巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。
第72回 何より怖いのは「ヘイト慣れ」
「一日も早く、この世の中の人種や性別などへの偏見がなくなってほしい。」by水原希子
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【センテンスの生い立ち】
モデルで女優の水原希子さんが出演しているサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のCM動画のtweetに、「日本人を使え」などの差別的なコメントが殺到。さらに、ヘイト投稿を批判するコメントも多数寄せられ、大きな騒ぎとなった。サントリー広報担当者は「Twitter上でキャンペーンの趣旨と異なるコメントが多く付いていることを残念に思っております」とコメント。水原本人も自身のTwitterで、反論(?)のメッセージを投稿した。
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【3つの大人ポイント】
- 直接的な反論ではなく静かに自分の考えを述べている
- 自分を攻撃している人たちをも大きく包み込んでいる
- マイナスの出来事を跳ね返して、プラスに変えている
日本以外の出自を持つタレントさんが出ているCM動画のtweetに、「エセ日本人」「また、日本人モドキだよwwwww」といった差別的なコメントが大量に寄せられる──。これはどう見てもどう考えても、かなり情けなくて恥ずかしい状況ではないでしょうか。騒動のピークから少し経った今、落ち着いて振り返ってみましょう。
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水原希子さんはアメリカ人の父親と韓国人の母親を持ち、アメリカで生まれました。彼女が出演しているサントリー「ザ・プレミアム・モルツ」のCM動画が、Twitterにアップされたのは9月7日。ほどなく、大量のヘイトコメントと、ヘイトを批判するコメントが入り乱れ、そんな状況がネットのニュースになりました。今の日本には、少なくともネットの中には、差別意識を平気でむき出しにする「残念な人たち」があふれています。そして、見ている側もこういう騒動に妙に慣れっこになって、「ああ、またか」と思ってしまいそうになるのも、かなり残念で異常な状況だと言えるでしょう。
ネット上では、この問題に対して、さまざまな意見が入り乱れています。水原さんの過去の発言や行動を取り上げて、暗に「だから言われても仕方ない」と主張してみたり、国籍を差別しているんじゃなくて個人的な好き嫌いの問題だと言うことで正当性があるような顔をしてみたり……。いずれも姑息な問題のすり替えであり醜い自己弁護です。なぜそういった話が、彼女にひどい言葉を投げつけてもいい理由になると思えるのか。ネットで広まっているデマ情報を信じ込んでいる人も多いようです。
激しいヘイト攻撃を受けて、彼女としてはさぞ悲しく、さぞ腹立たしかったことでしょう。しかし、彼女は声を荒げることなく、静かな語り口で自分の思いを表明しました。9月15日夜、自身のTwitterに「LOVE&PEACE」というタイトルで以下のコメントをアップしています。
今この世の中では色んな争いが起きていますが、
どこの国で生まれても、
どこの国で育っても、
どこの国に住んでいても、
みんな地球人である事には変わりありません。
全ての人に自分をりかいしてもらうのは
難しい事かもしれない。
でも、この世の中で私の事を理解してくれている人がこんなにもたくさんいるという事に気づく事ができました。
一日も早く、この世の中の人種や性別などへの偏見がなくなってほしい。
そして、世界中の人がどこにいても自分らしく生きていける世の中になるように、
まずは私が私らしくこれからも強い心を持って、生きていこうと想います。
全ての争いがなくなる事を心から祈っています。
LOVE&PEACE
端々に、水原希子という人の強さや懐の深さが伺えます。具体的な敵や悪者を想定した反論ではなく、スケールの大きな話を語ることで、ヘイトがはびこる状況にきっちり異を唱えているところがお見事。しかも、自分を攻撃している人たちをも大きく包み込んでいます。匿名をいいことに電柱の影から石をぶつけるような卑劣な真似をしていた人たちは、このメッセージをどう読んだでしょう。少しは我が身を恥じたでしょうか。いや、恥じるような謙虚さや理解力があれば、最初からヘイトコメントを得意気に書き込んだりはしませんね。
彼女も「この世の中で私の事を理解してくれている人がこんなにもたくさんいるという事に気づく事ができました」と書いていますが、ヘイトコメントが殺到した一方で、ヘイトコメントを非難し、彼女を応援するコメントもたくさん寄せられました。騒動をきっかけに彼女の動画を見たりコメントを読んだりして「水原希子、やっぱりきれいだなあ」「おお、たいしたもんだなあ」とファンになった人も多いはず。私もそのひとりです。理不尽な批判に屈しないでCMを継続しているサントリーも、さすがの度量と言えるでしょう。ヘイトなみなさんにとって「おあいにくさま」と言える展開を見せているのは、ちょっと痛快です。
世の中には、不思議なことがたくさんあります。なぜ平気で国籍や人種や性別で人を差別できる人がいるのか。ヘイトコメントを書いて何が楽しいのか。そんなことをしている自分が悲しくないのか。日本や日本人を素晴らしいと思うのはけっこうだけど、そう強調したい人が他国や他の民族を見下す発言をすればするほど、日本や日本人の値打ちを下げているということがなぜわからないのか。そして、いつの間にかある種のタガが外れて、ネット上に限らず、平気で差別的な物言いを口にできる人が増えたのはどうしてなのか。
今の日本は、わざとらしく煽られている危機も含めて、いろんな危機が取りざたされています。最大の危機は、ヘイトな発言やヘイトな考え方が大きな顔をし始めていることかもしれません。このままの調子でどんどん情けなく恥ずかしい国になっていかないように、ヘイトという甘い誘惑をはねつけ、ヘイトな発言やそれをしたがる人に憐みの目を向け続けたいもの。きっと大丈夫です。水原希子さんの騒動で、ヘイトコメントを非難する声があれだけたくさん上がったということは、日本もまだまだ捨てたもんじゃありません。
【今週の大人の教訓】
穏やかな言葉で静かに反論するほうが、深い思いが強く伝わる