大物プロデューサーのセクハラ騒動と、ハリウッド文芸映画の衰退 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

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2017年10月12日 15:12  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<多くの文芸作品を製作した大物プロデューサーが長年に渡って女優らにセクハラを繰り返していたスキャンダルは、文芸映画が衰退するハリウッドの現状と重なる>


ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハービー・ワインスタインが過去30年近くにわたって、多くの女優などにセクハラを行っていた事件は、アメリカ社会に大きな衝撃を与えています。ここへ来てアンジェリーナ・ジョリー、グウィネス・パルトロウなど超大物からも告発されたり、女性を脅している際の会話録音が暴露されたり、一気に大スキャンダルに発展しているからです。


事態を受けてワインスタインは、自分が共同創業者の1人である「ワインスタイン&カンパニー」から解雇されていますし、現時点での容疑の悪質さを考えると実刑は免れないという見方もあります。


今回の事件が大きな話題になっているのは、事件が悪質なだけだからではありません。ワインスタインは、解雇されたこの会社を立ち上げる前は、「ミラマックス映画」というメジャーなプロダクションの創業者でオーナーだったのですが、この「ミラマックス」の活動を通じて、今は超大物になっている多くの俳優を育ててきたのは事実です。


ですから、ワインスタインに何らかの接点のある俳優は数多くいるわけで、彼らがこの事件に関して「何を言うか」ということも話題になっています。例えば、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で一緒に仕事をしたメリル・ストリープ、『サイダー・ハウス・ルール』のシャーリーズ・セロンなどは、激しい口調でワインスタインを非難しています。一方で、比較的若い世代のジェシカ・チャステインなどは「疑惑を知っていたが告発に回らなかった」として一部から批判されたりしています。


ワインスタインに見出された男優たちにもスポットライトが当たっています。例えば、ワインスタインのサポートを受けて出世作『グッド・ウィル・ハンティング』を作ったベン・アフレックとマット・デイモンには「ワインスタインの犯罪隠蔽に関与したのでは」という疑惑の目が向けられています。反対にブラッド・ピットは当時交際していたパルトロウに対してワインスタインがセクハラ行為を行った際に詰め寄ってやめさせたということが報じられて「オトコを上げて」いたりもします。


この事件ですが、ワインスタインが「文芸映画」のプロデューサーであったこと、また民主党の一貫した支持者であり、クリントン夫妻と親しかったり、オバマの後援もしていたりしたことから、保守派のFOXニュースなどは「金持ちリベラルの偽善」ということで政治的な批判に仕立てようとしています。


それはともかく、この事件が余りにも醜悪な様相を帯びてきたことで、アメリカの世論の中には「セクハラは悪だということを再確認する」、つまり「映画のプロデューサーという特権的な地位を利用して女性の尊厳を傷つける」ということが「ここまで醜悪なことなのか」というショックが広がっています。民主党支持層の一部には、そうした風潮が拡大すれば「トランプ大統領の持っているセクハラ体質」の「化けの皮をはがす」ことに発展するかもしれない、そんな期待感もあるようです。


一方で、今回の「ワインスタイン解任劇」ですが、その主役となった共同創業者というのは、ボブ・ワインスタイン氏、つまりハービーの2つ年下の弟です。2人は、「ミラマックス(兄弟の両親の名前を合わせたもの)」を最初はロックコンサートのプロモーターとして立ち上げ、その後に映画産業に進出、ディズニーをスポンサーに引き入れて多くの作品を共同で製作してきました。


やがて、ディズニーが「ミラマックス」から手を引くと、兄弟はその「ミラマックス」を売却して「ワインスタイン&カンパニー」を立ち上げたわけです。その「ワインスタイン&カンパニー」から、ボブ氏が兄のハービーを「追放」したわけですが、そこには単に兄のセクハラが露見したというだけでなく、現在ハリウッドが抱えている経営上の問題があるという見方もできます。


若いときから二人三脚で映画のプロデュースをしてきたワインスタイン兄弟ですが、兄のハービーは文芸志向であった一方、弟のボブはエンタメ志向ということで明確な「分業体制」があったようです。


ミラマックス映画にしても、ハービーがのめり込んでいった『イングリッシュ・ペイシェント』や『恋におちたシェイクスピア』といった文芸作品の製作費は、若者向けのホラー作品である『最終絶叫計画』シリーズや、子供向けの『スパイキッズ』などボブの担当した作品が稼いで帳尻を合わせていたと言われています。そうした二人三脚は「ワインスタイン&カンパニー」でも続いていたようです。


ですが、2008年のリーマン・ショック、そしてこの前後以降のDVDからストリーミング配信への移行、あるいはシネコンの集客力の鈍化など、映画産業全体が激変する中で、「スーパーヒーロー映画」などは依然として収益が期待できるものの、文芸作品を取り巻く環境は厳しくなっていきました。ですから、兄弟のうちで文芸映画を担当していたハービーを、エンタメ中心のビジネスを率いていたボブが「事件を理由に追放した」という見方もできると思います。


文芸映画というジャンルの苦境という観点では、「ワインスタイン&カンパニー」のライバルであった「レラティビティ・メディア」が2015年に経営破綻した事件も思い起こされます。この「レラティビティ・メディア」は、かつての「ミラマックス」以上に「エンタメ作品」と「文芸映画」の双方のジャンルにわたって多くの作品を製作していたのですが、結局は行き詰まってしまいました。


「レラティビティ・メディア」破綻の影響で、多くの作品の製作が難しくなり、今でも業界にはその後遺症が残っています。さらにこれに、ワインスタインのスキャンダルという事件が重なったわけです。今回のセクハラ事件は、弁解の余地のないものである可能性が高いですが、同時にハリウッドの文芸映画というジャンルが勢いを失っていることの象徴でもあるように思います。


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