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世陸リレーでの日本銅メダル快挙の裏に隠れたドラマ

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2017年08月13日 14:42  THE PAGE

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写真日本短距離陣の世界陸上初の銅メダル獲得の裏には、数多くのドラマが。左kら多田、藤光、飯塚、桐生(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
日本短距離陣の世界陸上初の銅メダル獲得の裏には、数多くのドラマが。左kら多田、藤光、飯塚、桐生(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 昨年のリオ五輪に続く「メダル」を目指した男子4×100mリレー。日本は1走・多田修平(関学大)、2走・飯塚翔太(ミズノ)、3走・桐生祥秀(東洋大)、4走・藤光謙司(ゼンリン)というオーダーで臨み、38秒04で3位に入り、銅メダルを獲得した。大会9日目(8月12日)にして、日本勢に今大会初のメダルをもたらした4継チームだが、その舞台裏には数々のドラマが交錯していた。

大会6日目(8月9日)の男子200mでサニブラウン・ハキーム(東京陸会)が準決勝突破を決めたとき、日本陸連短距離担当の苅部俊二・五輪強化コーチの頭のなかには、1走・サニブラウン、2走・飯塚、3走・桐生、4走・ケンブリッジ飛鳥(Nike)というオーダーが固まりつつあった。

「200mの準決勝が終わったとき、ハキームは『いけるかな』という感じがあったんです。本番の前日にリレー練習をやってみて、良ければ起用する方針でした。1走にするか、アンカーにするかは確定してなかったんですけど、1走が有力でしたね。しかし、翌日の200m決勝でああいうかたちになって、起用するのは難しいと判断しました」

 大会7日目(8月10日)の男子200m決勝でサニブラウンは右ハムストリングスに痛みが出て、後半に失速。史上最年少で男子200mのファイナルに進出した19歳のリレー起用をあきらめ、多田の1走を決めた。そして、大会9日目(12日)の10時55分から行われた男子4×100mリレー予選(1組)には、1走・多田、2走・飯塚、3走・桐生、4走・ケンブリッジというオーダーで出場。アメリカ、イギリスに続く38秒21の3位で予選を通過するも、苅部コーチは決勝で「メダル」を狙うべく“手術”を決断した。

「今回はメダルを獲りにいきたいと思っていたので、予選からメダルを狙えるメンバーで臨みました。でも、予選のタイムは6番目で、上位のジャマイカ、アメリカ、イギリスとはタイム差がありました。何か手を施さないと、メダルには届かない。足長(バトンパスの距離)をいじることはもちろん、メンバーを変えることも我々の選択でした。予選のレースを見て、4走・ケンブリッジがバトンに不安があり、リオ五輪と比べて走りも精彩を欠いていました。相当悩みましたけど、チェンジすることにしました」

 新たにアンカーに抜擢されたのが31歳の藤光だった。
   


 16時30分から予定していたミーティングの前に、苅部コーチは藤光を呼び出して、体調とメンタル面を確認。5分ほど押してスタートしたミーティングで、4走のメンバーチェンジを発表した。

「我々はいろんな走順を想定してきました。富士吉田の合宿(7月後半)でケンブリッジは脚を痛めていた影響で、ほとんど練習ができない状態でした。そのときは、藤光にアンカーをやらせていましたし、桐生との相性もすごく良かったんです。予選が午前中にあったので、決勝まで時間がありません。大出術は避けて、プチ手術くらいにしたい。あとは、足長をどうするのか。予選の映像、データなどを確認したうえで、最終決定しました」

 そして、21時50分。男子4×100mリレー決勝のレースに多田、飯塚、桐生、藤光の4人が登場した。日本は一番外側の9レーンに入ったことが幸運の始まりだった。1走・多田は、「僕は直線の方が得意なので、カーブが緩やかな9レーンは、予選の5レーンよりも走りやすかった。予選よりもカラダの軽さも違いましたし、スタートも決まっていたので、あとは飯塚さんのことを信頼して、バトンをぶち込むことだけを考えて走りました」と好スタートを切り、2走・飯塚に好位置でバトンを託した。

