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リブレから刊行中の黒江S介氏の『サムライせんせい』。幕末の志士・武市半平太が、獄中から現代日本にタイムスリップして始まる物語。と、書けばどこかありがちな物語……と思われるかもしれないが、そんなことはない。作者の画力と構成力によって、読ませる物語になっているのだ。
実のところ、筆者も第1巻を目にした時「なんだこりゃ?」と思った。サムライが買い物袋を抱えて商店街を背にしているイラストは、それだけで面白い。なにより、主人公として幕末の志士の中から武市半平太をセレクトしているセンスが、歴史好きの心をくすぐる。
でも、同時にこうも思った……「出オチ」ではないのかと。最初の設定にインパクトがあるももの、次第にネタが切れて失速していくマンガというのは数限りない。
ところが、この作品。まったく、そんなことはない。巻が進むごとに、どんどん面白さが増している。そして、同じくタイムスリップした坂本竜馬も登場。その登場も、話を引き延ばすためのテコいれではなく、さらに「これからどうなるんだ!」とワクワクさせる要素となっているのではないか。
そんな話の魅力ゆえだろうか。2015年10月にはテレビ朝日系の金曜ナイトドラマ枠で、早くもドラマ化。
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そして、今回新たに市原隼人主演で「明治維斯150周年記念作品」として映画化も決定。さらに、高知県では高知銀行の広告にも登場。それどころか、作者自身も高知に移住したという。
ジワジワと世間に魅力が知られつつある、この作品。
今回は作者の黒江氏のインタビューを通して、さらに作品の魅力に迫っていくことにしよう。
というわけで、やってきたのは神楽坂にあるリブレ。黒江氏は高知在住ということで、担当編集らとノートパソコンを前にしてSkypeでのインタビューというスタイルになった……。
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──昨年から高知県に移住されたと聞いています。これは作品を描くために、ということでしょうか。
黒江S介氏(以下、黒江) そうです。方言などを実地で聞いたら、よりこなれたものが書けるかなと思って、移住してみました。
──実際にどうでしょう。作品を描く上で移住してよかったという手応えはありますか?
黒江 ストーリー自体は、当初想定していたものに沿って描いているので、そんなに大きな変更はありません。でも、やっぱり、高知に住んでいるというだけで、地元の方々が身近に感じてくれて「読んでるよ」と声をかけてくれることもあります。たとえば、地元のPR部隊の方が紹介して広めて下さったりしているんです。作品を描くという部分とは別に、読んでくれている方の幅が広がったなと思っています。
それから、やっぱり食べ物。魚はいわずもがななんですが、甘い物も含めて食べ物のレベルが高い。高知は狭い街なのに、ハズレが少ないのですよ。
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──やはりファン層が広がっていくのは、うれしいものですよね。
黒江 そうですね。これまで知らなかったし興味なかったけど、作者が高知に住んでいるのなら見てみようという反応もいただいたりしています。
──大阪から高知に引っ越しされたということですが、生活スタイルは変わったのではないでしょうか。
黒江 どこかに出勤するのではない仕事ですが、行動範囲はどうしても狭まってしまいますね。電車とか1時間に1本あるかないか。でも、中心地にいけば、結構なんでも揃っているので、事足りるかなと思っています。
──大阪で暮らしていた時よりも、よかったなと思う点はありますか?
黒江 やっぱり、メリットでもありデメリットでもあると思うんですが、狭い地域なのですごく人が密接で知り合いができやすいですね。大阪だと、友人にでもアポを取らないと会えないじゃないですか。ところが、高知だと、ぶらりと街を歩いているだけで知り合いに会うことができます。それに、どこかの集まりに参加したら絶対に知り合いがいたりしますし、人間関係は豊かになったと思います。
■ユアン・マクレガーを観たくて会社を辞めた
──まんが王国・土佐推進協議会での先生の記事などを拝見しましたが、高校卒業後にキャラクターグッズの販売をするお仕事に就かれて店長にまでなられたとか。とても優秀な方という印象を受けたのですが……。
黒江 いや、それもなんか成り行きというか……「今度、こんな雑貨屋を始めるから、あなた店長になってね〜」みたいな感じで任されたんで。
──その頃から漠然と、マンガ家になろうとは考えていましたか?
