ホロコースト生存者とVRでリアルに対話

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2017年11月11日 15:12  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ホロコーストの体験者が目の前にいるように聴衆と対話できる、画期的な展示で歴史の風化を防ぐ>


まるでハリー・ポッターの映画に出てくる「動く肖像画」のようだ――スクリーンに映るホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生存者ピンチャス・ガターは、生身の人間さながらにもじもじしたり、まばたきしたり、靴の先で床をたたいたりする。


カナダのトロントで暮らすガターはここニューヨークのユダヤ遺産博物館とは遠く離れた場所にいるが、来館者は彼とリアルに対話しているような錯覚に陥る。スクリーンの前にある台に近づき、マウスをクリックしてマイクに向かって話せば、彼に質問することもできる。


ガターは時に考え込み、適切な言葉を探しながら、手ぶり身ぶりを交えて質問に答えてくれる。質問の内容は戦争体験でなくてもいい。宗教観や好きなスポーツ、お気に入りのユダヤジョークまで教えてくれる。


1939年9月1日、ナチスドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次大戦の幕が切って落とされた。ガターはその日まで幸福な子供時代を送っていたという。程なく父親が連行され、一家の苦難の日々が始まった。「これからは何もかも今までとは違うぞと、子供心に覚悟した」と、彼は話す。


ユダヤ遺産博物館の展示室には2台のスクリーンが設置されていた。もう1台に映し出されるのはアウシュビッツ強制収容所から生還したエバ・シュロス。アンネ・フランクの義理の姉だ。アンネの死後にシュロスの母親がアンネの父親と再婚したため縁戚関係ができたが、生前のアンネとは同級生というだけでさほど親しくなかったという。


「バーチャル対話」形式でホロコーストの生存者の話を聞くのは、何とも不思議な体験だった。私たちが目にしているのは事前に撮影された映像で、本人のリアルタイムの映像でないことは百も承知だ。しかし高解像度画像はそこに本人がいるようにリアルで、しかも双方向の対話もできるから、対面の会話とほとんど変わらない。


この展示を企画したのは南カリフォルニア大学のショア財団。同大のクリエーティブ・テクノロジー研究所と、歴史の語り伝えに特化したデジタル技術の研究開発機関コンシャンス・ディスプレイの協力を得て、「新次元の証言(NDT)」プロジェクトを推進中だ。


ガターとシュロスは以前からホロコーストの体験を語り伝える活動を行ってきた。スクリーンに映ったガターに「なぜ証言活動をしているのか」と聞くと、こんな答えが返ってきた。「第1に、こんなことが現実に起こり得るのだと人々に知ってもらいたい。その上で寛容ということを伝えたい」


カメラの前で話すガター MUSEUM OF JEWISH HERITAGE


双方向の対話ができるのは、音声認識と自然言語処理システムのおかげ。アップルのパーソナルアシスタントSiri(シリ)がユーザーの質問に答えるのと同じ仕組みだ。解析不能な質問には「もう一度言ってもらえますか」などと反応する。質問に合った返答が見つからなければ、「とても良い質問ですが、私にはうまく答えられません」とお茶を濁す。


映像の制作には100台余りの高解像度カメラを使用。360度のアングルから証言者を撮影した。このプロジェクトの最初の証言者となったガターは「最も恐ろしい体験は?」「好きな映画は?」など、ざっと1900もの質問に答えた。質問に耳を傾けるように、黙ってじっとカメラを見つめる様子も撮影された。


話し手を身近に感じる


これまで学校などで行われてきたホロコーストの証言活動をいつでもどこでも行えるように、この技術を開発したと、NDTのコンセプトの生みの親ヘザー・マイオは語る。「(ガターらの元には)各地の学校から教室に来て生徒たちに話してほしいという依頼がひっきりなしに来る。体験者の話を聞くことは深い学びにつながるからだ」


マイオらはデジタル技術を介しても、体験者の証言はインパクトを持つと考えている。だが、対面での語りのような共感は引き出せないという見方もある。


テレビやゲーム、インターネットに費やす時間の増加が若年層の共感能力の低下をもたらしているといった議論は以前からあった。だがネット上でのコミュニケーションが人々の行動に及ぼす影響を調べているインディアナ大学の研究者セーラ・コンラスは、技術の利用に必ずしも否定的ではない。デジタル技術は「ツールであって、問題はどう使うか」だからだ。


シリアのアレッポの現状をバーチャル・リアリティー(VR)画像で見た人たちは、通常の画像を見た人より難民支援団体に寄付する確率が高いことを示した研究もあると、コンラスは言う。


ガターの証言の初期の試作版を見たコンラスは、対面で話を聞いたような印象を受けたという。「彼に好感を持ち、彼のことを知りたいと思った」


そこまで来れば、彼の体験を理解し、深く共感するところまではあと一歩だ。


NDTではこの技術を使って、これまでにホロコーストの生存者13人の映像を制作した。中国の南京大虐殺記念館でも、双方向展示のために大虐殺の生存者の証言映像を制作している。


映像の撮影風景 MUSEUM OF JEWISH HERITAGE


ショア財団のスティーブン・スミス事務局長は、将来的には癌に打ち勝った人や自然災害の被災者の証言を伝えるためにもこの技術を利用できると言う。精神に障害を負った帰還兵や性的虐待の被害者、優れた教師や政治家が人々と「対話」するビデオの制作など活用法は限りなく広がりそうだ。


ガターは強制収容所での体験について、戦後ずっと口をつぐんできた。93年にトロントで研究者相手に初めて証言したことがきっかけで、各地の学校で話をしたり、ドイツとポーランドでホロコーストの歴史を学ぶツアーのガイド役を務めたりするようになった。


ホロコーストの体験者は高齢化している。語り部がいなくなれば、歴史は風化しかねない。ガターにとって大きな救いは、自分の死後も子供たちがスクリーンの自分に質問してくれることだ。「そんな目に遭って、どんな気分だったの」と。


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[2017.11.14号掲載]


スタブ・ジブ


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