ホーム > mixiニュース > スポーツ > 格闘技 > 苦節9年。未完大器・岩佐が悲願の世界王者「山中氏に敗れたから今がある」

苦節9年。未完大器・岩佐が悲願の世界王者「山中氏に敗れたから今がある」

1

2017年09月14日 06:12  THE PAGE

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

THE PAGE

写真岩佐(右)の左カウンターが王者・小国(左)の作戦を潰した
岩佐(右)の左カウンターが王者・小国(左)の作戦を潰した

ボクシングのダブル世界タイトル戦が13日、大阪のエディオンアリーナ大阪で行われ、IBF世界スーパーバンタム級戦は、挑戦者の同級3位、岩佐亮佑(27、セレススポーツ)が、王者の小国以載(29、角海老宝石)から3度のダウンを奪い、6回2分16秒、TKOで破り新王者となった。習志野高時代に高校3冠。将来の世界王者間違いなしと言われていた未完の天才サウスポーは、前WBC世界王者、山中慎介(帝拳)に敗れ敵地での世界戦に失敗するなど、数多くの挫折と試練を乗り越え苦節9年にして悲願のベルトを腰に巻いた。初防衛に失敗した小国は、試合後、引退を表明した。
 


 ゴングと同時に奇襲をかけたのはチャンピオンの方だった。
 小国は一気に前に出て、ワンツーを放つ。その右が岩佐の顔面を捉えた。さらにプレッシャーは続く。しかしそれは、岩佐陣営にとって願ってもない展開だった。

「おい、出てきてくれたよ」。コーナーでセレス小林会長がにやついて加藤トレーナーにつぶやく。
「会長! しかも、小国の足が動いてないですよ」

 ラウンドの終盤、“宝刀”左カウンターが炸裂した。小国はダウン……。

 第2ラウンドに入っても小国の作戦に変化はなかった。
「1ラウンドは岩佐の距離、2ラウンドはちょっと近くなったんだけど」(セレス小林)
 ボディを絡め変化をつけながら突進されると困ったかもしれないが、正攻法で攻めてくる小国が、サウスポーの岩佐の正面に立つと、もう逃げられない。絶好の標的である。
 また左のカウンター。小国は尻餅をついて2度目のダウン。さらに、この回の終盤にも同じパターンで右を放ってくる小国にドンピシャの左。3度目のダウンを奪う。
「練習してきたパンチだけど、あれだけ綺麗に当たるとは思っていなかった。2ラウンドはたまたま。(出て)来てくれから、こちらの作戦にはまった」

 しかし4ラウンド、5ラウンドと、もう後のない小国が、「何かが起きないか」と捨て身の反撃を仕掛けてきた。岩佐は、いい左を一発、アゴにもらっている。
「予想以上に(小国は)強気だった」
 岩佐の闘争本心に火がついてしまうところをセレス会長がおさえた。

5ラウンド終了後のインターバル。
「相手は、あれしかないんだから、つきあうな、打ち合うな。やってきたボクシングに立ち返れ」
 気がはやって“行き過ぎる”のが岩佐の欠点でもある。
「その声で冷静になった。打ち合うと僕はパンチをもらう悪い癖があるので」

 それでも無敗のグスマンに打ち勝った小国のパンチを受け止め続けるだけの余裕はない。
「心も折れかけた。大丈夫、大丈夫!と自分に言い聞かせていた。ディフェンスだけを意識してね。パンチは見えていた。だからあえて笑ってみせたりした」
 セコンドからしきりに声が飛ぶ。
「足を動かせ」「頭をふれ」「右を打て」「スピード」

 そういう基本を重ねるのが岩佐のボクシングである。
 6ラウンド、距離をはかって岩佐が左を打つと、小国の唇が裂かれた。大流血。みかねたレフェリーが試合を中断してドクターチェックを要求した。

「チェックされた段階で止められると思った。たらこみたいな唇。ありえないくらい血がでたので」と小国は敗戦を覚悟、岩佐も「出血がすごかったので止めるかも」と思ったという。
 2人の予感どおりに「トータルでダメージ。前の回からも兆候があった」と、ドクターストップがかかり、レフェリーはTKOを宣言した。

