イージス艦事故の黒幕は北朝鮮か? 最強の軍艦の思わぬ弱点

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2017年10月12日 18:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

米海軍第7艦隊(司令部・ハワイ)は米海軍最大の艦隊であり、横須賀基地(神奈川県横須賀市)、佐世保基地(長崎県佐世保市)、韓国の釜山、浦項、鎮海、シンガポールなどに拠点を有する。その第7艦隊で、今年に入って所属するイージス艦が立て続けに3件の事故を起こし、サイバー攻撃を受けたことが事故の原因、との報道もあって波紋を呼んでいる。


第7艦隊で立て続けに事故


最初の事故は1月、イージス巡洋艦「アンティータム」が横須賀基地を出航後、強風と強い潮流によって沖合の浅瀬で座礁して、油を流出させた。その後、海軍の調査によってこの座礁は、強風で波が高かったにもかかわらず、いかりを投入するという判断ミスにより走錨(いかりを投入したのに船が流される)が発生するという人為的な原因によるものと判明し、艦長ジョセフ・キャリガン大佐が更迭された。


6月には、16日に横須賀基地を出航したイージス駆逐艦「フィッツジェラルド」が、17日未明に静岡県の石廊崎沖合で、フィリピン船籍のコンテナ船の船首部分と衝突。艦長室が大破して艦長のブライス・ベンソン中佐が負傷し、ヘリで横須賀基地に搬送された。乗組員の寝室がある海面下の船体には大きな穴が開いて海水が流れ込み、逃げ遅れた複数の乗組員が行方不明となって、後に死亡が確認された。


この事故の余塵(よじん)が冷め切らぬ8月には、イージス駆逐艦「ジョン・S・マケイン」がマラッカ海峡でリベリア船籍のタンカーと衝突。ジョン・S・マケインは左舷後部を大きく損傷し、乗組員の寝室、機関室、通信室などが浸水した。ジョン・S・マケインは自力でシンガポールのチャンギ海軍基地まで航行したものの、艦内の浸水区画内をダイバーが捜索した結果、乗組員10人の遺体が発見された。


事故艦の司令官を相次ぎ更迭


立て続けに同じ第7艦隊所属のイージス艦で事故が起きたことから、サイバー攻撃との関係を指摘する声もあった。しかし、これらの事故は当初、オバマ政権下の予算削減の影響による過重運用の影響、訓練不足や規律の緩みなどの「人的要因」が主な原因であるとみられていた。


8月21日、米海軍作戦部長ジョン・リチャードソン大将は海軍全艦艇の運用を一時停止すると発表、運用慣行の「包括的な見直し」を指示した。また8月23日には、第7艦隊司令官のジョセフ・アーコイン中将が「指揮能力に関する信頼の喪失」を理由に更迭された。後任の司令官には、8月27日に米太平洋艦隊副司令官のフィリップ・ソーヤー少将が、中将に昇格して任命された。


新任のソーヤー司令官は9月18日、原子力空母「ロナルド・レーガン」を中心とする第5空母打撃群を運用する任務部隊70の司令官であるチャールズ・ウィリアムズ少将と、事故を起こしたジョン・S・マケインとフィッツジェラルドが所属する第15駆逐艦戦隊司令官のジェフリー・ベネット大佐を更迭、後任にはそれぞれマーク・ダルトン少将とジョナサン・ダフィー大佐が就任した。


米海軍は事故の原因を人的要因と見て、艦隊司令官、事故艦が所属する駆逐隊司令官から事故艦の艦長に至るまで、事故に関係する司令官の責任を仮借なく追及する姿勢を見せたことになる。


ただ、フィッツジェラルドに続いてジョン・S・マケインも衝突事故を起こしたことで、相次ぐ事故はサイバー攻撃を受けたことに原因があるのではないかという見方がくすぶっている。


サイバーの可能性否定せず


リチャードソン作戦部長は、8月21日に公式ツイッターで「サイバー攻撃やサボタージュの証拠を示すものは今のところ無いが、すべての可能性を念頭に調査を継続する」と発言し、サイバー攻撃の可能性を含めて調査を継続していることを示唆した。


9月14日にワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で「サイバー戦争と海事ドメイン」をテーマとするシンポジウムが開催された。基調講演を行った海軍の作戦部長補佐(情報戦担当)ジャン・タイ中将は質疑応答で、2件のイージス艦の事故とサイバー攻撃の関係を質問され、「今のところサイバー攻撃によって生じたという証拠は見つかっていない」としつつも、調査団はさまざまな分野の専門家により構成されており、その中にはサイバーセキュリティーの専門家も含まれているとした。


タイ中将はその際に「サイバー」という言葉を3回繰り返して強調し、サイバー攻撃の可能性も否定していないことを暗に示唆したという。


また、米軍艦船に被害を与えることを狙って、フィッツジェラルドやジョン・S・マケインに対して直接サイバー攻撃を行うのではなく、航路上の民間船舶に対してサイバー攻撃を行うことで事故を発生させた可能性も指摘されている。一連の事故に先立つ5月9日、原子力空母「カール・ビンソン」を中心とする空母打撃群の巡洋艦「レイク・シャンプレイン」が韓国沖合の公海上で漁船と衝突する事故を起こしているが、この事故とサイバー攻撃との関係を疑う声も出て来た。



