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練習逃げ出した主将、甲子園は投げきる 下関国際・植野

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2017年08月13日 21:28  朝日新聞デジタル

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朝日新聞デジタル

写真三本松との初戦に先発した下関国際の植野翔仁君=13日、阪神甲子園球場、小林一茂撮影
三本松との初戦に先発した下関国際の植野翔仁君=13日、阪神甲子園球場、小林一茂撮影

(13日、高校野球 三本松9―4下関国際)


 打たれても打たれても、下関国際の主将で投手の植野翔仁(しょうと)君(3年)は、三本松打線に立ち向かった。


 六回。3点を失い、さらに1死一、三塁。だが「逃げる考えはなかった」。次打者の内角を攻め、三振。後続も打ち取った。


 半年前は違った。


 2月のある土曜日。昼食後、練習を再開しようとしたときだった。坂原秀尚(ひでなお)監督(40)は、植野君の姿がないことに気づいた。


 すぐに家族に連絡し、コーチらと手分けして捜した。夜になって父敏弘さん(46)が、山口県下関市の自宅前に立っているのを見つけた。


 昨秋の県大会。準々決勝で、同点の九回に本塁打を浴び敗れた。打たれて安心した表情を見せた、と坂原監督から叱られた。「お前がチームの可能性をつぶした。一球の重みを考えろ」


 その後に待っていたのは過酷な冬の練習。部員全員が目標タイムを達成できるまで繰り返す800メートル走。走るのは苦手で、左すねに痛みもあった。「主将として仲間を引っ張れない」。気持ちが切れ、グラウンドから逃げ出した。


 学校に戻り、坂原監督と向き合った。うつむいたまま何も言えなかった。日付が変わったころ、「今は耐えろ。いつか報われるから」と言葉をかけられた。


 「逃げ出した自分に監督はチャンスをくれた。何が何でもやろう」。それからは毎日午前4時半に起き、グラウンドを1日8キロ、3カ月間走った。球のキレが増した。後輩らへの注意もそれまでは気後れしていたが、できるようになった。


 山口大会では常に「自分ではなく、チームのために」と自分に言い聞かせ、初優勝に貢献した。捕手の品川優人(ゆうと)君(2年)は「精神的にも技術的にも、植野さんは変わった」。


 甲子園という大舞台で、植野君は九回を投げきった。試合後、「あのときやめていたら人生が変わっていた。甲子園で野球ができて報われた」と話した。坂原監督は「最も成長した選手。プレーする背中が大きく見えた」とたたえた。(尾崎希海)


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