カタルーニャ「殉教戦略」の嘘

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2017年11月14日 14:52  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<中央政府による抑圧を強調することで国際社会の同情を誘う独立派の狙いは成功しそうにない>


カルラス・プッチダモンが打って出たのは、いわば政治的な「殉教戦略」だ。


スペイン北東部のカタルーニャ自治州首相だった彼は10月末に州議会に対し、カタルーニャの独立を宣言する決議案を採択するよう求めた。これに対して中央政府はプッチダモンを解任し、カタルーニャの自治権の一部を停止した。


プッチダモンは、州議会が決議案を採択すれば、中央政府が憲法155条に基づいて、カタルーニャの警察や司法の権限を停止することが分かっていたはずだ。155条が発動されれば、中央政府はプッチダモンと州の閣僚らを訴追することもできる。有罪になれば、プッチダモンは反逆罪で最長30年の禁錮刑に処せられかねない。


だがプッチダモンの強情な「殉教」に、果たして効果はあるのだろうか。その点を疑う理由は数多くある。テロ組織ISIS(自称イスラム国)の自爆テロ犯が実践しているように、殉教とは自らの信念のために究極の犠牲を払う行為だ。政治戦略としての殉教は、そこまでの犠牲は払うことはない。


特にカタルーニャ独立のような無謀にも思えるケースでは、大義の名の下に人々の苦しみや犠牲を増幅させることが主な目的となる。しかしプッチダモンの戦略は、信念に基づく行動というよりは、ひたすら贖罪を祈っているようにしか見えない。


プッチダモンがこの「殉教戦略」で狙っているのは、カタルーニャ独立派の強い独立願望を維持することのようだ。10月1日の住民投票(投票した人の90%が独立を支持したが、投票率は約40%にとどまった)は、スペインとの決別を確実にできなかっただけでなく、裏目に出た可能性さえある。


中央政府の弾圧を期待?


この1カ月でカタルーニャでは、スペインへの愛国心が驚くほど復活している。10月8日には、バルセロナで数十万人が独立反対の抗議デモを展開。独立宣言の翌日にも、「勝利」を祝う独立派をはるかに超える数十万人の人々が、独立に反対するデモを行った。


プッチダモンの殉教戦略の目標には、短期的なものと長期的なものがある。


短期的な目標は、カタルーニャ住民の苦しみを増幅させ、さらにはスペイン政府の権威主義的な本質を見せることで、諸外国がカタルーニャの独立を支持するように仕向けるというもの。そして長期的目標は、カタルーニャの将来の世代を苦しみにさらして、分離独立を求める闘争に順応させることだ。


これら2つの目標が達成できるかどうかは、中央政府が今後も独立派の挑発に過剰反応するかに懸かっている。だとすればプッチダモンは、中央政府による憲法155条の発動に加えて、住民投票当日を上回る暴力が起こることを期待しているのかもしれない(155条の発動によって、少なくとも12月21日の州議会選挙までは中央政府がカタルーニャを直接統治できることになった)。


住民投票を阻止しようとした中央政府の取り組みを妨害したとして、独立派の指導者2人が訴追されたことに対するプッチダモンの反応からは、彼が元政権幹部の訴追を「殉教戦略」でどう利用するかをうかがい知ることができる。平和裏なデモ隊を訴追したと批判することで、かつての独裁者フランシスコ・フランコ将軍による弾圧にあからさまになぞらえるやり方だ。


カタルーニャのケースで「殉教戦略」が成功するかどうかは、全く不透明だ。今までのところ独立派は、自分たちが中央政府の好き勝手な行為の犠牲になっていることを、うまく証明できていない。


独立派は世界的な関心を高めるために、ソーシャルメディアを使って住民投票当日のスペイン警察の暴力行為の画像を拡散した。しかしその一部は別の場所を撮影したものであることが、英ガーディアン紙によって明らかにされている。


さらに独立派が同日の暴力について、現代ヨーロッパの民主主義国家では「前例がない」と主張したことも、エル・パイス紙のファクトチェッカーによって「誤り」と証明された。


中央政府を「暴君」や「人権侵害者」として悪者に仕立て上げるのも難しいだろう。スペインにはフランコ後の民主化以降、政治的権利や市民権、人権の擁護について優れた実績がある。


78年に制定された現在の民主的な憲法は、ヨーロッパで最もリベラルな部類に入るものだ。制定時にはカタルーニャ住民の約90%がこれを支持したという過去もある(全国平均の88%を2ポイント上回った)。


最も足りないのは勇気


国際人権擁護団体フリーダム・ハウスなどの報告でも、スペインは人権や政治的権利について優れた実績があると評価されている。国際社会が今回の問題で、スペインに介入する姿勢をほとんど見せていない理由の1つはここにある。


しかも興味深いことにスペインは、独特の文化を持つ地域の権利を守っているという点で最も評価が高い。カタルーニャとバスクには、西ヨーロッパの中でもかなり高い水準の自治が認められている。


カタルーニャで「殉教戦略」を成功させたければ、プッチダモンには本当に「殉教」者になるくらいの勇気が必要だ。これまでのところ、彼にはそれが欠けている。


住民投票以降のプッチダモンの言動は、勇敢な人物のそれとは程遠い。住民投票直後、独立宣言を行うチャンスを迎え、世論の熱が最も高まったときにも、彼は決断できなかった。


プッチダモンは一度は独立を宣言したものの、その後すぐに保留にして中央政府と交渉を行うと表明した。独立派のより過激な一派から「裏切り者」呼ばわりされてようやく、独立に向けて行動を起こした(州議会では彼らの支持があったからこそプッチダモンは首相の座を維持できていたのだが)。


独立宣言そのものも、勇気という言葉からは程遠いものだった。10月27日のカタルーニャ州議会での独立宣言の決議案採択は、反対派が議場から退出した後に、秘密投票の形で行われた。


独立宣言の決議案が採決されると、プッチダモンは沈黙してしまった。独立宣言の2日後、カタルーニャの住民たちが州首相から受け取ったのは、中央政府によるカタルーニャの乗っ取りに「民主的に抵抗する」ようにと促す事前に録音されたメッセージだけだった。


プッチダモンはその後、当局に逮捕されることを恐れ、スペインを出国。EU加盟国の中でも最も政治亡命に寛大な政策を取るベルギーで会見し、国外で独立運動を進めていくことを表明した。(編集部注:「反乱罪」などの容疑でスペイン司法当局から11月3日に逮捕状が出たことを受けて、プッチダモンらはベルギー警察に出頭。その後、聴取に応じることなどを条件に一旦保釈された)


それが本当ならば、プッチダモンは「殉教戦略」の信頼性を自ら損なうことになる。安全な場所に逃避して苦しみを伴わない「殉教」など、あるはずはないのだから。


From Foreign Policy Magazine


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[2017.11.14号掲載]


オマール・エンカルナシオン(米バード大学政治学教授)


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