黒江 絵を描くのは幼少の頃から好きでした。ですから、絵を描く仕事をしたいなとは思っていましたし、あわよくばマンガ家になれたらいなと、思っていました。
でも、その時のマンガ家というのは、敷居が高い職業だとイメージしていました。まだ、WEB媒体が発達していない時代だったので、正式に投稿して、賞を獲ってマンガ家になるという段階を踏まないといけない……まあ、無理だろうなと、思っていました。
──その後、映画の影響でイギリスへ行きたくなり会社を辞めて渡英されたと聞いています。会社を辞めようとまで決意したのは、なんの映画なんですか?
黒江 ほんとにこれはミーハーな話なんです。俳優のユアン・マクレガーが大好きなんですが、ロンドンでミュージカルをやると聞いたんです。
そこで、生の俳優に触れられる機会というのは、舞台くらいしかないだろうなと思って。じゃあ、行ってみようかなと決心しました。
──これは、その後の先生の人生の上で重要な体験だと思うのですが、イギリスで、見たもの聞いたものを教えてください。
黒江 最初はミュージカルを観るために1週間。その後、1週間ほど帰国して、今度は1カ月ほど滞在しました。イギリス人は細やかな気性の方が多く、日本人に近いんじゃあないかと、聞いていました。ところが、そんなことはありませんでした。
1カ月滞在した時のホストファミリーが、私を置いて海外旅行に行っちゃうような人たちだったんです。帰国する日も、ポルトガルに出かけちゃってて「カギはどうしたらいいの?」と聞いたら「玄関のそこらへんに置いておいてよ」というのです。カルチャーショックを感じる一方で、日本人というのは逆に特殊なんだなと思いました。
──その後も、本格的に絵を学ぶために専門学校に通われたり、これと決めたら、とてもアクティブな性格なのかなと思いました。
黒江 さまざまなことを調べるのは大好きですね。アクティブというよりは、実際にはイギリスから帰って、また少し仕事をしてから専門学校に入りました。その時の先生に、こんなことを教えてもらったんです。
「積極的にならなければ、この世界ではやっていけないし、35歳までにやりたいと思った仕事でメシを食っていなければ、もう絶対に一生なれないから諦めろ」と。
じゃあ、リミットは35歳まで……その時点で、あと10年くらいだなと漠然と思いました。なら、自然と急がなきゃと思って動いたんです。きっちりと設定されると焦りますよね。
■幕末志士の人間くさい部分にこそ、魅力がいっぱい
──そんな先生の人生の中で、幕末に興味を持たれたのは、いつ頃なんでしょう。
黒江 これは高校の時です。歴史の先生がすっごく司馬遼太郎作品や『お〜い!竜馬』(小学館)とか幕末期の作品が大好きで、授業にも取り入れていたんです。なんせ、偏差値が40くらいの高校だったので、マンガを使わなければ、みんな理解しづらくて。そんな中で、興味を持ったのが『お〜い!竜馬』だったんです。
──歴史に興味を持たれると、そうした作品と史実がかけ離れていることにも気づくと思います。
黒江 竜馬ファンは段階を踏んでいくのだと勝手に思っているんです。まず、そういう司馬遼太郎とか、先人のすばらしい作品に触れて、ほんとに神格化されたヒーローの竜馬に憧れて好きになるんですね。
そこで夢を持った方はずっと心に英雄の竜馬像を持ち続けるんだと思います。でも、より深く知る内に「あ、これは創作だったんだ」「こういう側面もあったんだ」ということが、たくさんわかります。
そうなると「これほど実際の功績以上に英雄化される人物っていうのは、人間的に非常に柔軟性があるというか、想像力を駆り立てさせる面白い人物なんだな……」と。
その結果、新たな興味が沸いてきて、違う角度から魅力的に見えるようになる……そんな風に考えています。
ですから、私は神格化された面と偽善者然とした悪の魅力のある面、双方向から魅力を感じています。だから、これは違うなとか、がっかりさせられることはなかったですね。
──そういう多面的なとらえ方をしているから、作品の中に登場する志士たちが、とても人間くさい魅力を放っているのではないかと思います。
黒江 こういうことをいったら、大部分の方に怒られるかも知れませんが「日本を洗濯するぜよ」とか「日本の夜明けぜよ」とか「なんで戦争するんじゃ」とか言ってるような竜馬は得意じゃないんです。
──やはり、どんな偉人であっても人間くさい部分があるからこそ、魅力的なんじゃないかと、私は思います。
