中東を制するのはサウジではなくイラン

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2017年11月22日 20:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<若きムハンマド皇太子のサウジアラビアは、イランへの対抗意識をむき出しにしている。だが、シリアでもイラクでもレバノンでも代理戦争に勝ったのはイランだ>


サウジアラビアが中東各地で挑発的な動きを見せている。サウジに滞在中だったレバノンのサード・ハリリ首相に辞任を表明させたり、サウジの首都リヤドの空港を狙ってイエメンからミサイルが飛んできたときには激しい言葉で非難した。中東で影響力を争うイランに断固対抗する意志を示し始めたようだ。


攻勢を主導するのはムハンマド・ビン・サルマン皇太子(32)。皇太子の行動は一見、映画『ゴッドファーザー』で主人公のマイケル・コルレオーネがファミリーの敵に対して同時にいくつもの復讐を仕掛ける終盤を思わせる。しかし映画とは異なり、サウジアラビアの復讐は始まったばかり。しかもムハンマド皇太子はまだ中東でのイランの優位を覆す方法を見つけたとは言えない状態だ。


これまでの経緯を振り返ってみよう。サウジアラビアとイランは、中東のさまざまな場所で対立してきた。ここ10年の主な舞台は、イラクやレバノンなど機能不全に陥った国家、あるいはシリアやイエメンなどの崩壊国家だった。これらの国では紛争後の主導権争いが繰り広げられており、サウジアラビアとイランはそのすべての国で代理戦争を戦ってきた。


そして今のところ、どの国においても優位にあるのはイランだ。


レバノンはイランの支配下に


レバノンでは、イスラム教シーア派の武装勢力ヒズボラを抑えるためにスンニ派のサウジアラビアが支援していた政党連合「3月14日連合」がヒズボラに打ち負かされた。すでに2008年5月、ヒズボラがベイルート西部と周辺地域を制圧した事件は、イランの支援を受けたヒズボラのむき出しの軍事力の前にはサウジの支援勢力はなすすべもないことを如実に示した。さらにヒズボラはシリアの内戦にも参戦し、レバノン政府の手には負えなくなっている。


2016年10月には、ヒズボラが推すミシェル・アウンがレバノンの大統領に就任し、その2カ月後にはヒズボラが多数を占める内閣が成立。親イラン勢力によるレバノン支配は盤石となった。これに対抗してサウジ政府は、レバノン軍への資金援助を打ち切った。ハリリを辞任させようとしたのも、レバノンがイランの影響下に入ってしまった現実を踏まえてのことだろう。


シリアでは、バシャル・アサド大統領率いる現政権に対して、イランが資金や人員、ノウハウを提供しており、政権の崩壊を食い止めるのに決定的な役割を果たした。イランは自らの影響下にある勢力を思いのままに動員し、各地に新たな民兵組織を誕生させた。アサド政権はこれらの民兵組織を使って敵を敗北に追いやった。一方、サウジアラビアはシリアでスンニ派が中心の反体制派を支援してきたが、イスラム教を厳格に信仰するサラフィー主義者の台頭を許しただけだった。


イラクでは、イランのイスラム革命防衛隊(IRGC)が、12万人を擁する民兵組織、人民動員部隊(PMU)を発足させた。PMUに参加する民兵全員がイラン寄りというわけではないが、主力のシーア派3大勢力(カタイブ・ヒズボラ、バドル軍団、アサイブ・アフル・ハック)はIRGCの直接の指揮下にある。


イランは、イラク政権内でも政治的な影響力を行使している。政権党のイスラーム・ダアワ党は、以前から親イランの立場をとっている。国内の治安維持を担当する内務省は、バドル軍団の支配下にある。正規軍と民兵組織の境界は曖昧で、かつての民兵が政府軍の顔をして米軍の訓練や装備提供を受けることもある。


サウジアラビアはイラクでの遅れを取り戻そうと躍起だ。イラクのハイダル・アバディ首相は10月末、同国の首相としては25年ぶりにリヤドを訪問し、サウジ=イラク調整協議会を立ち上げた。それでもサウジ側に、イラク政権を自陣営に引き入れるために資金援助以上の策があるのか否かは不明確だ。


ペシュメルガを退かせたイランの手腕


内戦中のイエメンでは自ら直接の軍事介入を試みたが、結果は微妙だ。2015年のサウジの軍事介入の結果、イランが支援するシーア派武装組織フーシ派とその仲間は、イエメン全土を制圧するのに失敗し、戦略上の要衝であるバブ・エル・マンデブ海峡にも手を出せずにきた。だが戦況は泥沼化し、サウジアラビアは出口が見えないまま莫大な戦費を費やしている。イランの傷ははるかに軽い。


イランとサウジアラビアの成績をまとめると、こうだ。これまでのところ、イランはレバノンを事実上掌中にし、シリアとイラクでは勝ちつつあり、イエメンではサウジアラビアに多大な犠牲を支払わせている。


どの国の場合でも、イランは有効な「代理人」を立てて政治的軍事的な影響力を行使してきた。イラン政府は敵の中にほころびを見つけて利用するのもうまい。たとえば、イラクのクルド自治政府が住民投票で独立しようとした9月。イラクと国境を接し、国内にクルド人少数派を抱えるイランは、素早い動きで投票を強行した自治政府を罰した。イランは、クルド自治政府のマスード・バルザニ議長とライバル関係にあったイラクのクルド人政治家、故ジャラル・タラバニ前大統領一族とのコネを利用した。タラバニ家は長年の付き合いがあるイランのために、クルド人がイラク政府と管轄権を争っていた油田地帯キルクークからクルド人治安部隊ペシュメルガを退却させたのだ。キルクークがなければクルド人の経済的独立はままならない。バルザニは責任を取って辞任した。


サウジアラビアが失敗から教訓を学び、中東でのイランの影響力を押し戻せる気配もない。ムハンマド・ビン・サルマンが皇太子に就いてからも、アラブ世界に強力な代理人を打ち立てるのは未だに苦手だし、軍事力増強のための手も打っていない。これまでずっと欠けていた「ハード・パワー」は今も欠けたままだ。イランの影響力を押し戻せるとしたら、それはサウジアラビアでもアラブ首長国連邦(UAE)でもなく、アメリカの関与だ。レバノンの場合は、おそらくイスラエルだろう。


アメリカ政府やイスラエル政府がそこまでやるかどうかはわからない。だが、ジェームズ・マティス米国防長官は先週、アメリカはシリア東部に留まると匂わせたし、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相もシリアで軍事作戦を続行すると述べている。


イランはサウジアラビアに対して優れているが、イラン自身には明らかな弱点があることも忘れてはならない。サウジアラビアとライバル関係にあるすべての国のなかで、イランが同盟関係を長く維持できたのはシーア派など一部の国だけだ。スンニ派、とくにスンニ派のアラブ人は、イランを信用しないし協力したがらない。イラク政界のシーア派の一部もイランからの指示は受けたがらない。代理戦争を通じてイランの影響力を削ごうとする抜け目ない国があれば、仲間を見つけるのは難しくないだろう。ただ、サウジアラビアがそうした国の1つに入るかどうかは怪しいだけだ。


モハンマド皇太子は少なくとも、イランとその仲間に対抗したいという意志は見せている。つまり、戦いの火ぶたは切って落とされたのだ。サウジアラビアの勝敗は、アメリカをはじめとする同盟国が協力してくれるかどうかと、代理戦争のノウハウをどれだけ速く学習できるかにかかっている。


(翻訳:ガリレオ)


From Foreign Policy Magazine




ジョナサン・スパイヤー


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