ベンチャーの未来は起業しない起業へ

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2017年06月27日 10:22  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<アイデアがあれば会社設立はもう要らない。企業そのものの「創造的破壊」を目指すオールタートルズ社が始めた次世代型開発者支援とは>


まずい紅茶とドナルド・トランプの台頭――それが、オールタートルズの始まりだった。


「全ての亀」という風変りな名前を持つこの会社は、先月発足したばかり。だがテクノロジー分野での起業をめぐる常識を、一変させる可能性を秘めている。


同社を創設したのは、メモアプリを手掛けるエバーノートの前CEOフィル・リービン。最近ではベンチャーキャピタル、ゼネラル・カタリストの上級顧問を務めている。


リービンは昨年の秋、移動の際に飛行機内で紅茶を注文した。カップのお湯にティーバッグを入れたまではいいが、ほかのことに気を取られて10分間ほど放置してしまった。紅茶は出過ぎて台無し、ぶよぶよのティーバッグをどこに置けばいいかも分からない......。


「紅茶を飲むのはムカつく体験だと思った」。リービンはそう本誌に語った。テクノロジー業界の人間にとってムカつく体験とは、「創造的破壊」のきっかけになるものだ。


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ティーバッグの登場以来、変化のない紅茶の提供法をどう革新するかと、リービンは考え始めた。一定時間が経過したら水分を通さないメッシュ素材を使っては? その素材で作ったティーバッグをマドラーに取り付けて、カップの中に入れたままにできるようにしては?


そんな商品を製造・販売するためのプロセスはどんなものか。素材の開発企業と提携し、プロトタイプを制作し、ベンチャーキャピタルから資金を調達し、会社を創設する。そのプロセスは全部で約20段階に及ぶと、リービンは結論した。


アイデアの実現にこれほどの段階が必要なら、彼のような経験も人脈もない者にとっては巨大な壁に直面するのと同じだ。そう気付いたことが、ひらめきにつながった。


「この手のアイデアが世界中にどれほど存在するのか」と、リービンは問い掛ける。「問題の解決法を理解している人々がいるのに、世界は彼らに力を貸す構造になっていない。ならば、そんな構造をつくればいい」


その当時、米大統領候補だったトランプの選挙戦を通じて、アメリカ国内の根深い分断が浮き彫りになっていた。シリコンバレーはユニコーン(未上場で10億ドル以上の企業価値があるベンチャー企業)を多数擁し、自動運転車などの開発に沸く一方で、多くの国民が社会から取り残されたと感じていた。


データ分析・提供を手掛けるグッドコールの昨年の調査によれば、ユニコーンの創設者の9割は、全米の大学総数のうち3%を占めるにすぎない一握りの大学の出身。現実的には、ほとんどがスタンフォード大学かハーバード大学の卒業生だ。


資金調達に悩まないで


より多くの、より多様な人がチャンスを手にできる社会でなくてはならない。テクノロジー業界周辺では今、そうした認識が芽生えている。アメリカ・オンライン(AOL)の共同創業者スティーブ・ケースは、米国内のさまざまな都市を対象とする起業支援活動に着手した。


とはいえ、シリコンバレーではない場所にシリコンバレー的環境を創出するのは難しい。


こうした現実を受けて、リービンは考えた。問題は「企業」という考え方そのものではないか。発明家に起業しろというのは、作家に出版社を立ち上げろというようなもの。テクノロジーが進化した今の時代、もっといいやり方があるはずだ。


たどり着いた答えが、リービンが「スタジオ型」と形容するオールタートルズだ。その手本ともいえるのが、動画配信サービス大手のネットフリックス。同社は製作や配信を受け持つスタジオを運営しており、脚本家や監督はビジネス面に捉われずに創作に集中できる。


オールタートルズは、革新的なアイデアの持ち主が資金調達や法的問題に悩むことなく製品開発に専念できるよう、起業プロセス全般を代行する。発案者側は報酬として、創設された企業の株式を取得。オールタートルズが手掛けるほかのベンチャーの株式の一部も受け取る。リービンいわく「仲間同士の連帯」の象徴だ。


アイデアを製品化したメンバーが、オールタートルズの枠組みの中で新たなアイデアに取り組むことがリービンの理想だ。ある製品を開発したからといって、そのために立ち上げた企業に縛られる必要はないという。オールタートルズがあれば、自ら企業を運営せずにひたすら革新を追求できる。


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究極の目標は、オールタートルズのネットワークを世界規模に拡大し、ハーバード大学やスタンフォード大学の出身でない人々のアイデアを眠ったままにしないこと。そしてアメリカの地方都市の経済改善に貢献することだ。ちなみに、同社初の案件3つのうち2つは東京とパリを起業の場としている。


「企業という概念の創造的破壊を実現できると考えている」と、リービンは意気込む。


ところで、風変りな社名の由来は? 地球は平面状であるとされた昔、世界は巨大な亀の背に支えられているとの説があった。その亀を支えるのはまた別の亀、その亀を支えるのも亀。世界を支えるのは全て亀だ、と。


同様に、新しいアイデアのためのプラットフォームであるオールタートルズは、クラウドサービスやインターネットといったプラットフォームの上に成り立っている。プラットフォームは現代の「亀」なのだ。


そんな話は嘘くさい? だがオールタートルズが、シリコンバレー中心の世界観を覆したことだけは確かだ。



[2017.6.27号掲載]


ケビン・メイニー(本誌テクノロジー・コラム二スト)


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