日本が急接近するインドが「対中国」で頼りにならない理由

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2017年09月20日 06:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ニューズウィーク日本版9月20日発売号(2017年9月26日号)は「対中国の『切り札』 インドの虚像」特集。中国包囲網、IT業界牽引、北朝鮮問題解決......と世界の期待は高まるが、本当にインドでいいのか。この特集から、中国を牽制する存在として日本が期待を寄せるインドの覚悟と実力に関する記事を転載する>


甘く見るなよ。インド政府はこの夏、中国に対して今までになく強気な姿勢を示した。6月半ばに中国軍がブータンとの国境周辺で、戦略的道路の建設に着手したときのことだ。


小国ブータンを守る立場のインドは、対抗して現地に軍を進出させた。すると中国側は「歴史の教訓に学べ」という遠回しな表現でインドに警告した。55年前の国境紛争で中国軍に惨敗した経験を忘れるな、というわけだ。しかしインドのアルン・ジャイトリー国防相はこう言い放った。「1962年の時とは状況が違う。2017年のインドは(当時と)違う」


日本の安倍晋三首相は、その「今のインド」と経済および安全保障面での関係を深めようとしている。しかし、インドには本気で中国と直接対決する覚悟と実力があるのだろうか。とりわけ東シナ海や南シナ海の問題(インドにとって経済的な利害関係はあっても領有権争いは無関係)で、日本と歩調を合わせられるだろうか。


よほどインド好きなのだろう、安倍は07年の訪印時に首都デリーとムンバイをつなぐ「産業の大動脈の構築」を提案するなど、早くからインドの経済的・軍事的な台頭に期待を寄せてきた。また現在のインド首相ナレンドラ・モディとは気が合うらしい。モディ政権もイスラエルおよび日本との連携強化を重視している。


そして2人とも、国際舞台における自国の役割を新たな高みへ導きたいと思っている。安倍は第二次大戦後の日本に課せられてきた軍事力行使の制約を外そうとしているし、モディはインドを「外交面における第三世界の代表」から真の大国に(願わくは国連安全保障理事会の常任理事国に)したいと考えている。


確かに変化の兆しはある。ジャワハルラル・ネール大学(デリー)のスリカンス・コンダパリ教授によれば、07年にインド議会で演説した安倍が日本からインドへと連なる「自由と繁栄の弧」を提唱したとき、当時のマンモハン・シン首相はむしろ「平和と安定」を強調していた。しかしモディは14年に訪日した際、両国が力を合わせて民主主義を広めようという安倍の考えに賛成し、「18世紀の思考法を引きずり、(他国の)海域を侵したがる者たち」を強く非難している。


とりわけASEAN(東南アジア諸国連合)との関係を「戦略的パートナーシップ」に格上げした12年以降、モディ政権は安全保障上の問題で東南アジア諸国と歩調を合わせてきた。南シナ海における領有権争いでも、ベトナムを一貫して支持している。そしてアメリカでも、インド洋における米軍とインド軍の協力関係を正式な同盟関係に格上げすべきだとの議論がある。何しろ世界の石油輸送の6割以上がインド洋を通過しているからだ。


【参考記事】インドの性犯罪者が野放しになる訳


中国にまだまだ追い付けない


「インドの貿易の50%は南シナ海を通過しているのだから、そこに関心を持つ正当な理由がある」と言うのは、中国研究所(デリー)のジャビン・ジェイコブだ。南シナ海における航行の自由や領有権など、あらゆる問題でインドは「国際法に従うという立場を明確にしている」とも語る。


しかし、今のインドがいくら強気の姿勢を見せても、インドと日本の同盟で中国に対抗できるようになるのは遠い先の話だろう。


もちろん、62年当時と今では状況が異なる。あの頃インド軍の兵士にはヒマラヤ山脈の高地で戦うのに必要な防寒具さえなかった。今は違う。しかし今でも中国より、経済的にも軍事的にもずっと遅れているのは事実だ。


200万人超の現役兵士を抱える中国人民解放軍は、インドの常設軍(予備役は含まず)の約2倍の規模だ。保有する戦車の数は、インドが約4400台なのに対し、中国は6500台。戦闘機はインドが約1500機で、中国が2500機だ。


フリゲート艦と駆逐艦はインドの保有数がそれぞれわずか14隻と11隻。対する中国は51隻と35隻を誇る。そして7月にインド議会に提出された報告書によれば、全面戦争が始まった場合、インド軍の保有する弾薬はわずか10日で尽きてしまう。


