【今週はこれを読め! SF編】十年目を迎え、ますます好調な年刊傑作選。

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2017年08月15日 18:54  BOOK STAND

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『行き先は特異点 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)』東京創元社
創元SF文庫の《年刊日本SF傑作選》の十冊目。プロパーSFから文芸誌に掲載された奇想小説、ときに同人誌やネットで発表された秀作をピックアップする視野の広さが嬉しい。2015年に日本唯一のSF専門誌〈SFマガジン〉が隔月刊化されるなど、SF短篇を積極的に掲載する媒体が少なくなっているものの、意欲ある書き手はさまざまなかたちで発表の場を見つけ、ときに自らつくりだす。またいっぽうで、SFはもはや----むしろ「もとより」----専門作家だけの特権ではなく、わざわざ「SF」をうたわなくとも、あるいは「SF」を意識せずとも、スペキュレーション(SFセンスや超虚構性といいかえてもかまわないが)を湛えた作品を送りだすクリエイターはいくらでもいる。旧来のジャンルSFという枠組みにこだわらなければ、作品の質と広がりにおいて現代ほど豊穣な時代はないだろう。

 このアンソロジー・シリーズは、選ばれた作品はもちろんのこと、巻末に収められた当該年度の日本SF状況の概観、同じく日本SF短篇推薦作リスト(さまざまな事情でアンソロジーに収録しきれなかったものも多々ある)を含めて、豊穣な時代の息吹をまざまざと伝えてくれる。

 こんかいの注目は、同人誌から四篇もの作品が採られていることだ。北野勇作「鰻」と小林泰三「玩具」は、牧野修・田中啓文両氏が企画した書き下ろし官能小説アンソロジー『こんなのはじめて』に発表された。同人誌とはいえ寄稿者はすべてプロ作家である。「鰻」は粘膜幻想ホラーで、鰻の描写のみならず随所の表現にねちゃねちゃぐねぐねがあって世界全体が異質だ。質感はたしかに官能的だが、小説構造としてはシュールな妄想であり、底なし沼のように怖い。「玩具」は少女の一人称で、無邪気な関西弁のテンポが独特の味わいを生んでいる。「うち」は一緒に遊んでいるうちにあやまって転落死してしまった友だちのみっちゃんを甦らせようと、あれこれするうちに妙な気持ちになってきて......。幼い愛憎と未発達なエロティシズムが迸るが、終盤でモダンホラーへ転調する。

 飛浩隆「洋服」と秋永真琴「古本屋の少女」は、同人誌というか私家版で刊行されたスミダカズキの写真集『OUT TO LAUNCH!』に発表されたショートショート。写真にインスパイアを受けて小説を書く趣向だ。「洋服」は生体砲弾という不可思議な兵器で破滅したあとのポストヒューマン世界の断片を切りとる。異様な状況の説明を最小限にして、不思議な詩情を醸す。「古本屋の少女」は禁制の魔道書をひそかに扱う古本屋の物語。古書がまとう精霊的雰囲気が、埃の匂いとともに伝わってくる。

 商業誌ではあるが、プロ作家が既存の媒体にあきたらず企画したという点、その意図に呼応してレベルの高い寄稿が集まっている点で注目なのが、西崎憲さんが編集長を務める文学ムック『たべるのがおそい』だ。円城塔「バベル・タワー」は、同誌第一号に発表された作品。エレベーターを住処とする縦籠一族の系譜を、十三世紀まで遡って綴る。真面目な顔で大法螺を語る式の作品だが、こまごまとした蘊蓄がもっともらしい。

 山本弘「悪夢はまだ終わらない」は、小説投稿サイト「カクヨム」が初出だ。人気作家である山本さんがなぜ投稿サイトに----といぶかしく思ったが、もともとは児童小説アンソロジーのために書き下ろしたものの、内容があまりに不穏当で編集部から待ったがかかったのだという。仮想現実を利用して犯罪者に反省の機会を与えるというアイデアはほかにもあるが(たとえば西條奈加『刑罰0号』[http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2016/09/20/133648.html])、この作品の「悪夢」感は突きぬけている。子どもが読んだらトラウマになりますね。

 宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」は、セブンスター(煙草)の公式サイトに掲載されたもの。煙草を吸う父親の人生という日常的な物語と、煙状の異種生命とのコミュニケーションという人類規模の物語とを、ひとつ視野のなかで並列的に語っていく。抑制のきいた情緒性と大胆にして精妙なアイデアの展開が鮮やかだ。

 諏訪哲史「点点点丸転転丸」は、日本図書設計家協会の会報〈図書設計〉が初出。一般には流通していない業界誌だけに、その掲載作がこうしたかたちで読めるのはありがたい。中黒(・)が印刷面から逃げだして......。文字奇想小説とでもいうか、トボけた感覚とリズミカルな行文が愉快だ。