「長かった。この世界は、世界王者にはなれる人となれない人。どっちがひとつ。なれる人だと確認できてホッとした」

 岩佐は、控え室の中で興奮気味にそう語った。

 一方、体育館の通路の椅子に腰をかけた小国は、「完敗。岩佐は上手いなあ。うまくタイミングをずらして当ててくる。やっぱりサウスポーが苦手で反応できなかった。百発百中もらった。アホみたいに打ちにいって、アホみたいに打たれた」と、タオルであふれる涙を拭った。


 結果論で言えば、小国陣営の作戦ミスである。

 自らのスタイルを崩した王者と、スタイルを守った挑戦者のコントラストが勝敗につながった。
しかし、そこに至る伏線があった。2人の間にあった因縁という名の過去が一人歩きしていたのである。

 小国は、神戸第一高時代に当時中学3年の岩佐とスパーリングをしてボコボコにやられた。岩佐が名門習志野高に進むと、小国が高校2年、岩佐が1年時の選抜大会の2回戦で対戦。岩佐が18−8の大差で圧勝している。その後、2人共にプロへ進み2年前まで頻繁にスパーで拳を交えたが「大嫌い。やられた記憶しかない」と、小国の肉体と精神に苦手意識がますますトラウマとして強く刷り込まれた。

 岩佐との指名試合が決まってから似たサウスポーをパートナー呼び対策をスタートさせたが、岩佐への苦手意識は、サウスポーへの苦手意識にまで広がり、もう手がつけられなくなっていたという。
「サウスポー対策を考えたがダメだった。岩佐に普通にボクシングをやって長い勝負になると勝ち目がない。いちかばちか。1ラウンドから4ラウンドまで前に出て全力勝負しかなかった」
 岩佐にとっておあつらえ向きの作戦しか手がなくなっていたのである。

 一方、岩佐は万全の準備をしていた。

 参謀は、卓越したボクシング理論を持つ元WBA世界Sフライ級王者のセレス小林氏である。
「出てきても、出てこなくても、どちらでも大丈夫なように想定していた。サウスポーが苦手なボクサーは、それが関係なくなるよう距離を潰したいので、前に出てくることも考えられるけれど、どちらかといえば出てこない場合を考えていた」

 相手の攻撃を外してから攻めるのが小国のスタイル。本来、ファイターではない。出てこず、おそらく「右ボディから左フック」のコンビネーションを軸に攻撃してくると想定していた。また「サウスポースタイルでくるかもしれない」という奇策まで頭に入れてシミュレーションをしてきたが、実際に小国陣営が採用したのは、岩佐にとってもっともありがたい「出てくる」というファイター作戦だったのである。

 ただ、小国陣営にも誤算はあった。

「岩佐は、パンチもないしスピードでは上回れると思っていた。でも熱くなって力んだ。もっと下(ボディ)を打つべきだったが、上ばかりになって。最初のダウンで構想が崩れてしまった」と阿部トレーナー。

 ボディも絡めたインファイトを想定していたのだが、ワンツーで前に出るだけでは、それこそ絶妙の当て勘とスピードを備えたカウンターを武器とする岩佐の餌食になるだけだった。
「初回にダウンを奪われたけど、何がが起きると思って、第2ラウンドも距離をつめた。4ラウンドに当たった? もう巻き返すだけの力は残っていなかった。すっきりしている」
 小国は、ギャンブルに思えた玉砕作戦に悔いがないという。


 苦節9年、いや14年か。

 岩佐は14年前、セレス小林が柏に新設したジムに中学2年で入門した。
 中学卒業時の文集に「25歳で世界チャンピオンになる」と書き、名門、習志野に進み3冠。右利きのスタイリッシュなサウスポーは、「将来間違いなく世界王者になれる大器」と呼ばれ続けてきた。

 プロ転向8連勝の勢いのまま、6年前、当時、日本バンタム級王者の山中慎介に挑戦した。今なお語り草になる伝説の日本タイトル戦である。岩佐は序盤、左のカウンターで山中をぐらつかせたが、左を徐々に被弾してセレス小林会長がタオルを投げ込んだ。その後、山中は“神の左”と呼ばれ13度連続防衛の日本記録に迫るスーパーなチャンピオンとなり、岩佐はスランプを経て、2年前にようやく初の世界タイトル戦にたどりつくが、イギリスの港町の大アウェーの中でのWBA暫定王座決定戦でハスキンスに6回TKO負けを喫した。

