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早押しクイズの微分学 〜4文字でボタンを押す「最速の押し」が「最速ではなくなる」理由〜

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2017年09月13日 11:23  ねとらぼ

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ねとらぼ

写真“ゾーン”に入ったトッププレイヤーはここで「押す」(問題文の続きとその答えは記事中で)
“ゾーン”に入ったトッププレイヤーはここで「押す」(問題文の続きとその答えは記事中で)

 こんにちは、QuizKnock編集長・東大生クイズ王ということになっている伊沢です。


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 『ナナマルサンバツ』のアニメ化などもあり、ここ数年で競技クイズを取り巻く環境も、(少なくとも普及という面では)随分変わってきた。「クイズ研究部って普段何してんの?」と訊かれる機会は減ったし、そもそもクイズ研究部というものがあって、ガチンコでクイズしているということ自体が知れ渡ってきている。僕自身もついつい流されて、専門用語をペロッと言ってしまったりするほどには状況が良くなってきているのである。


 そんな専門用語の中でも、『ナナマルサンバツ』のアニメ作中でよく使われているものの1つが「確定ポイント」だ。これは早押しクイズにおいて、読み上げられている問題を「ここまで聞いたら100%答えが確定する」という問題内の箇所のこと。例えば、


 「カリフォルニア州クパティーノに本社を置く、iPadやiPhoneなどの製品で知られる世界的なIT企業といえばどこでしょう?」→「答え:Apple」


 という問題があるとすると、この問題の確定ポイントは「カリフォルニア州クパティーノに本社/」である。もちろんクパティーノに本社を置いている企業が複数ある可能性はあるが、この場合はAppleがあまりにも有名なので無視できる程度の可能性としている。


 この「確定ポイント」ぴったりで押すのが早押しクイズの理想である。クイズ界の定説である。


 しかしここ数年、戦略的な変遷に伴い、この確定ポイントへの見方も変化が生じてきた。結果だけ端的に述べるなら、理想的な早押しタイミングは確定ポイントより前側に進みだしたのである。最速の新たな扉が開いたのだ。


 ということで今回は、「早押しクイズの最速が、どのように追い求められてきたか」を最新の研究を交えて探りたいと思います。


 そしてその結果われわれは、「最適解は、それ自体が存在することにより最適ではなくなる」という構図にたどり着くのです。一体それはなぜか。いきましょう、ふしぎ・発見。


●「最速」をどう定義するかだ


 まず、ある問題を「誰よりも早く押す」ということについて、正確に定めていこう。野放図な状態で議論を始めると、「読み上げられた瞬間に押す。カンで答えれば当たる可能性はある」となってしまう。


 「早押しクイズ、どこまで早く押せるか」論争は、正解率についての決め事なしには行えない。ここでは、「8割以上の確率で正解できる押し」でなければならないと、いったん仮決めしておこう。この過程は後々変化させていく。


 先にも述べたように、早押しクイズにおける理想の押し(スラッシュやポイントとも)は「確定ポイント」と呼ばれる。ここまで聞けば100%正解になる、という最速の押しポイントのことである。この「確定ポイント」というのは議論を突き詰めていけば一カ所に定まるものであるが、全ての人間が同じ問題について同じ確定ポイントを想定できているわけではない。


 アニメ『ナナマルサンバツ』では、


 「京都三大祭といえば、5月の葵祭、7月の祇園祭と10月の何でしょう?」→「答え:時代祭」


 という問題において、「7月の頭の『し』」が確定ポイントとして紹介されていた。しかし、この問題についてトッププレイヤーが想定している確定ポイントは「5月の『ご』」である。


 「ご」から始まる京都三大祭はないので単純に祭りを並列させた問題ではないと分かるし、「5月」に言及している時点で「時期順に三大祭を並べている」ことが分かるのだ。トッププレイヤーは「5月」が読まれた段階で既に早押しランプを点灯させているだろう。