 初出媒体がユニークということでは、もしかすると高山羽根子「太陽の側の島」が一番かもしれない。なんと〈婦人公論〉に掲載された作品だ。高山さんは創元SF短編賞出身で、第一短篇集『うどん キツネつきの』が日本SF大賞の最終候補になった注目の俊英だが、「太陽の側の島」は第二回林芙美子文学賞に投じた作品で、みごと大賞を受賞した。マジックリアリズムで綴った「この世界の片隅に」とでもいえばよいか。「この世界の片隅に」は逼迫する戦況を背景にひとりの女性の無垢な視線で日常を綴っていたが、「太陽の側の島」は空襲が激しくなる内地にいる妻と、前線の兵隊として不思議な島に上陸した夫との往復書簡のかたちで物語が進行する。妻は傷ついた異国の兵隊(身体が小さくて少年のようだ)を惻隠の情でかくまい、夫は生者が死者とが共存する島の風習に驚かされる。まったく別個に進行するふたつの物語だがどこかで共鳴しているようでもある。そもそも、ふたりはどうやって手紙をやりとりしているのか? 切なくも美しく、なによりも肯定的な余韻がすばらしい。

 こんかい文芸誌から選ばれたのは、藤井太洋「行き先は特異点」(これが表題作)と酉島伝法「ブロッコリー神殿」だ。藤井さんも酉島さんも現代日本SF界のトップランナーだが、そのふたりが文芸誌から依頼を受け、ともに手加減なしの作品を寄せ、こうして年刊SF傑作選に収録されるというなりゆきが興味深い。

「行き先は特異点」の特異点(シンギュラリティ)は、SFの流行ではAIが人間を凌駕する時点のことだが、この藤井作品はあえてミスディレクション的に用いている。コンピュータの2000年問題と同じような状況が2019年に起こり、IT化が進んだ社会に混乱が生じる。その混乱を、非常に限定された視点(アメリカの片田舎を走行していた自動運転車の不具合)から描きはじめ、手探りで状況がわかっていく過程を筆致は淡々と、しかし内容的にはきわめてスリリングに展望する。この作家が洒落ているのは、いったんはミスディレクション的に用いた特異点を、終盤でAIが人間が把握できない領域に到達する意味での特異点に、さらりとつなげてしまうところだ。その特異点は、これまでSFが考えていたようなAIが超知性を身につけるものではなく、まったく予想もつかぬかたちをとるだろう。

「ブロッコリー神殿」は、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの短篇「いっしょに生きよう」を思わせる、異星植物の知的活動および環境とのかかわり、そして人間型知性とのやりとりを描く。ティプトリー作品については収録の短篇集『あまたの星、宝冠のごとく 』が刊行されたときに紹介した(http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2016/03/08/110504.html)。内容の面でも表現の面でも、「ブロッコリー神殿」はそれを上まわる異様さである。いってみればティプトリーの植物は、まだ人間的すぎるのだ。酉島作品では、植物に生じる知性(〈思職〉と記される)は、生物機能と環境とが組みあわさって器官に宿る一時的機能であり、器官そのものは思職を余剰物と感じ、消し去りたいとの衝動さえ覚える。酉島作品はその異様生態と異様造語が特徴的だが、それはけっして小手先のものではなく(もちろん小手先だとしても超絶だが)、その彼方に哲学的な(認識論的もしくは存在論的な)思惟を含んでいるのだ。

 異星の生態を描いたSFでは、上田早夕里「プテロス」も素晴らしい。昨秋刊行された『夢みる葦笛』が初出で、本欄でもこの短篇集を書評したときに紹介している(http://www.webdoku.jp/newshz/maki/2016/10/04/100734.html)。生態系の造型は凝っているが、「ブロッコリー神殿」とは対照的に物語構成はむしろシンプルで、情景の鮮烈さで読ませる。「SFは絵だねえ」は野田昌宏さんの名言だが、ここでいう絵とは二次元画像のことではない。読者の側に喚起される画像的想像力のことで、ブライアン・W・オールディスがエドマンド・バークを援用していう「崇高美」にも通じる。上田作品はその理想を実現している。

 眉村卓「幻影の攻勢」も短篇集が初出。その『終幕のゆくえ』は、収録作すべてが書き下ろしという贅沢な一冊だ。「幻影の攻勢」というタイトルは、自身の代表作品のひとつ『幻影の構成』のセルフパロディである。このところの眉村さんは「私小説」ならぬ「私ファンタジイ」を標榜しており、この作品も自宅から二駅先にある博物館を訪ねるところからはじまる。日常のなかからするりと非日常へ抜ける運びは、さすがベテランの筆致だ。しかし、生物が絶滅に至る分岐点の「増殖限界指数」を持ちだすあたりは、SFのロジックといえよう。そして、人類の滅亡という巨視的状況を遠望しながら、あくまでも老人の日常感覚を遊離しないのが「私ファンタジイ」の骨法か。作中で「S・KというSF作家が書いた、十二歳を超えた人間がみな消えてしまう小説」が言及されており、オールドファンをにやりとさせる。