黒江 ええ、だったら、お金に汚くていろいろと企んでいて……あとまあいろいろ、いらないことをしたから、最後は暗殺対象にされたという竜馬。身も蓋もないんですけど、そういう竜馬がいてもいいんじゃないかと思ったんです。
──いろは丸事件なんて、竜馬が完全に当たり屋ですからね。
黒江 そうなんですよね。あのエピソードが大好きで、どうせ賠償金取れるなら銃火器をたくさん積んでいたことにして、上乗せしてしてふんだくろうとか……まあ実際そんな事を企んだのかは不明ですが、そういう人だったと妄想するのも楽しくて。その当時は沈んだ積荷を調べる術がないとわかってやったんじゃないかとか、本当に悪いなあ〜いいな〜と魅力が尽きません。
──Twitter(@Ssuke)のプロフィール欄には、ご自身で「出落ちマンガ」と描いてます。これは逆に自信の現れではないかと解釈したんですけど。
黒江 いや、もう。ホントにこれは自信でもなんでもなく、最初から広がりを見せるマンガだとは思ってなかったからなんです。ほんとに思いつきではじめたマンガなんです。サムライが現代に、ちょんまげを崩すこともなくいるのが、一番のオチなので、これは出オチ以外のなにものでもないなと、思って。単行本の表紙を見て、よもやシリアスと思う人はいないですよねえ。
──出オチかと思わせておいて、次第に深い話になっているので驚きました。
黒江 それも、すごく申し訳ない気持ちがあるんです。ギャグマンガを期待して、買ってみたら「ごちゃごちゃうるさいことをいってるな」と思われていたら、ホントすみません!
■編集者が歴史を知らなすぎた結果……こんなに面白く
さて、ここから話は『サムライせんせい』の誕生に至る経緯へと移った。ここで、PCを前に一緒に話を聞いていた、担当編集の稲石春菜氏も参戦。最初は、スポ根マンガを依頼したはずが、なぜ、この作品へと変化したのか……。
稲石春菜氏(以下、稲石) 先生がデビューされた「OPERA」(茜新社)さんで描かれていたのが、お笑い芸人のチームがテーマになった作品でした。そこで、最初は部活ものというか、チーム男子みたいなテイストの作品をお願いしたいと思っていたんです。
──それが、どうなって幕末ものに?
稲石 打ち合わせをしたら幕末がお好きだというので。それで、一度描いてもらったんです。ところが、私は歴史がわからなくて……ちょっとどころか、ほとんどわからなかったんです。何年に黒船が来航したとかも知らなくて。だから、「私でもわかるくらいに簡単に描いて欲しい」とお願いしたら、『サムライせんせい』が届いたんです。
黒江 最初の注文は、その一点だけでしたね。
稲石 いや〜、私の頭のレベルに合わせて相当簡単に描いてもらったわけなんです。それで、私がわかるんだから、みんなもわかるだろうと思って出発しました。
黒江 稲石さんが、幕末にすごく詳しかったら、最初のネームのまま通っていて、即打ち切りになっていたと思いますよ。
──初めて単行本がドラマ化されて、映画にもなろうとしていますけど、強運ですよね。
黒江 運がいいなというよりは、やりやすい作品なのかなと。タイムスリップものは鉄板のテーマですけど、現在から過去ではなく過去から現代だと、サムライの衣装を着た人を用意すればセットもいらないじゃないですか。だから、実写化しやすいのかな〜と思っています。
稲石 映画化は、維新150周年記念の企画の中で、数多く映像化されている竜馬よりも、あまり映像作品に出て来ない半平太が主人公なのがよいなという意見もあり選んでいただいたそうです。
■子ども相手でも手を抜かない『ズッコケ三人組』が創作の原点
──強運というより、やはり作品力といったところでしょうか。そんな作品をつくる先生ですが、Twitterを拝見したところ『ズッコケ三人組』シリーズが大好きだとか。
黒江 『ズッコケ三人組』シリーズは原点ですね。ああいう風に、仲間が少人数集まって事件を解決するノリがホントに大好きで、かといって、それが組織化されたものではなく、有志が好き好きにあつまるノリが好きなんですよね。
──それぞれの作品で、冒頭に情景を描きつつ、なんとなく3人が登場しますからね。
黒江 そうなんですよ。しかも、児童書なのに内容がシビアで、みんなが馴れ合ってないんですよね。「愛と勇気と希望」みたいなこといわずに。
私が一番好きなのはハカセなんです。すごく辛辣で「キミは頭が悪いんだから、こういうことには向いていない」なんてことを言ってしまう。ずけずけとした物言いのあけすけな子どもたちの集まりなんですよ。そのノリがすごく現実的で、きれいごとで済まそうとしていないから、好きなんです。
──どの単行本が一番お好きですか?