この事故では特に死傷者は無く、大事には至らなかったが、一部の報道によれば漁船は通常機能しているはずのすべての無線装置や全地球測位システム(GPS)装置が全く作動しておらず、極めて不自然な状況にあった。サイバー攻撃によって、漁船の通信機器類に障害が発生していた可能性があるという。


盲点となる海のセキュリティー


海のサイバーセキュリティーは、実は国際的に「盲点」となっている領域である。海事関係のサイバーセキュリティーは、船舶そのものだけではなく、港湾と関連施設、税関、航行管制施設など幅広い領域にまたがっている。船舶自体や船舶の航行に欠かせないシステムへのサイバー攻撃として想定されているのは、エンジンやかじなどの制御システムへの攻撃、航行に使用するGPSシステムへの攻撃、AIS(自動船舶識別装置)への攻撃、ECDIS(電子海図情報表示システム)への攻撃、電力供給制御システムへのサイバー攻撃等であり、陸上の船舶管制システムが攻撃される危険性も存在する。



通常、公海上では船舶はインターネットには接続していないが、マルウエアに感染しないというわけではなく、寄港した際やドック入りした際に感染する恐れがあるという。また、船舶に装備されているシステムの多くは建造時のものであり、古いシステムがそのまま使われていることも船舶特有の脆弱(ぜいじゃく)性となっている。


ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)へのサイバー攻撃をはじめとして、韓国や米国にサイバー攻撃を繰り返しているとされる北朝鮮は、2010年以降、韓国に対してGPSジャミング攻撃を行っているとされる。11年3月のサイバー攻撃では、北朝鮮の開城からGPSジャミング信号が送信されたといわれており、韓国海軍仁川海域防衛司令部所属の警備艇1隻や高速艇1隻をレーダーで捕捉できなくなるという被害が生じた。


16年4月に韓国で発生した妨害電波によるサイバー攻撃では、約70隻の漁船がGPSナビゲーションの障害により港に戻らざるを得なくなったと報告されており、韓国政府が58機の航空機と52隻の船舶が影響を受けたとしている。このような事例から考えると、17年4月に発生したレイク・シャンプレインと韓国漁船との衝突事故の原因がサイバー攻撃ではないかと疑われているのも、あながち根拠の無いことではない。


脆弱な民間船舶


現時点では、第7艦隊の衝突事故は人的要因が原因であるとする見方が強く、米海軍作戦副部長のビル・モラン大将は、9月7日に開催された上院軍事委員会海軍力小委員会に出席して証言した際、南沙諸島など南シナ海をめぐる情勢や北朝鮮問題への対応のため、第7艦隊の任務が過重になっていると強調した。


第7艦隊の過重運用問題は、15年にも米政府の会計検査院(GAO)によって指摘されている。通常は36カ月サイクルとなっている艦船運用サイクルが、日本を母港とする第7艦隊の艦船は24カ月サイクルになっており、修理や訓練に充てる時間が極度に不足しているという。



しかし仮に今回の一連の事故がサイバー攻撃を受けた結果だとすれば、事態は深刻である。見てきたように、軍事目的で艦船に対してサイバー攻撃を行うだけでも重大な事態であるのに、軍事用の艦艇の活動を妨害することを目的として、GPSジャミング攻撃のような民間船舶を対象とした攻撃によって、民間船舶を軍艦に衝突させるという手法が用いられていた可能性もあるからである。



後者のような攻撃が行われた場合、相手が民間船舶であるために「人間の盾」ならぬ「民間船舶の盾」となり、軍用の艦艇側は回避行動を取ることしかできない。


いかに艦艇や基地、関連施設のサイバーセキュリティーを強化したとしても、世界中の海にあふれている民間船舶のセキュリティーは、国家ではなく船会社や漁船所有者の手に委ねられており、公海上を航行する船舶に対してサイバーセキュリティーに関する規制を行うことは必ずしも容易ではない。「民間船舶の盾」問題は、海の安全保障における大きな課題となる可能性がある。



釜山(プサン)、浦項(ポハン)、鎮海(チネ)、開城(ケソン)、仁川(インチョン)


[執筆者]


湯淺墾道(ゆあさ・はるみち)


情報セキュリティ大学院大学学長補佐・教授


1970年生まれ。


青山学院大学法学部卒業。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程退学。


九州国際大学副学長を経て、2011年より情報セキュリティ大学院大学教授。12年より現職。情報ネットワーク法学会副理事長。(株)ベネッセホールディングス情報セキュリティ監視委員会委員長代理。


※当記事は時事通信社発行の電子書籍「e-World Premium」からの転載記事です。


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  • 「敵を目の前にしても捕捉されんとは奇妙なものだな。科学戦も詰まるところまで来てしまえば大昔の有視界戦闘に逆戻りという訳だ」
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