〈SFマガジン〉掲載作は、こんかいは三篇。倉田タカシ「二本の足で」、牧野修「電波の武者」、谷甲州「スティクニー備蓄基地」である。

「二本の足で」では、ポストヒューマンのとば口にたったくらいの未来が舞台で、スパムメールが人間の姿をしてやってくる。〈シリーウォーカー〉とよばれるそのスパムは通常見た目で人間と区別がつくが、主人公のひとりキッスイのもとにやってきた彼女は人間そっくりだった。彼女は知りあいだと主張するが、キッスイと友人たちはその覚えがない。やはり人間らしい応答をするようにプログラムされている精巧な〈シリーウォーカー〉か? それとも生身の人間の記憶を改竄してスパムに仕立てているのか? ひょっとして万が一、なにかを勘違いしているだけの人間ということもありうるのではないか? 安部公房『人間そっくり』のような実存的不安を掻きたてるシチュエーションだが、青春小説みたいな甘酸っぱさとホロ苦さが漂うところが面白い。

「電波の武者」は、この作者の十八番の妄想小説。日本SF大賞特別賞を受賞した長篇『月世界小説』とおなじ世界を舞台にしており、言語が現実を浸蝕していく。トポロジカルに歪んだ世界構造と、流れるような電波的書記法が凄まじい。圧倒的迫力という点で、このアンソロジー収録作のうち本作と北野作品とが双璧だが、なんとも恐ろしいことに牧野さんはつねにこれくらいのエネルギーの小説を書いている。

「スティクニー備蓄基地」は、日本SF大賞を受賞した『コロンビア・ゼロ』につらなる、宇宙未来史《新・航空宇宙軍史》の一篇。第二次外惑星動乱のあと、地球を中心とした内惑星側は軍事拠点の防御態勢を急ピッチで進めていたが、限られたリソースが効率よく配分されているとはいえない。火星の衛星フォボスにあるスティクニー備蓄基地も、脆弱性の不安があった。ある日、微弱な震動を観測し、最初はデブリの衝突かと思ったのだが、調査していくうちに外惑星連合の作戦行動が疑われるようになる。それをどう検証し、いかに備えるべきか。限定条件から工学的考察を導く、気韻ただようハードSF。

 漫画が三篇。弐瓶勉「人形の国」、石黒正数「性なる侵入」、山田胡瓜「海の住人」。どれも個性的で面白い。「人形の国」はポストヒューマン+スチームパンクのヴィジョンで、大胆な構図と階調をトバし輪郭線を際立たせるソラリゼーションのような描法で異様な世界を表現している。「性なる侵入」は陰毛が独立した生物だとしたらというネタは、まるでかんべむさしか横田順彌のユーモアSFだが、絵柄が洗練されていて(それでいて親しみやすい)抵抗感なく読める。「海の住人」は未来における人魚の物語で、このアンソロジーに収録された漫画のなかでもっともオーソドックスなSFといえよう。リリカルな後味は、絵で見せる作品だからこそかもしれない。

 巻末に収められているのは、このアンソロジー・シリーズの呼びものである創元SF短編賞の受賞作だ。選考委員(レギュラーの大森、日下の両氏に加え、こんかいはゲストとして長谷敏司さんが参加)の講評も併せて収録されており、それによると、久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」は全員の意見が一致して、すんなり受賞が決まったようだ。

 講評から引用しよう。


 大森望「語り手は人工知性、舞台は宇宙船、メインは超光速航行中の海賊行為と、見慣れた素材ばかり。分量的にも四百字換算で五十枚ちょっとだから、[応募規定の]上限の半分くらいしかない。しかし、無駄に枚数を費やさず、この枚数にふさわしい物語をこの枚数できっちり書ききったことが本編の美点」
 日下三蔵「宇宙船に内蔵されているワープ空間内での戦闘用ロボットを語り手にしたことで、SF的な背景の説明、メアリー・ローズという女性乗務員についてのミスディレクション、クライマックスとなる戦闘シーンの迫力ある描写などが、すべて有効に機能している」
 長谷敏司「アクションで物語がコンパクトに展開していて、面白さややりたいことを全分量に入れた、緊密な作りの作品です。七十四秒のギミックもよいですし、起動していない時間があっという間に経過する時間感覚も、主人公が人間でないことを効果的に表現しています」


 ぼくが読んだ印象としては、コードウェイナー・スミスの傑作「鼠と竜のゲーム」から寓話性を抜いた感じ。ただし、スミス作品は人間の戦士と猫とのパートナーシップが重要で、「七十四秒の旋律と孤独」は独りで戦うロボットだという点が大きく違う。......と思って読んでいると、おっと、この先を言うと怒られる。気になるかたは、実際に読んで確認してみてくださいね。

(牧眞司)


『行き先は特異点 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)』出版社:東京創元社
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