのである。トラブルによる修復時間が最も短かったのがポルシェ2号車だった。一時は下位カテゴリーのLMP2が総合トップを走ったが、フロントモーターの駆動力を失いながらも果敢に追い上げ、終盤トップに立ち、ポルシェに3連覇をもたらした。
トヨタはレース開始後8時間を前にして8号車にフロントモーターの不具合が発生し脱落。約2時間を修復作業に費やした（54番手に落ちながらも9位で完走）。7号車は10時間15分の時点で、クラッチトラブルによりリタイヤした。このクラッチトラブルはピットレーンで起きた不運による影響も指摘できるが、思いもよらない不運が降りかかるのもまたル・マンである。
7号車がリタイヤした直後、9号車はLMP2に追突された影響で左リヤタイヤがパンクし、壊れたタイヤが油圧系統を破壊した影響で変速できなくなり、リタイヤした。きっかけはドライバーの判断ミスで、「なんのための3台目だったのか」という悔いは残る。
2016 年に「残り3分の悲劇」を経験して以降、「本当にやり残したことはないのか？」を合言葉に、1年間、それこそレースの直前まで不具合の芽をつぶしてきた。「自分たちが想定していた不具合は出なかった。完全に押さえ込めた」と、レーシングハイブリッド・プロジェクトリーダーの村田久武は断言する。
それなのに、惨憺たる結果になった。
「壊れるわけがないところが壊れました。その意味で、想定が不十分だったとも考えられます。ル・マンの神様は厳しい。全部やりきったと言っていること自体が慢心だと思います。時間のある限り、ひたすら（不具合の芽を）潰すしかないと思っています」
ル・マンに勝者として選ばれるには、まだ修行が足りないということか。
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