気合いと根性でできないこともある。「私にはできません」はそんなに悪い?

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2017年11月21日 00:00  citrus

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ある会社の課長クラスの人から、こんな話を聞きました。ある女性の部下が、自分からの仕事の指示に対して、「私の能力では無理です」「私にはできません」などと言って、前向きに取り組もうとしないのだそうです。新人レベルではない、それなりの社会人経験は持っている人です。

 

私もその部下の女性とは面識があって、何度か会話したことがありますが、もともとあまり自分には自信がなく、物事を悲観的に考えてしまうタイプのようで、そういう反応をするのもわかるような気がします。

 

上司であるこの課長は、「できると判断したレベルの業務を渡そうとしているし、わかりやすく説明もしているが、経験がない仕事に対しての反応が、どうもネガティブになりがち」「前向きに捉えないので、仕事の指示に手間がかかって困る」とおっしゃっています。いつも後ろ向きな反応をされては、指示する根気も失せるという気持ちも、またよくわかります。

 

こういうときによく言われるのは、「できないではなく、やる方法を考えろ」「まずはやる気を見せろ」など、どちらかといえば、指示される側の姿勢の問題を指摘し、できるかできないかわからなくても、まずは前向きに受け入れるようにと言います。

 

初めから失敗させるつもりで仕事を指示する上司はいないでしょうし、未経験でいたことを経験させることで、育成を図りたいという気持ちもあるでしょうから、「とりあえず受け入れる」という考え方に一理あることは確かでしょう。

 

ただ、こういうときに問題なのは、慎重な態度を後ろ向きと決めつけ、「やる気があればできる」「やってみなければわからない」など、気合と根性に類する、あまり論理的ではない視点からの批判です。

 

もしも「できません」という態度が、論理と事実に基づく合理的なものだったとしたら、それは指示した上司の方に問題があることになります。

 

逆に、何でも「できます」といっているのに、その結果が伴わない社員がいたとしたら、前向き?に見える姿勢は良いのでしょうが、実際にはこちらの方が問題です。能力不足の人間に安請け合いは、業務上の大きなトラブルにつながる可能性があるからです。

 

「できません」「無理です」は、確かにネガティブな言葉ですが、その言いにくい言葉をはっきり言うのは、それなりに理由があるはずです。自分なりの確信があるのかもしれないですし、躊躇する何かがあるのかもしれません。

 

そうであるならば、それを取り除かなければ、そこから先に進むことはできませんが、それは慎重な準備作業、確認作業につながることともいえます。

 

「私にはできません」にそれなりの根拠があるのならば、それはそんなに悪いことではないと思います。

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