 多田の勢いを受け継いだ飯塚の走りも素晴らしかった。

「予選はバトンがすべての区間で失敗したんです。でもバトン次第では、タイムをもっと縮められて、メダル争いにも絡めると思っていました」と飯塚。3走・桐生はもっと大胆に仕掛けていた。「藤光さんのところは練習時よりも1足分伸ばしたんです。決勝は1番か8番かというくらい攻めのバトンで行きました。僕の調子も良かったので、絶対に追いつける」。桐生から藤光へ、バトンがピタリと渡る。アンカーの藤光は、イギリス、アメリカ、ジャマイカを追いかけるかたちで走り出した。
 
 日本のメダルは厳しい状況だったが、リレーレースは何が起こるかわからない。ほどなくして、6万5千人の大歓声が悲鳴に変わった。3番手でバトンを受けたウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、40mほど走ったところで、左ハムストリングスを痛めて失速。残り30m地点で倒れこんだのだ。

 メダルを目指して前を追いかけていた藤光は、「ボルトが止まったのは横目で見えましたが、それは気にせず、自分のレーンだけを見て、自分の走りに集中しました。順位はなんとなく良さそうだという感覚はあったんですけど、確認する余裕はありませんでした」と歓喜の瞬間に気づくことなく、フィニッシュラインを駆け抜けた。ボルトの“ラストラン”は衝撃の結末になり、その大混戦の隙を突いて日本が銅メダルをゲットした。
   


 予想外のクライマックスに、桐生は「いつも1番の選手でもこんなことがある。ちょっと気持ちの整理がつかないですね。最後まで走ってほしかったですけど、何があってもボルトは憧れなので、それは変わらないです」と話した。
 そして、銅メダルを獲得したことについては、「100mや200mを見ていたときには、ちょっとしんどい気持ちもあったんですけど、今回はリレーのために来ました。日本選手権の100mで4位に終わりましたが、それでも僕を支えてくれた人たちのためにも、ロンドンでメダルを獲って帰ると心に誓っていたので、本当に良かったです」と笑顔を見せた。

 昨年のリオ五輪の銀メダルに続いて、世界大会で二大会連続のメダルを獲得したが、今回の快挙は偶然と必然が生んだものだと感じている。ボルトの途中棄権などは偶然の産物だが、当初予定していたメンバー二人を交代しても、戦闘力を落とさなかったことは、日本の実力が確実に高まっていることを物語っているからだ。

今回、日本の“救世主”となった藤光は、昨年のリオ五輪でも「補欠」を経験。その後は引退が頭を過ったという。「オリンピックを終えてどうするのか、考えました。まだまだやり残したことはあると感じましたし、完全燃焼はしていませんでした。自分が納得できるまでチャレンジしよう、とイチから奮起したんです」と現役続行を決意。ロンドン世界選手権では、個人種目の出場権をつかむことができなかったが、リレーメンバーとして1〜4走のどこを任されてもいいように準備をしていたという。そして、今回はスーパーサブとして存在感を発揮した。

「昨年からの『走りたい』という気持ちが、1年越しに叶った感じです。補欠で日本代表に入ったので、準備だけはずっとしてきました。世界大会は何があるのかわかりません。『行け』と言われたら、いつでも行ける気持ちでいたので、動揺もなかったですし、スッと入れたと思います。こっちに来てから日に日に調子は上がっていたのを感じていて、今日が一番の状態でした。昨年の銀メダルがあって、今回はものすごく注目されていました。そのなかで、昨年のメンバーがふたり替わってもメダルを獲得できたことは、選手層の厚さを示すことができましたし、今後に向けても大きなことだと思います」

 日本の男子4×100mリレーは世界大会の“メダル常連”になりつつある。リオで銀メダル、ロンドンで銅メダル。2020年東京五輪では「金メダル」を期待してもいいだろう。

(文責・酒井政人/スポーツライター)
  


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  • 誰でも走れる状態で準備していたことが凄いと思う。ボルトがああなっての銅メダルだけど、それも勝負の世界には起こること。それも実力。だから、リアルタイムでいいレースが見られてよかったと思う♪
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  • 新しいスターが現れたかと思えば地道に頑張ってきたベテランが陽のあたる場所に出る。腐らず自分の目標を黙々と目指すことが大事だと再認識する展開でした。おめでとうexclamation
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