レバノン、ハリリ首相の「拘束」めぐる中東の混沌

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2017年11月16日 19:33  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<スンニ派、シーア派、シーア派武装組織ヒズボラ、キリスト教徒マロン派など敵味方が入り乱れるモザイク国家レバノンは、シリアに次ぐ戦場になりかねない>


サウジアラビアに滞在中のレバノンのサード・ハリリ首相は14日〜15日、辞任手続きのために帰国すると続けざまにツイートした。イスラム教スンニ派のハリリは11月4日、サウジアラビア滞在中に突然、辞任を表明。衝撃が広がった。


辞任理由について、ハリリはイランとその後ろ盾を受けたレバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラが自分の暗殺を計画しており、家族が危険にさらされているためだと説明した。しかしレバノンのミシェル・アウン大統領とヒズボラの最高指導者ハッサン・ナスララらはこの話を否定している。スンニ派の盟主サウジアラビアがイスラム教シーア派の盟主イランの影響力を低下させるため、イランとヒズボラによる「レバノン首相暗殺計画」をでっち上げ、ハリリを拘束して辞任を表明させたというのだ。


「国民の皆さん、私は元気だ。2日後には帰国する。心配ない。私の家族は彼らの祖国であるサウジアラビアにいる」と、ハリリは14日にこうツイートした。


「繰り返すが、私は元気だ。約束どおり、愛するレバノンにもうじき帰る」これが15日のツイートだ。


だが同日、アウン大統領は、ハリリはサウジアラビアに拘束されているとの見方を示した。首相の家族がサウジで自宅軟禁状態にあることも確認したと述べた。


レバノンはスンニ派、シーア派、キリスト教マロン派の政治勢力が入り乱れるモザイク国家。ハリリの不在で権力の空白が生じ、政治的混乱が広がりかねない。ハリリはサウジアラビア生まれで、サウジアラビアとレバノンの二重国籍を持ち、05年に暗殺された父親ラフィク・ハリリ元首相の後を継いでスンニ派政党「未来運動」の党首となった。


ラフィク・ハリリの暗殺にはシリアが関与した疑いが持たれ、事件当時レバノンでは反シリアのデモが広がった。シリア軍は15年続いたレバノン内戦終結後、1990年からレバノンに駐留していたが、暗殺への反発がきっかけで撤退。シリア軍が去ると、フランスからキリスト教マロン派のアウンが帰国し、「自由愛国運動」を率いて、06年にかつての政敵であるヒズボラと和解の覚え書きを取り交わした。以後、アウンがハリリの政治的ライバルとなった。


レバノンでは宗派対立を避けるため、大統領(議会が選出)はキリスト教マロン派、首相(大統領が指名)はスンニ派、議会議長はシーア派の代表が務めるのが慣例になっている。ハリリは09年11月から11年6月まで首相を務めた後、返り咲きのチャンスを狙っていた。3派間の交渉と調整が長引き、大統領空席の異常事態が29カ月間続いたが、16年10月アウンが大統領に選出され、12月にハリリを首相に指名した。一方、シーア派組織アマルの指導者ナビ・ベリは92年以降、議会議長の座に居座ってきた。


ハリリの辞任表明でレバノンでは治安悪化が懸念されている。08年5月に政治危機の最中でヒズボラと未来運動の武力衝突が起きたように、シーア派とスンニ派の対立が一気に火を噴きかねない。ナスララとアウンは国民に冷静になるよう呼び掛け、サウジアラビアにはハリリの即刻解放を求めている。


未来運動もハリリの帰国を求めているが、サウジアラビアをあからさまに非難することは避けている。


「ハリリ党首の帰国に関する情報は一切ないが、すぐにも帰国すると期待している」と、未来運動のサミル・アルジスル議員は15日にレバノンのテレビ局に語った。ハリリの「代わりが務まる人間はおらず」、帰国できるかどうかは「重大問題」だとも述べた。


タイミングも微妙だ。ハリリの辞任表明は、ドナルド・トランプ米大統領の上級顧問で娘婿のジャレッド・クシュナーがひそかにサウジアラビアを訪れてから1週間後、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が汚職一掃に乗り出し、王子や閣僚らの一斉検挙を始める数時間前に発表された。


衝撃が広がるなか、サウジアラビアはイランとヒズボラを非難、ハリリ暗殺計画はサウジアラビアに対する宣戦布告だと決め付けた。だがレバノン軍によると、暗殺が企てられたことを示す証拠は一切ないという。


ナスララは、レバノンに宣戦布告したのはサウジアラビアのほうだと応酬。イランのハサン・ロウハニ大統領は、サウジアラビアはイスラエルにレバノン空爆を「懇願している」と非難したと、イランの国営放送は伝えた。イスラエルは、仇敵ヒズボラの拠点をたたくため85〜00年、さらに06年にもレバノンに侵攻。次回の侵攻はこれまでの規模では収まらないと、レバノンにたびたび警告している。


ヒズボラと対立しサウジを支持するハリリは、アメリカの自然な同盟相手となり、レバノンのシーア派イスラム指導者マーン・アル・アサドは5月、何かあればアメリカはハリリのために立ち上がるだろうと本誌に語っていた。


ドナルド・トランプ米大統領は7月、ハリリとレバノンはISIS(自称イスラム国)やアルカイダやヒズボラに対する戦いの最前線にいると言った。実際は、ヒズボラはレバノン政権と議会に一定の勢力をもち、ISISやアルカイダとも積極的に戦ってきた。ハリリは、レバノン軍とヒズボラは関係ないと言ってきたが、シリアとの国境地帯では、ヒズボラやシリア軍と肩を並べてイスラム過激派と戦ってきた。


米国務省は11日、ハリリを「アメリカの強力なパートナー」と呼び、レバノン内外の関係者すべてがレバノンの「領土と独立」を尊重するよう求めた。


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トム・オコナー


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