中国のネット空間ではくまのプーさんが検閲対象になり削除されている。習近平になぞらえたからだ。なぜそれが罪になり削除対象になるのか。習近平政権になってからの政治背景と現状を分析する。
習近平をくまのプーさんになぞらえたネットユーザー
まず、くまのプーさんと習近平の関係に関する経緯を見てみよう。
最初にネットに現れたのは、習近平政権になってからの初の米中首脳会談。2013年6月にカリフォルニアのアネンバーグ邸で「習近平×オバマ」が二人だけで散歩をしていたときの写真に対する比喩だ。
一連の「くまのプーさん比喩」が載っている「このページ」をご覧いただきたい。
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最初の絵は「習近平国家主席がくまのプーさん」に、「当時のオバマ大統領が虎のティガー」になぞられている。非常によく似ていて、実にうまい!
ところが中国では「虎は大物」を表す。
オバマさんが「大物」で、「中国で最高の威厳を持っていなければならない最高の大物」でなければならない習近平が、「のんきで、(人はいいが)間抜けなプーさんに」比喩されているなどということは、許されないことだった。
つぎに現れたのは2014年11月の日中首脳会談。
このときは習近平がくまのプーさんであるのに対して、安倍首相が「ロバのイーヨー」になぞらえられている(3番目の絵)。安倍さんの眉毛がやや両下がり気味なところなど、よく特徴を捉えていて、これもうまい。
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中国当局の最も大きな怒りを買ったのは、2番目にある2015年9月3日の軍事パレードの時の比喩だ。
この日は抗日戦争勝利記念日で、建国記念日である国慶節(10月1日)以外で軍事パレードを行うのは中国建国後初めてのことだった。習近平は中央軍事委員会主席、そして最高総帥(そうすい)として、晴れある閲兵式を行なったつもりだったのである。
それが「おもちゃの車に乗った、おもちゃのくまのプーさん」に置き換えられたのだ。
中国が誇った武器はおもちゃに置き換えられ、そのトップにいる習近平は、言うなら「虚像」として揶揄されたに等しい。
ここまで「バカにされて」なるものか!
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当局の怒りようは尋常ではなかった。激しいネット検閲を行ない、次から次へと削除されていったものだ。
これがこれまでの経緯である。
注目されたのは欧米メディアの報道
今般、突如、「くまのプーさんと習近平」の関係が注目されるようになったのは、フィナンシャル・タイムズ、ニューヨーク・タイムズ、あるいはCNNなどが報道したためだろう。
そのきっかけは、劉暁波夫妻がくまのプーさんの絵柄があるマグカップを持っている写真がネットに流れたせいかもしれないとCNNは報道しているが、中国大陸では、そもそもそのような画像を見ることはできないし、劉暁波の名前も知らされていない。ましていわんや、劉暁波氏がノーベル平和賞をもらったことや死去したことなど、中国庶民は基本、何も知らないのである。1989年の、あの天安門事件さえ知らされてないから、くまのプーさんの絵柄がついたマグカップを持っている劉暁波夫妻の画像を中国大陸のネットユーザーが観る機会はまずないと言っていいだろう。
ただ中国政府高官たちは中国を海外情報から遮断しているGreat Fire Wall(万里の防火壁)を越えて、自由に海外情報に触れることができるルートを持っているので、予防線を張るという意味で警戒した要素を完全に否定することはできない。ただ、少々解釈が苦しい。
プロパガンダのための既成の習近平イラストに反する
もっと現実的なことは、中国共産党宣伝部は、7億に及ぶ若いネットユーザーが、中国共産党に敬意を持っていないことに焦燥感を抱いていることだ。たとえば党の宣伝機関である中央テレビ局CCTVのニュースを若者は見ないし、ましていわんや党機関紙の「人民日報」など、誰も関心を寄せない。
そこで習近平政権になってから、ともかく「中国共産党に関心を持ち、敬意を払ってもらおう」という目的で、若者でも観るだろうアニメや漫画などを用いて、ネットで習近平を宣伝することを始めた。
たとえば「習大大(習おじさん)の"百姓時間(庶民との時間")」というページをご覧いただくと、その試みは2013年2月3日から始まっていることが分かる。習近平が中国共産党中央委員会総書記になったのは2012年11月15日で、国家主席になったのが2013年3月14日であることを考えると、まだ国家主席になる前から、この種のプロパガンダが始まっていることが分かる。
中国共産党が信用を無くし、庶民の誰も、本当は中国共産党のことなど好きではないのを知っている習近平は、中共中央宣伝部に指示して、若者でも観るであろうアニメや漫画を使うことにした。それも工夫に工夫を重ねて、習近平を「庶民に慕われているが、威厳を持った指導者」として描くことに力を注いでいるのが見て取れる。
以来、習近平がサッカーをしている(中国政府の通信社である新華網が公開した)イラストや、「2015年の習おじさんの外交成績表」あるいは習近平の写真を使ったイラストなどが発表され、イラストによって表現していい「習近平像」というのが、当局によって決められてきたのである。
それでも若者が観ないものだから、もっと若者を惹きつけようと、「ラップ・ミュージック」を使ったプロパガンダを強制した。同じ画面が「他のページ」にも転載されている(いずれも左下コーナーにある▲をクリックし、15秒間ほど広告を我慢すると、ラップが始まる)。
ネットユーザーの力が勝つ日は必ず来る
こんな状況にあったので、当局が押し付ける、誰も見ないイラストより、自分たちが創ったものの方がよほど面白いと考えたネットユーザーがくまのプーさんを使い始めたのだろう。このアクセス数は凄まじく、筆者も何度も「うまい!」と思いながらクリックしたものだ。それはやがてクリックしても「法規により閲覧できません」という削除対象となり、今日まで至っているというのが現状だ。
たしかに「まぬけなプーさん」と習近平を対比させたのは、「習近平を小バカにしている」というニュアンスはあるだろう。事実、ネットユーザーの方も共産党など好きではないから、そのニュアンスを込めたにちがいない。まともな政治批判などをしたら逮捕されるのを知っているので、くまのプーさんに「思い」を込めたのかもしれない。
しかし当局側が「人のいいプーさん」と解釈すれば許容範囲内だと思うが、そんな度量はない。これがやがて「政府転覆罪」につながる運動に発展していくのが習近平は怖いのだ。
悪いことをしていなければ、こんなことを怖がる必要はないと思うが、「悪いことをしている」から、そんな度量は持てないのである。
ネット情報がもっと広がれば、削除と「新しいプーさん」の創出のイタチゴッコとなり、逆にネットユーザーの疑心を招いて「人民が真実を知る日」がやがて来るだろうことは明らかだ。その意味で、戦略的なはずの中国政府にも限界があることを、習近平は覚悟すべきだろうと思う。
[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』(飛鳥新社、7月20発売予定)『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版も)『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
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