黒江 えっと、会社を立ち上げるやつ。
──『うわさのズッコケ株式会社』ですか? オススメのポイントはどこでしょうか。
黒江 えっと、ちょっとすみません、あらすじを……(と、書棚から本を取り出す音)。ええと、釣り客相手に弁当を売ったら儲かるぞ、とハチベエが考え付いて、そこから子どもにもわかるように会社とはどうやって立ち上げるのかを丁寧に描いているところですね。
それに、食に関する記述を読むのも好きなんです。単なるインスタントラーメンを、店で売れる商品にするには、どうすればいいかを試行錯誤する……その丁寧な描写が、すごく印象です。子ども向けだからって適当にはしていないんですよね。
──そういったところに着目されるのが、作品の丁寧な描写に生きているのではないのですか?
黒江 みんなが「ここは飛ばしてよくない?」というところを丁寧に書いたりというのが、好きですね。
■筆圧の強さが産んだ驚きの作画技法
──普段はデジタルで描いていますか?
黒江 ペン入れまでは手描きです。トーン貼りはデジタル。
──手描きへのこだわりがあるのですか。
黒江 あの、私の線はすべてシャーペンで描いているんです。
稲石 ペン入れしていないんですよ!
黒江 ペン入れがシャーペンなんです。フツーの鉛筆で下描きをして、トレス台の上で濃いシャーペンでペン入れをしているんです。これはマンガ家としてかなり禁じ手というか。消せるので描き直しができるという……。
──その技法はなぜ、思いついたのですか?
黒江 最初、鉛筆の線に憧れを持っていて。こういった淡い感じで味のある絵を描く人がいて、憧れるなと思って真似をしてみたんですけど、すごく筆圧が強くて淡い線にならなかったんですよね。ホントにガチガチのペン入れをした線になってしまうので、これはダメだなあと。ならば、逆にこれをペン入れで使えるんじゃないかなと思いました。
筆圧が強いんで、フツーに付けペンとかつかったらすぐに壊れてしまうんですよね。それで最終的に、これに落ち着きました。
──タブレットはいかがですか?
黒江 タブレットのペン先はすぐに摩耗してしまいますね。ちょっと、少女マンガというか繊細な線とは無縁な感じです。
──ちなみに、ペンネームの由来は?
黒江 これは適当です。自分の名前の一字は入れようと思って、江戸の江がつくので、それは入れました。それから最初はS介はなかったけど、名字と名前らしきものがあったほうが親しみやすいかなと思ったら、こうなりました。
──まだ『サムライせんせい』は続いていくと思うのですが、ほかにはどのような作品を描こうと考えていらっしゃいますか?
黒江 一から自分でつくるよりも、元ネタがあるものを自分流に解釈する作業が好きなので、民間伝承であるとか妖怪であるとか、元ネタがあるものを題材にしていければよいと思っています。
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現在、高知県立歴史民俗資料館にて行われている「志士 幕末を駆ける──半平太らの遺したもの──」展ともコラボをしたり、高知県では、地域の人々に愛される作品となりつつある『サムライせんせい』。作品の魅力もさることながら、作品を使った町おこしという視点からも、とても興味深い。
維新150周年という年ともリンクして、どのように盛り上がっていくのか。この先も注目していきたい。
(取材・文=昼間たかし)
■映画「サムライせんせい」公式サイト
http://samuraisensei.com/
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