「僕より後からデビューした選手が次から次への世界王者になっていく、井上(尚弥)もそうだし、京口(竜人)もそう。悔しい気持ちがあった。我慢して愚直に努力するしかないと思っていた」

 激しい嫉妬心。大手ジムのような資金力もなく、地道に挑戦者決定戦から這い上がるしか道はない。

 セレス小林会長にも葛藤があった。
過去に世界王者が指導者となり世界王者を育てた例はたった5人。名王者、名トレーナーになれずのジンクスもあった。「岩佐を世界王者にできないようじゃ、俺も終わりだ」
 
 だが、ひとつの転機が訪れる。最初の世界挑戦失敗後に階級をひとつ上げたのである。
 
 転級を強く進言したセコンドの安齋氏(焼くべえ社長)が言う。

「彼は黄金のバンタムという階級へのこだわりが凄かった。いつか山中へのリベンジという気持ちもあったんだと思う。でも10キロを超える減量で、リングに上がる前にすべてを使い果たして足も動かなくなっていた。岩佐の左のカウンターは、足が動いてこそ。だから、もうこだわりを捨てて階級を上げろ!と」

 減量苦から解放された岩佐は輝きを取り戻す。

 試合直前。セレス小林会長は人払いをして岩佐と2人きりで向かい合った。

「世界にしか見えない景色がある。俺はそれを見た。おまえもそれを見てみろ。トレーナーとして、俺にもう一度、トップの景色を見させてくれ」

 苦節9年。プロ16戦目にして2人の悲願は達成された。

「あの山中さんとの試合があって今の僕がある。あそこから僕はなれる人なのか、なれない人なのか、悩んできたこともあったが、遅かれ早かれ、なれる人であったことを証明できた」
  


 試合後、小国は「引退します」とグローブを吊るす決意を即座に表明した。鈴木会長も了承した。
「岩佐は強かった。最後が岩佐で良かったかな。世界王者であるプレッシャーもすごかった。重い荷物を降ろせてすっきりしている。次? 仕事募集しています!と書いておいてください」
 最後の最後までユーモアを忘れず小国はとてもプロらしかった。

 敗者は引退を決意し勝者は未来を語った。
 
「ここからがボクシング人生の第2章がスタート。ここからが長い。海外で勝てるようなボクサーになりたい。大きなジムとは違いますから、リスクを恐れずチャレンジして強い王者になりたい」

 大晦日に予定されている初防衛戦の相手として、この日のアンダーカードで、4年前に亀田興毅との世界戦で善戦したバンタムの世界ランカー、パノムルンレック・CPフレッシュマート(33、タイ)を8回TKOを倒した元東洋太平洋スーパーバンタム級王者の和気慎吾(30、FLARE山上)が名乗りを挙げている。
 
 2人はプライベートで仲のいい親友でもあるが、岩佐は拒否反応を示した。

「日本人との防衛戦は考えたくない。もしやるならば、IBFは挑戦者決定戦と言う制度があるんだから、挑戦者決定戦を勝ち抜いてきて欲しい」

 2度もアクシデントで流れたが、自ら挑戦者決定戦を予定して、指名挑戦権を獲得してきただけに、このコメントにも説得力がある。

 セレス小林会長が言う。

「有名にならなくていい。強くなりたいと言ってきたボクサーだから」

 いかした響きだ。

 トレードマークだったパンチパーマからは、もう卒業したそうだが、Jポップやラップでなく長渕を入場曲に使い、トレンドなどというものに背を向け、昭和の匂いを感じさせる愚直な27歳。

「勝てばフェラーリ」の後援者との公約も、昔ながらのボクサーらしくていい。

 フェラーリのことなんか忘れてただろ?

 控え室でそう聞くと、ギラつく金のネックレスをクビに巻きながら岩佐は言った。

「いやいや。やった! フェラーリだ! と思いましたよ(笑)。でも色々維持費が高くつきそうで」

 ついに開花した未完の大器の第2章が楽しみである。 

 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)   


あなたにおすすめ

このニュースに関するつぶやき

  • >WBA暫定王座決定戦 ちがうよ、IBFだよ。山中との日本王座戦は本当にいい試合だった。日本人とは乗り気じゃないかもしれんけど、次はその山中とやったら?
    • イイネ!0
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(1件)

チケット情報

チケット

FYT(ファイト)のチケット

チケット出品&リクエスト受付中

ニュース設定