 このように、最速を定義するにはまず、定義する側がある程度知識を持っていて、いろいろな可能性をつぶせる人間でなければならない。逆にいえば、あまたあるクイズの問題の全てにおいて「確定ポイント」が統一的に明示されている、というようなことはないのだ。その点は決まり字が明らかになっている競技カルタとは違う要素だろう。


 逆にいえば、どのような問題が出てきても競技クイズの文脈の中では「確定ポイント」が定義可能である。百人一首は百枚であることにより確定ポイントを作り出すが、競技クイズはあくまでその一文に含まれる知識要素の中に確定させうる要素が入っているのである。


●「確定ポイント」から「ここで押せる」への変遷


 では、話を一歩進めて応用編に入ろう。


 端的に言ってしまうと、現在のフロントラインにおいて「確定ポイント」という単語はあまり使われていないのだ。現在それとほぼ同義の言葉として「ここで押せる」「ここで押す」が使われている。なんとも締まりがないが、適切な名詞表現はない。


 なぜこのような表現が使われるようになったのか、その答えは先ほど定義した「正解率」にある。


 競技クイズにおける2015年以降の誤答戦略の変遷については以前の連載で書いた通り、「序盤から一定のリスクを織り込んだ早押しスタイルを徹底する」ものへとたどり着いた。現在のメインの潮流といえるだろう。


・過去記事:なぜクイズプレイヤーは2015年から誤答するようになったのか? またはクイズとテクノロジーのいとも奇妙なる蜜月


 ことばもこれに対応したのだ。いま議論すべきは100%確実に正答となる「確定ポイント」ではなく、80%程度の正答率になるとしても高確率で正解にたどり着き、かつ相手に押し勝てるポイント、つまり「俺ならここで押せる」なのである。


 もちろん、決め打ちで当たりそうなことと「ここで押せる」とは全く別の概念だ。先ほどの問題でいうならば、「京都三大祭とは、」で押してしまい「時代祭」と答えることは「ここで押せる」の対象外だ。無限問のクイズの海を前に、それでも言葉のつながりなどから理論的に導き出された「ここまで聞けばほぼ正解だろう」というポイントが「ここで押せる」なのだ。


 「ここで押せる」と確定ポイントとの違いはこの確率面にあるが、この場合どれくらいの確率なのかは明確にされていない。


 これは、未知のクイズが誕生することや、出題者が持つ「美しさ」の感覚がズレていた場合などへのヘッジであり、おおむね「微小なリスク」とみなして良い(このあたりの話は、先ほどの誤答についての連載を読んでいただきたい)。


 また、「確定ポイント」が普及しすぎたことにより確定ポイントでの押し合いをしているようでは勝てなくなってきた。これが、確定ポイントの一歩先である「ここで押せる」ポイント開拓のきっかけとなった。


 このあたりを踏まえても、確定ポイントの延長上の概念でありながら、それを現代の戦術論に発展させたのが「ここで押せる」と言っていいだろう。


●早押しクイズ最適化問題を解く


 では、実際の「ここで押せる」について見ていこう。


 「ここで押せる」を解説する際に欠かせないのが「ゾスラ」である。ゾスラとは「ゾーンスラッシュ」の略で、簡単にいえば「ゾーン状態に入っているならここでバシッと押せるぜ」ということだ。「ゾスラ」はそのようなゾーンスラッシュ部分で問題文を止め、その問題の正解が何かを当て合うクイズプレイヤー同士の遊びである。例えば、


 「いまにお/」


 というお題が出る(音声で聞くものなので、ひらがなで書くのがルール)。/(スラッシュ)はここでボタンが押され問題文が区切られたことを表す。ゾスラはまさに「ここで押せる」ポイントで問題文が切られており、その先をゆっくり考えながら予想するという実践的なトレーニングなのだ。


