北朝鮮危機、ニクソン訪中に匹敵する米中合意の可能性

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2017年10月17日 18:42  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ティラーソン国務長官、マティス国防長官らトランプ政権の賢人閣僚は対話路線。あとはトランプに、外交的偉業は戦争よりカッコいいことをわからせればいい>


近代外交史のなかで、それは最も大胆で危険な行動の1つだった。


リチャード・ニクソン米元大統領は冷戦下の1972年、極度に貧しく世界から孤立した中国の首都北京を訪問し、共産革命の父とされる中国の毛沢東主席と歴史的な会談を行った。アメリカは当時、国民党が率いる台湾を、中国の唯一の合法的政府として認めていた。ニクソンが訪中した目的は、時代の潮流を変えるためだった。当時ニクソンの国家安全保障問題担当補佐官を務めたヘンリー・キッシンジャーは後年こう言った。「ニクソン訪中は、米中和解の可能性を見極めるためのものだった」


10月初めにホワイトハウスでドナルド・トランプ米大統領と会談したのが、94歳で弱りきっているとはいえ、やはりキッシンジャーだったことは、多くを物語る。トランプ政権は、11月初旬にトランプが東アジア歴訪に出かける前に、対中政策を見直そうと必死だ。キッシンジャーとトランプの会談はまさにこのタイミングで行われた。中国も日本も韓国も、北朝鮮の核・ミサイル開発の加速を非常に憂慮しているからだ。


北朝鮮が「炎と怒りに直面する」と発言したり、「嵐の前の静けさだ」と開戦前夜のようなことを言ってのけるトランプの好戦的なレトリックは、アメリカの同盟国だけでなく中国をも不安にさせた。(北朝鮮の激しい反発のレトリックが、関係国の不安に拍車をかける)。


トランプがキッシンジャーと会談


だがレックス・ティラーソン米国務長官とジェームズ・マティス米国防長官は、上司のトランプよりよほど外交的解決の必要性を強調しており、中国は困惑している。果たしてこれは、脅したりすかしたりするトランプ政権の戦術なのか、それともトランプが単に愚かなのか。


キッシンジャーは過去にもトランプと外交政策について意見を交わしたことがあるが、今回ホワイトハウスに招かれたのは、トランプは正気、というシグナルを中国に送るためだったと情報筋は言う。中国指導部はキッシンジャーのことを中国の古い友人と見なしている。、中国という国を理解し、正当な歴史的文脈で中国を捉えてくれる人物だと評価している。


だがキッシンジャーのホワイトハウス訪問には、それ以上の意味がある。北朝鮮の核の脅威が高まっているのを受け、トランプ政権は中国との重大な取引を視野に入れている。それは、ニクソンの電撃訪中に匹敵するほど大胆だ。


もし中国が、外交面、経済面で北朝鮮に対する影響力を徹底的に行使して金正恩政権を核開発断念に追い込み、検証可能な方法で核開発放棄の要求に従えば、アメリカは北朝鮮を国家として承認し、経済支援を行い、将来的に2万9000人の駐韓米軍を撤退させることに合意するという内容だ。これには、北朝鮮の長年にわたるアメリカへの要求が集約されている。


この構想の土台になっているのは、ティラーソンが5月に説明した対北朝鮮政策だ。ティラーソンはこう言った。「アメリカは北朝鮮の政権交代も、政権崩壊も、朝鮮半島再統一の加速も求めない。(南北朝鮮を隔てる)北緯38度線の北側に米軍を派遣する理由も求めない」


戦争ではなく外交的偉業を


ティラーソンが「4つのノー」と命名したこの発言に、中国は注目した。中国共産党の一部は、アメリカはむしろこの4つすべての実現を目指しており、北朝鮮核危機を口実に金政権の崩壊するつもりだと信じている。だが中国共産党の幹部は米政府に対し、ティラーソンの構想は米中合意の土台になり得ると伝えた。


ジョージ・W・ブッシュ元米政権で国家安全保障会議(NSC)のアジア上級部長を務めたデニス・ワイルダーは、先日彼が北京で面会した中国政府の関係者は、ティラーソンの発言に対するトランプ政権の本気度を知りたがったという。ティラーソンはトランプを説得してから発言をしたのか、それともティラーソンの独断だったのか。「4つのノーに関する話題でもちきりだった」とワイルダーは言う。米国務省のヘザー・ナウアート報道官は記者会見で、もし北朝鮮が「検証可能で完全な」非核化を行えば、その後にトランプ政権はティラーソンが披露した構想の実現に取り組むと言った。


アメリカと中国が北朝鮮問題で手を打つには、まだ長い道のりがある。トランプ政権としても、トランプとキッシンジャーがその可能性について意見を交わしたとは公言しないだろう。だがトランプは大胆な行動が大好きだ。もし北朝鮮問題でそうしたければ、戦争をするより、歴史的な外交合意を目指す方が望ましい。キッシンジャーも8月に米紙ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿した論説で、外交的解決に向けた米中の重大な取引を支持する立場を示した。「(朝鮮半島の)非核化は、経済制裁を強化するだけでは実現できない」「アメリカが中国との間で理解を共有するためには、最大限の圧力と実行可能な保証が必要だ」


将来的に米中の取引が機能するという保証はどこにもない。中国の北朝鮮に対する影響力は過大評価されているとか、米中が取引を結べば北はそれを敵対行為とみなし、ますます核開発に傾倒する結果になるという意見もある。韓国軍が戦力を増強したとはいえ、金政権の存続中に駐韓米軍を大幅に撤退させるなど考えられないという見方もある。彼らは共通して、アメリカが日本や韓国を怖がらせずに最大限できるのは、北緯38度線の北側に「米軍を派遣しない」ことに尽きると信じている。


もう1つの問題は経済だ。対中強硬派で大統領首席戦略官だったスティーブ・バノンは、8月に更迭されてホワイトハウスを去ったが、トランプは今も貿易分野で中国への強硬姿勢を鮮明にしており、すでに北朝鮮と取引する中国企業に追加制裁を科している。トランプの一部の側近は、米中が経済関係で対立を深める間は、北朝鮮問題で中国とどんな重大な取引を結ぶこともできないだろうと、懐疑的に見ている。


だがトランプ政権の高官たちは、マティスやティラーソン、H・R・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)にいたるまで、北朝鮮と取引をする猶予は残されていないと繰り返し主張してきた。中国も彼らと同じ意見だ。北朝鮮問題で協力を得るために中国をおだてておきながら、他方で北朝鮮とビジネスをする中国企業を罰するというトランプ政権のやり方は、機能していない。


不動産王からテレビ番組の司会者、政治家になった現在まで、トランプの直感は常に大胆な方向へと傾いてきた。キッシンジャーに耳元で囁かれたことで、トランプがそれらの直感を取り戻し、彼を予想外の取引へと駆り立てるかもしれない。


(翻訳:河原里香)




ビル・パウエル(本誌シニアライター)


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