しかし、とコンダパリは言う。インドには中国を軍事力で制しようなどという気はない、ただ抑止力になる程度の軍備を備えたいだけだ。「中国が圧倒的な軍事力を持っているとはいえ、戦闘になれば(中国側にも)多大な犠牲が出ることになるだろう」


これを踏まえて、インドと中国とブータンが国境を接するドクラム高地で中印部隊がにらみ合いを続けた一件(8月に相互撤退で合意)を考えると、インドは少なくとも国益に関わる限り「やれるものならやってみろ」という態度で臨むことにしたようにみえる。


過去10年ほど中国は「国境侵犯」などでたびたびインドに不意打ちを食らわしてきた。またパキスタン支援を通じて間接的に、イスラム系武装勢力のカシミール地方への侵入を後押しした。


しかし今回は、インドが先にブータンへ戦闘部隊を派遣した。さらに中国が膠着状態の打開策として提案した無条件撤退を断固拒否。それどころか相互撤退の条件として、強硬姿勢で中国側に建設機材の撤去をのませた。


ただ、そうは言っても、今のインドには日米間のような軍事同盟に加わるつもりはないし、今後もないだろう。NATOは当初、第二次大戦後の東西対立を背景に発足した。だが、もしアジアに同種の組織ができたら、大きな挑発となる。


その上、インドはアメリカを信用し切っていない。パキスタンへの援助を続けているし、ブッシュ、オバマ、そしてトランプと、米政権は3代続けてインドと「戦略的パートナーシップ」を構築したり、解消したりしている。


【参考記事】インドのしたたかさを知らず、印中対決に期待し過ぎる欧米


インドはインドの都合で動く


パキスタンとの険悪な関係や、ヒンドゥー・ナショナリズムが高まるなかでのイスラム教徒の人口増加も事態を複雑化させる要因になっている。


モディの下でインドは、イスラエルとの関係強化を模索してきた。国内のイスラム人口増加で、被害妄想気味なヒンドゥー・ナショナリストがイスラエルに接近するのは自然なことだ。


一方で中国は、インドと対立するパキスタンに肩入れする。だから中国とインドの仲たがいは続く。それでもカシミール紛争やテロ絡みの問題を解決する上で頼りになるのは、アメリカではなく中国かもしれない。そうであれば「反中国」での同盟形成には動きにくい。「中国と友好関係を築くのは難しいが、協力しなければならないことは分かっている」とジェイコブは言う。「誰かの都合では動かない。私たちには私たちの都合がある」


経済面も同じことだ。軍事面以上に経済面では中国が圧倒的に優位だ。経済規模を見ればその差は歴然。中国のGDPは11兆1990億ドルで、インド(2兆2640億ドル)の約5倍。日本企業は投資先を中国からインドや東南アジアにシフトし始めているが、8万社ほどの日本企業による対中投資額は既に1000億ドルを超えるし、日中貿易額は今や年間3500億ドルを超える。


他方、00年以降に日本企業がインドに投資した額は250億ドルにすぎず、現在の日印貿易額はわずか160億ドル。一方で中国からインドへの直接投資は急速に伸びており、中印貿易は既に700億ドルを超えている。


とはいえ、対中バランスを取る上でインドが果たせる役割がないわけではない。中国経済の急成長は終わりに近づいている。インドの経済発展はまだ始まったばかりで、将来有望だ。


もし、モディが経済改革に失敗して、投資家たちが期待したような成長を遂げられなかったとしても(そうなる可能性は高まっているが)、向こう数十年は5%成長が続くだろう。そして日本は、世界中の誰よりもその恩恵にあずかることができる。


4年ごとの選挙に振り回されるアメリカは長期の戦略を立てにくいが、とジェイコブは言う。日本企業は気が長く、現に自動車のスズキはインド市場で(アップルを除けば)どのアメリカ企業よりも成功している。


中国に対抗するために、日本やアメリカがインドを自分の陣営に引き入れたいと本気で考えるならば、時間がかかることを覚悟しなければならない。一朝一夕にはいかないだろう。


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【参考記事】インド「聖なる牛」の闇市場


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ジェーソン・オーバードーフ(ジャーナリスト)


このニュースに関するつぶやき

  • 3兆円ばら撒いてるだけじゃん。
    • イイネ!5
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