 では、このゾスラ「いまにお」を例に、「ここで押せる」の具体的構造について確認していこう。


 「いまにお」の答えは「佐渡ヶ嶽部屋」である。想定される続きの問題文は、


 「『今に王になれ』という願いを込めて、所属力士の四股名に『琴』の字をつけている相撲部屋はどこ?」


 となる。


 「いやいやいっぱいあるでしょ他にも!」という言説に対してきっちりと返答していこう。


 まず注目したいのは「今に」だ。現在の口語表現では「今に○○」という表現は用いられない。「今にも」とくれば口語の範ちゅうに入るが、「いまにお」なのでそれも当てはまらない。となれば、ここの今にを日本語とみなせば「今に〜」は何か固定の言い回しであることが分かる。


 脳内変換ミスも怖い。「居間に」で始まるパターンを考えてみよう。「居間に大きな〜」「居間にお父さんが〜」……あまりクリティカルな発見はない。「居間に置かれることが多い〜」→「ちゃぶ台」とか? あまり必要性のない説明になってしまうし、これも却下。こういう方向性だと、多少無理すれば選択肢が増えることはある。実際の早押しでは「今」と「居間」はイントネーションが異なるため、このような変換ミスは起こらないだろう。


 次に気にしなければならないのが、何らかの固有名詞であるパターン。「イマニオ」や「今鳰(いまにお)」? 幸い、Googleで検索してみたところイマニオはヒットしなかった。この可能性はない。


 このようにしていろいろな選択肢を削った結果、「いまにお」という4音から始まる問題は「佐渡ヶ嶽部屋」だろう、となるのである。


 そして同時に、これがこの問題の「ここで押せる」ポイントだ。考える過程でも解説したように、これが100%ではないかもしれない。しかしながら、このポイントで押せたとしたら「佐渡ヶ嶽部屋」で正解できる可能性も高いだろう。


 とまで書いたが、ここで問題がある。本当に「いまにお」でボタンを押そう! と思い、かつ実際に押せるかという問題だ。ゾーンに入っていることを想定したスラッシュなので、実際にこの押しをすることはかなり難しい。この瞬間に答えはほぼ確定しているが、確定ポイント以上に実際やってのけるのが難しいのが「ここで押せる」ポイントなのだ。


 とはいえ、このような押しが実際の大会でさく裂することも少なくはない。当記事の問題提供者である佐谷政裕さんも、学生ナンバーワンを決める大会「abc the 14th」の決勝において、あと一問正解で優勝という状態で2人が並び立った状況で「まぐちがせま/」→「うなぎの寝床」というゾーンスラッシュをさく裂させている。大舞台ゆえのスーパープレイというものもまた存在するのだ。


 以前も書いたように、録音などによる「耳学問」が押しのスピードを早め、ゾーンスラッシュでの「ここで押せる」押しは、より現実的に体得可能なものとなってきたのだ。「ここで押せる」理論が先なのか、それとも体得されたものが「ここで押せる」論となったのかは分からないが、ここ数年で早押しクイズにスピードイノベーションが起きたことは明らかである。


●消えた最速スラッシュの謎


 ここからは少々話がぶっ飛んでいくが、僕が今回一番興味深いと思っている部分であり、意味ある思考実験であるはずなのでぜひお付き合い願いたい。


 いま、先ほどの「佐渡ヶ嶽部屋」の問題を「いまに/」だけで押すことを考えてみよう。「いまにお/」の「お」を聞かない、ということだ。


 「お」を聞かないことで、先ほど切り捨てた「今にも○○」という口語表現は当然カットできなくなる。


 パッと思い付くものでは、「今にも何かが成し遂げられそうな状態のことを、ある時間の単位を使った言い回しでなんという?」→「秒読み」などが可能性として生じるだろう。しかも「いまに/」で押して「も」が聞こえてしまった場合、「今にも」だけでは正解にたどり着けない。


 また、「今に〜」で始まるフレーズ表現が他にもあるかもしれない。他のフレーズと比較してみた時、やはり「今に王になるように」の知名度、出題したときの面白さに軍配が上がるだろう(相撲だけに)。しかしながらそれは絶対的ではない。「今に『お』」まで聞けた状態とその後が分からない状態ではかなり絞り込みに差が出てくるだろう。


 このような点から見ても、一文字ポイントを早めるだけで状況が全く変わってくる。一度開発された「ここで押せる」は、なかなか前に進まないだろう。


 一方で、そのような良質な「ここで押せる」は皆に知れ渡るスピードもまた早い。大会でその押しが披露されたり、SNSなどで面白いゾスラとして広まったりすることで、「ここで押せる」の体得者が増えていくのだ。


 するとどうだろう、最適化されたポイントであったはずの「ここで押せる」は、競合他社多数のレッドオーシャンとなり、そこで押してもランプを点けられる可能性は下がっていく。ここにおいて、「いまにお」で押していては最速たりえなくなるのだ。


 とはいえ、前に述べたように「いまにお/」よりスラッシュを早めるのは危険な行為だ。研究され尽くしたポイントであるからしてここから先に進むとぐっとリスクは上がってくるだろう。


 でも、僕は最速のポイントが早まると思う。「いまに/」で押して「佐渡ヶ嶽部屋」で正解が取れる様子を見た人のなかで、次に同じ出題がされたとき同じところで押そう、と思う人は少なくないだろう。知識上位のプレイヤーは押しのリスクなども考えて避けるかもしれないが、知識で劣るプレイヤーはスピード勝負に勝たなければリードが見えてこないので、この押しを実践する――いや実践せざるをえないはずだ。


 競技クイズにおいては一問の問題で早押しランプを点けられるのは一人であり、すなわち最速を取れない限りそれは最適ではないのだ。ボタンを押された瞬間、押し負けた全てのプレイヤーはその問題に対するコミット権を失う。まずはボタンをつけること、これがクイズの基本だ。


 このようにして、スピードに賭けているプレイヤーがこの押しをしだすと、それが広まりスタンダードとなっていく。確率的に分がいいとまでいえない状況だとしても、その動きは止められないだろう。「いまに」で始まる定番問題が新たに誕生しない限り(そしてそれは今のところ存在しないので)、「ここで押せる」のその先がジリジリと開拓されていくのだ。


 つまり、研究による最適点は、それが生み出された瞬間から徐々に腐敗を始める。共通認識になればなるほど、ランプを点けるための意識は前のめりになっていくのだ。


 こうして、早押しクイズ最適化問題の微分はうまくいかない。数学で言うところの病的関数のように、連続的であるにもかかわらずどこが明確に極値になるか分からず、それゆえにスラッシュは最適化できない。ある段階で「ここが最適」という共通認識が生まれると、実際の勝負ではそのポイントに先んじなければいけなくなるため自ら最適ではなくなるのだ。


●まとめ


 今回の結論はズバリ「最適最速の押しは、それ自体が広まることによって最適最速ではなくなる」である。あくまで理論上ではあるが、競技クイズのもつ性質により、最適は長くは存在し得ないのだ。


 もちろん、これは半分以上おとぎ話で、現実的に起こっているかどうかは分からない。あくまで仮説だ。


 でも、複数回出題される問題に対してこのようなアプローチが可能であることは事実であり、ミクロな面に注目するとクイズとはかくも奥深いものなのか、ということが感じられるであろう。この最適スラッシュの自己崩壊が果たしてクイズという競技の成立に悪い影響を及ぼすのか、それともさらなる戦術進化を生むのか、結果は分からないからこそ思考実験自体が大事だ。


 クイズというのは、ただ問題を出して答えて、を繰り返す単調な競技ではない。クイズ文化という大きな枠組みの中で、潮流が生まれ、戦術が伝播(でんぱ)することで競技クイズそのものが変容していく、非常に社会的な営みなのだ。


 嗚呼奥深きクイズの世界。前回の連載でも書いたが、「しょせんクイズ」と思わずに他の文化系競技に対して「こっちも負けるか」の精神で高めていく価値のあるものだと、僕は思う。そのためにも、まずはこの連載で少しでも競技クイズ世界の最先端をお見せできれば、と思っています。


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